第4話 前世、プリムラの味方と絶望
※胸糞描写があります。次々回位に現世のヒャッハーを出します。
私はその日も側室たちに罵倒されていた。
「番の癖に愛されない劣等種の分際で!!お前など下界で這うのがお似合いよ!!」
罵倒はまだいい。水を掛けられるのも…辛いが何とかなる。
竜族なだけあって、彼女らが人間形態で私を小突いて腕を掴むだけで、酷い痣が出来て痛みがずっと続く。
その側室の腕を掴む者が居た。
「何をやっている」
現れたのは、赤髪と緋色の瞳の美しい女性だった。
「殿下の番に対してこのような狼藉。許されると思ったか?」
ルビアの声は鋼のように鋭かった。
「それに――」と彼女は一歩踏み出し、側室たちを睥睨する。
「私が不在の間に側妃を何人も侍らせていたとは聞き及んでおります。これは我が弟の器量を試されていると捉えても?」
側室たちの顔から血の気が引いた。竜族には序列がある。
たとえ王子の側室であれ、王族直系の姉ルビアの威圧には逆らえない。
あの側室がひれ伏した事に私は驚いた。
「これは……全て殿下の御意向でございます……!」
そう弁解したが、その声は震えていた。
ルビアは冷ややかな目で彼女たちを見下ろし、「退出せよ」と短く命じた。
側室たちは逃げるように去り、宮殿の廊下に残されたのは私とルビアだけとなった。
ルビアと名乗る女性はリンドバルドの姉だという。
長らく遠方の地上の民の守護に出向いており、今日帰還したと。
ルビアは私の乱れた亜麻色の髪や手の痣を見て苦々しい顔をしていた。
「大丈夫ですか」
通された一室で、ルビアは私の傷ついた腕を取り上げた。袖をめくると紫色の痣が浮かび上がる。
竜族の力で癒しの光を小さく灯し、私の手に当てた。
淡い光に包まれると痛みが和らいだ。
「ありがとう……ございます」
私は感謝を述べつつも混乱していた。
このような優しさに触れたのは何時ぶりだろうか。
「なぜ……お助けくださるのですか?」
ルビアは深い溜息をついた。
「弟は愚か者です」
彼女の言葉はあまりにも真っすぐだった。
「母上の件で傷つき過ぎた」
「母上……ですか?」私は問いかけた。
ルビアは少し遠くを見るような眼差しになり、語り始めた。
リンドバルドの母親が運命の番の元に行き、弟は自身を捨てた母を恨んでいること。
故に『運命の番』を憎んでいる事。
こういった妻帯者間もしくは恋人同士の間で起こる『運命の番』のトラブルは多いのだとルビアは語る。
「当家の事情はあなたに何の関係も無いのに、『運命の番』に選ばれた事で貴女を傷付けた。ごめんなさい」
頭を下げるルビアに戸惑いつつも、不意に過った思いを口にした。
「では、リンドバルド様にも好いた方がおられたのでしょうか?」
あの側室の誰かがそうなのだろうか?
突然湧いて出た番を疎ましく思ったのだろうか。
ルビアは口を開きかけたが、すぐに閉じてしまった。夕陽が庭園に長い影を落とし、二人の沈黙を包み込む。
「弟に……特別な人はいませんでした」
「え…」
彼女の声は低く重たい。
「あなたを迎える以前も以後も」
私は息を呑んだ。ではあの激しい嫌悪は一体何なのか?
「それでも……殿下の目があなたを見る時の熱は尋常ではありません」
「‥‥‥」
プリムラは凍りつくように固まった。
「どういうことですか……?」
ルビアは言葉を選ぶように慎重に続けた。
「分かりません。ただ、あの子の目に映るのは歪んだ何かです」
番としてではなく――私を傷つける道具として傍に置く。
(分からない。こわい)
私は理解できず表情を強張らせた。
「それなら、どうすれば良いのでしょう」
「一つだけ方法がある」
ルビアは私をじっと見つめ、渋い表情で告げた。
「運命の番は魂の契約です。両者の合意があれば解除できます。本来ならば」
「本来ならば?」
ルビアは拳を握りしめ苦悶の表情を浮かべる。
「今の弟は正気じゃない。同意はしないでしょう」
そうでなくとも、恋に焦がれた竜族に契約の解除をさせるには相当な根気が必要だという。
ルビアの知っている契約の解除に掛かった年数は、短くて60年だという。
長命種である竜族には緩慢な時間だが、短命種である人間には一生を掛けた契約の破棄。
「そんな‥‥‥」
もう一つ、方法はある。
しかし。
――神龍が動く『条件』を彼女は満たしていない。
…それは伝えない方が良いとルビアは判断した。
残酷すぎる真実は時として耐え難い拷問となる。
彼女自身、あの御方に直談判する覚悟が揺らいでいた。
(先ずは、私が不在中の情報を集めなければ)
「私はどうすればよいのでしょうか……」
不安げなプリムラを見て我に返った。
「今は‥‥‥耐えて。私があなたを守ります」
ルビアお姉様という味方が出来て、安堵のまま自室のドアノブに手を掛けた私は。
僅かに空いた隙間から腕を掴まれ、中に無理矢理引きずり込まれた。
訳も分からず声を上げようとしたが、口を大きな手で塞がれた。
私の部屋の中に、リンドバルドが居た。
「全く、使用人のような住処で私を待たせるとは。
所詮は下等で教養の無い生き物のすることだな」
使用人の掃除が行き届かず、私が最低限の片付けだけをする私室。
体格の良く、力の強い竜族の男に壁際に抑え込まれ、私はただ恐怖した。
「側室たちに姉をけしかけ追い払ったそうだな。姑息でいやらしい人間如きが」
私の竜紋は酷く痛み、リンドバルドはその様子を見て…。
氷のような紅い瞳の奥で、愉悦を感じているようだった。
「彼女らは卑しい人間である貴様に、王家の振る舞いを教育しているだけだ」
嘘。側室も教師も皆、私を侮蔑している。
ああ、とリンドバルドは納得が言ったように私の耳元でささやいた。
「ここに、私の寵愛が欲しいのか?」
お腹を撫でられ、底知れぬ恐怖が全身を駆け巡った。
必死で首を横に振ろうとした。だけど、壁に押し付けられたまま。
私のスカートをたくし上げて、リンドバルド様の冷たい指が入り込んでくる。強引に割り開かれる恐怖で必死に声を上げた。
だけど、くぐもった声ばかりが漏れ出るばかり。
(いやっ、いや……ッ!)
恐怖と激痛で涙があふれる。それでも彼は容赦なく指を押し込み、中を無慈悲に掻き乱す。
(怖い。怖い怖い怖い怖い怖い‥‥‥!!!!!)
「何だ、てっきり王宮で誰かを咥え込んだとばかり思ったが…。純潔とは。
ああ、貴様如きを相手にするなど、竜の誇りが許せぬか?」
――私は慈悲深いだろう?
嘲笑うような声が身体を、脳を蝕んでいく。
彼の指が深く潜り込むたび、私の喉から嗚咽が洩れる。
抵抗する気力すら奪われるような、圧倒的な恐怖が私を支配する。
「姉に媚びる暇があったら、せめて竜族の教養を身に付ければいいものを」
そう言い放ち、彼は私をベッドの上へ乱暴に投げ出した。
やっと口が解放され、私は何度か新鮮な空気を吸い込み必死で言葉を紡いだ。
「殿下……お願いです……やめて……」
懇願の声は掠れていた。しかし彼は紅い瞳を細め、更に私の脚を広げようとする。
その刹那――
「……」
扉越しに聞こえる足音。リンドバルドの動きが止まった。
だが次の瞬間、彼は舌打ちと共に私の首筋へ顔を寄せ、獣のように強く噛みついた。
「っ……!?」
ゾブリッ
歯が皮膚を貫く衝撃。裂けるような痛みが脳天まで突き抜ける。鮮血が滲み出す感覚。
しかし恐怖で声はまともに出なかった。
「……嬉しいか?――『次』はゆっくりと楽しませてやる」
低い吐息とともに呟きながらも、彼は噛み痕を舐めるように吸い上げる。そのたびに痺れるような疼痛が襲う。必死で耐えるしかない――そのとき。
「プリムラ!!」
勢いよく開かれる扉。
駆け込んできたルビアが目にしたもの。
それは、ベッド上で首筋から血を流しながら震える私と、そんな私を恐ろしい目で見降ろすリンドバルドだった。




