第5話 前世、歪な運命の番
その夜遅くまで、竜王とルビアはリンドバルドと対峙していた。
「リンドバルド…!」
「なんだ、姉さん。妻との営みに口を出すのか?」
「初夜の儀を踏みにじっておいて、どの口が…!!」
ルビアは怒りを押し殺し、淡々と話し始めた。
「今日。プリムラへ側室を番へ仕向けたそうだな」
「……それがなんだ」
リンドバルドは不遜に笑う。その眼光は研ぎ澄まされた刃のようだ。
「何故番を守らぬ。あの娘は人間。我らが庇護する存在だ」
「守るだと?あの女は人間の屑ではないか!」
「…何を見てそう宣う、彼女に何の過失があるというの!?
それと、プリムラは運命の番だ。貴方が守るべき存在であって踏みにじる存在ではない!!
リンドバルド!!番を憎むのであれば、それが不服なら、今すぐ解消なさい!」
ルビアの言葉に、リンドバルドの表情が一瞬曇る。
「彼女は何もしてない。側室に対しても、他者に対しても。彼女に何の非はないわ」
「だから何だ!?」
ルビアの反応に、リンドバルドは更なる怒りを募らせる。
「姉さんは人間風情を庇い立てするのか!?奴は王家の品位を貶める穢れた存在だ!」
リンドバルドの言葉は単なる反抗ではなく、深い憎悪に満ちている。
竜王が執務室の机を叩きつけた。
「いい加減にしろ!お前がどう思おうと、あの娘が我らの守護対象である事実は覆せぬ!
貴様は始祖竜の誓いも神龍様の警告も破る気か!?」
竜王が声を荒げたが、その表情は哀しみに満ちていた。
「お前の言動は愚かだ。お前が番を傷付ける限り、私はお前を許さん」
リンドバルドは黙ったまま立ち尽くしていた。
だがその眼差しは冷たく、唯一の血縁である彼らすら拒絶している。
どれ程説得しようと、リンドバルドの心は頑なだった。
退室するリンドバルドの背中を見て、王は嘆く。
「どうしてだ、リンドバルド…。お前に竜紋が浮かんだ時。
ようやくお前の心を埋める、愛する番が来たのだと、私は‥‥‥」
王もルビアも、リンドバルドに普通の温かみのある家族を持って欲しかった。
母が居なくなった分も、その愛を父と姉は懸命に埋めて来たのだが‥‥‥。
「父上。…神龍様に申し出るべきです。我々が過去の失態を繰り返す限り、あの方は我等を許しません。
未来ある若者までもが神龍様の懲罰の対象に成る前に」
「そうだな‥‥‥」
姉の監視下の元、部屋に返されたリンドバルドは憤慨していた。
王はルビアと共謀し、私の番をどこかへ隠そうとしている。
もしくは父が私の番を愛人に求めているのだ。
父は妾程度では満たされないのだろう。
リンドバルドはそんな妄想に取りつかれていた。
リンドバルドの瞳が闇の中で燃え上がった。室内を照らす蒼白い月光が彼の鋭利な輪郭を際立たせる。
王位継承権第一位の彼が見せるのは、もはや王子の品格ではなく獰猛な獣の牙だった。
「解消?冗談を言うな」
彼は嘲笑と憎悪に満ちた声で独り言ちる。
「あれは俺の番だ。天が選んだ絆だぞ?」
――ああ、私の印を付けておいてよかった。
その頬には微かな笑みが浮かんでいる。それは獲物を弄ぶ捕食者の表情だった。
リンドバルドは椅子から立ち上がり、自らの胸に手を当てた。
ここに宿る竜紋が彼の掌の下で淡い光が脈打つ。番を持った竜族にだけ現れる紋章。それは単なる印ではない。
(彼女の痛みが……甘美な蜜のように染み込んでくる)
リンドバルドは恍惚とした表情で月を見上げた。
側室らが彼女の髪を掴むたびに電流が走る。彼女の指先が擦り切れるたびに熱くなる。
彼の指が虚空を撫でる動作は官能的ですらあった。
「それが俺と彼女の絆だと確信させてくれる。彼女が俺のために流す血の一滴さえも……俺のものだ」
これはもはや恋愛や憎しみの次元を超えた何かだった。狂気の沙汰。
(彼女はどうしている?)
思考を巡らせるだけで竜紋が疼く。胸の紋様が鈍く輝き、熱を帯びる。それはまるで禁断の果実が熟れるようだった。
(泣いている? それとも傷を舐め合っている? クソッ……もう一噛みしてやればよかった)
姉が邪魔さえしなければ、彼女は恐怖を顔に張り付け自身を受け入れただろう。
無茶苦茶に蹂躙されることに、清いあの娘はどう反応するだろうか?
その絶望の甘露はどれ程のものだろう?
噛み痕をつけた感触が蘇る。首筋から滲んだ血の匂い——それだけで酔いが回る。怯えた彼女の指先を口に含み仮想の味を堪能する。彼女から溢れる生命の蜜。これを啜り尽くせばどんな快楽が得られるのだろう?
(彼女は俺の玩具だ)
竜紋の甘い疼きは元より破綻していた彼の理性を吹き飛ばし、獣欲を加速させる。




