第34話 運命の番を受け入れるキーゼル なお一方
『エピデンドルムの天空城探索』。翻訳:デイジー。
天空の浮遊島群ラトビル。竜族の王国は、無数の浮島が雲海の上に浮かぶ幻想的な国だった。
今や、その面影は過去のものとなっていました。
竜の魔力が枯渇したラトゼルの花の殆どは枯れ、浮島の端の方から徐々に地に落ちて行きました。
最終的にはリンドバルドが囚われる始祖竜の牢獄が最後の浮島となるのでしょう。
ラトビルに咲く白い花。島が浮遊しているのはこの花の根が浮遊島に深く根付き、竜の魔力と呼応して天界近くまで浮かび上がらせているからです。
ラトビルに実る特産物も徐々に姿を消すのでしょう。七色のりんごやビスケットのような不思議なすもも。これらは運命の番を歪めた竜によって失われる。
失われる前に、此処で起きた出来事を調べ尽くさねばならないのです。
私には前世の記憶があります。
前世の私には妻が居ました。
私の妻の名をミレット・エピデンドルム。狂った黒竜リンドバルド・ドゥン・ブレン・ラトビルの運命の番プリムラ・ネフライトの義妹です。
私の妻ミレットは番を甚振る事を愛と曲解したリンドバルドによって、空の城へ招待されました。彼女は昔、義姉プリムラを虐げていましたから。
しかし、リンドバルドは知りませんでした。
番を得た竜が持つ体質の変化。竜族の女ならまだしも人間という弱い個体が竜の精を受けて無事では済みません。
ミレットはリンドバルドと不貞行為に及んだ。美しかった顔が無惨に変容し、苦しみもがいて死にました。
私はそれを咎めることが出来ません。
前世の私は既にこの世に居なかった?ミレットを愛していなかった?
そんな訳ありません。
姉プリムラを救うべく、彼女は命を賭して竜族にこう抗議したのです。
『狂った愛に囚われた姉を、運命の番から解放しろと』
私は、天空城に残る思念を抽出し、彼女の想いを全て知りました。
過去に姉を虐げた罪は消えぬでしょう。
姉の夫と夜の営みを共にした事を非難する者もいるでしょう。
しかし、私の妻には。ただの人間である妻には。
竜と言う強者から、姉を解放する方法が他に思い浮かばなかった。
唯の人間であった前世の私が魂で嘆いていました。
前世の私も。強大な力を持つ竜に人がどう抗うか、命を賭ける以外に思いつかなかったのです。
よって、現世の魔術師たる私はミレットや他の竜族が成せなかった、狂った黒竜の番の解消を研究しました。
竜族には『運命の番』という天命によって定められた魂の番があります。
通常竜族の番は同族であることが殆ど。だが、ごく稀に他の種族が運命の番だったという事例も存在する。
番への執着は抗えない引力で、番に愛を囁くことが至上の喜びとなる。
私はこれが絶対的な定めとは考えません。
当人同士で解消することも可能ならば、別の方法で打ち消すことが出来るのではないか?
何より。
1:番プリムラはリンドバルドに搾取され続ける関係性を強いられ、結果リンドバルドは竜王を凌ぐ力を得た。
2:番プリムラは魂を壊された状態で永劫の輪廻転生を巡っている。
これを私は『運命の番』を定めた隙だと考えた。
本来の番は守り、守られる存在。片方が弱体化することは無い。
ならば。
番プリムラはリンドバルドへの対抗手段を得られるのではないか?
魂が壊れているのであれば、他の魂で補填は出来ないか?
と、言うのも天空城から戻って妻ミレットの魂を交霊したが、奇妙な反応であったから。
何らかの強制力で、人間の魔術師程度では呼び寄せることはできないのです。
交霊の儀式をしたその晩。
私の前に神が現れた。
神は言った。私の妻や義姉プリムラを想う者たちが彼女の魂の補填をしていると。
彼女を守っているのはミレット、後にリンドバルドの子レーヴェンが加わるという。
レーヴェンと言う子は母を壊した父を憎み、戦いを挑むが敗れると。
神は言った。レーヴェンは竜であり番を得ると。
その番は転生したプリムラもろとも、リンドバルドに殺されると。
私は妻を手助けすることにした。
神は言った。この人間の抗いこそが狂気に染まった竜への楔になると。
たとえ肉体を失っても魂に刻まれた痛みは消えず、次の転生すら許されず永劫を彷徨うと。私は神の啓示に従った。
狂った愛に憑りつかれた竜に対抗するために必要なのは、人間にしか為せぬ意志だと。
これは私の推測だが。
正しい絆を持ちし運命の番ならば、歪んだ運命の竜紋を打ち消すことは可能なのではないか?これは偽りの竜紋も然り。
とはいえ、天命に定められた真なる竜紋は魂ひとつに一つのみ。
これは神ですら覆せないという。
検証の仕様は無い。
私には時間がありません。
天空城に戻った私の臓腑は飛行魔術の欠陥で重篤な病を蝕み、これ以上の調査は行えないのです。
運命の番の成り立ちに関して、現地調査する力や寿命は残されていない。
この書物は我が一族の傍系であり、神の山脈を真なる魔王の書と説き処刑された子孫へ託すことにしました。
彼らならば、何が在ってもこの荒唐無稽な書を復元するだろう。
さて、私は『偽りの竜紋』の術を伝播させることに成功した。
奇特な協力者が居ました。
直に番を解消するというこの竜は、リンドバルドの母親だという。
真偽はともあれ、その竜紋を研究し、遂に『偽りの竜紋』は完成した。
そしてその資格者はいつか現れるであろう、プリムラと深く繋がる魂に託すことにした。
プリムラ自身を守るために戦う資格を与えられた者――あるいは彼らがプリムラを見つけ出し、共に戦う日が来ると信じて。
ミレットへ
もしも君が天国に行けないならば、私は君と同じ場所に行くよ。
君やお姉さんが悪しき竜から解放される時を待っている。
だから、君と同じ場所に行かせてくれ。
ハワード・エピデンドルム
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「馬鹿野郎…お前、『偽りの竜紋』なんか持って生まれて来やがって」
前世のジゼルであったプリムラを、前世のプリムラだったキーゼルが窘めた。
「うち、あいつに勝てんかったもん。だから、ゼーちゃんを守りたかったんよ」
「うん…」
「後な、胸のは偽物やけど、こっちは本物やよ」
プリムラは瞳を指して告げた。
翡翠色と紅の色の瞳のオッドアイ。
かつて、前世のプリムラの色だった翡翠色の瞳に、竜紋が輝いていた。
「前の人生でな。レーヴェンがあの悪い竜と戦った時に。うちとレーヴェンは『運命の番』になったんよ」
ああ、それで。
キーゼルは自身の琥珀色と紅の色の瞳のオッドアイでプリムラを見つめた。
「君の色が好きだった。だから、今世はこの色に生まれた」
「うちも、ゼーちゃんと、レーちゃんの色が好き。それやから、この色になってん」
「俺も…不思議とこの紅の色は嫌いじゃない。レーヴェンの色だから」
――この紅い瞳から一筋流れる涙は、レーヴェン。お前か?
かつて、前世のジゼルの色だったキーゼルの琥珀色の瞳に――竜紋が輝いていた。
プリムラは少し思案した後、こう告げた。
「あんな、ゼーちゃん。番の解消は出来るからね?
ゼーちゃん、ずっと悪い竜に嫌な目にあわされたやん。
うちもレーちゃんも、ゼーちゃんに苦しい思いはさせたくないんよ」
「…」
不思議なものだ。
胸の竜紋は不快極まりないのに、瞳に宿った竜紋は温もりすら感じる。
ただ。
この竜紋は、『プリムラ』の物ではない。
魂の回復が不完全ならば、レーヴェンの輪廻にキーゼルは天寿を全うしても数百年はそれに引っ張られることになるのだろう。
だが。
「‥‥‥いいよ」
不思議と、心地よい。
「レーヴェンとお前が望むなら。
お前と共に居たいと、レーヴェンが望むなら。俺は何も不満はない」
悪くない。
壊れたプリムラとの『ジゼルとレーヴェンが友達になる』願い。
それを純粋に育む二人を傍で見ていたい。
きっと、この子と共に生きる事は温かさと退屈のしない日常になるだろう。
何より。
「レーヴェン、俺に気兼ねしないで良いからな」
――母ちゃんは、お前の好きにさせてやりたいんだよ。…レーヴェン。
「ありがとう、ゼーちゃん」
その間、リンドバルドは絶叫をあげ続けていた。
「さて。竜退治と行くか、…プリムラ」
「うん、一緒に戦おう、ゼーちゃん」




