第33話 再会と断種
運命の番は魂の盟約。
故に、番紋は魂ひとつに一つだけ。
かつて、リンドバルドはレーヴェンに致命の傷を付けられた。
あの時。居たのだ。
レーヴェンの運命の番、ジゼルが。
リンドバルドの炎に撒かれ、命燃え尽きる寸前だったが、その竜紋は確かに在った。
この狂った黒竜が気付かないのも当然だ。
その竜紋の在ったレーヴェンの眼を、彼は潰したのだから。
レーヴェンの欠けた魂は、母であり壊れたプリムラの魂に補填された。
キーゼルはプリムラの魂とレーヴェンで構築された故、『特例』となった。
「…クソ亭主、これで満足か?」
現在、キーゼルが不愉快な様相で胸元を露にした。そこには、まごう事なきリンドバルドの竜紋。
そして、左目にはジゼルとの竜紋が刻まれている。
レーヴェンが生前にその眼を潰されたからか。
プリムラが運命の番を呪い、忌避した故か。
結果的にリンドバルドの竜紋の効力を隠し、効果を相殺してしまった。
生まれた頃より固く閉じられたその左目は、今開かれた。
三人目の自身の竜紋にリンドバルドは酷く狼狽していた。
リンドバルドが唸る。
「『ジゼル』の……番だと?貴様のような間男が…?」
「運命の番の区別もつかねえのかよ、クソ旦那様?」
キーゼルの嘲りにリンドバルドは浅い呼吸を繰り返す。
「あんたのせいで、うちの友達が散々な目に遭うたらしいね?」
リンドバルドが驚愕する。
「何故だ……なぜ竜紋が二つも……!?」
「その前にまだボッキボキなのかよ、色ボケクソ竜。まあ、そろそろ来るか?」
奴は間違えた。
あれ程『運命の番』と宣い、執着した番を。
内包していた竜の陰茎を『偽りの竜紋』を持つ偽の番――実母であるカルミアにあてがう程に。
(念の為言っておくが、人化したカルミアでは受け入れ不可能なサイズ)
「まだ……! 貴様如きに……ッ!」
腐っても竜王の血筋。猛毒すらも分解しようとする生体防御本能。
「母上……」
リンドバルドの紅い瞳が、ルビアが庇うカルミアを凝視する。
「……お前は……番…?いや……違う……!?」
その瞳が一瞬揺れる。彼はついに悟った──カルミアの胸に刻まれた模様が『偽りの竜紋』である事を。
「『盟約違反』よ……」
カルミアに告げられ、リンドバルドは自らの過ちを認識した瞬間──
「あぁああああああああああッ!!??」
──耳を劈く絶叫が草原を揺るがした。
ルビアの治療を受けるカルミアはポツポツとこぼした。
「あの人の子に。生まれ変わったあの子に。
お前の薄汚い欲望を向けさせるわけには行かなかった。
もちろん、お前の番にも」
「お母様…」
「管理人さん…」
+++
キーゼルは立ち尽くした。
眼前には肩で息をするプリムラの姿。
彼女の腕にはふわふわの羽毛が浮かび上がっていた。
「……『ジゼル』」
君は…今も‥‥‥友達を守ってくれていたんだな。
だけど。
月明かりがプリムラの亜麻色の髪を柔らかく照らしている。
「……大きな友達」
かつての願いなのだろう。幼竜だったあの子が、無力さを痛感していたあの子が、『大きくなりたい』理由。それはただ一つ。
友達を、守るために。
「でも」
巨大な体躯を持つ竜族の混血児となったプリムラ。それは決して偶然ではない。
『プリムラ』を守りたいという純粋な願いが、この形で具現化したのだ。
竜と人の血を引く奇跡。目が見えなくても構わない。どんな障害があろうと構わない。
ただ友達のそばにいて、友達を守るために。
「だけど‥‥‥!!」
キーゼルの声が震える。プリムラはキーゼルを真っすぐ見て応えた。
「久しぶりやね、『プリムラ』。でも、うちはゼーちゃんが一番しっくりくるわぁ。ゼーちゃんでええ?」
プリムラの無垢な笑みにキーゼルは顔をくしゃりと歪めて、泣きそうな顔をしていた。
「君に、此処に居て欲しくなかった…。姉ちゃんと、逃げて欲しかった。
――君が死んだのは、俺の所為だから」
何時から前世の記憶があった?何で、変わり果てたのにプリムラと分かった?
でも。
「俺は…君に‥‥‥。俺が逃げたいって言ったから‥‥‥君が、死んだ」
無力な自分が恨めしかった。
大切な友達を死なせたことが苦しかった。
「だから、君を、俺は守りたかった。すまない、本当に、ごめんなさい」
泣きじゃくるキーゼルの髪を、プリムラはわしゃわしゃと撫でる。
「何で謝るん?言ったやん、友達守るんは当たり前や。
うちこそゴメンなぁ。うちが小っこくて弱かったから、ゼーちゃんは前世で辛い思いしたね」
「そんなことない。君が居たから、俺はラトビルが好きになった」
「うちも。『プリムラ』ってお友達が居たから、寂しくなくなったんよ。一緒にお空飛べて、嬉しかった。
だから、悲しい事は、おあいこにしよ?」
涙を流すキーゼルをプリムラは優しく抱きしめた。
「こうやって、大きな身体でな。二人のお友達を安心させたかったんや」
「デガぐ…なりすぎだろ‥‥‥」
そうか。
姿を前世のプリムラの色に変え、偽りの竜紋を持ち、彼女が好きだったものをずっと育てていた。
君は、生まれ変わる前から決めていたのか。
『プリムラ』を。レーヴェンを。――友達を守ると。
解けていく。
『ジゼル』の。プリムラの優しさが。
『プリムラ』とレーヴェンの傷付き、澱の様にこびり付いた負のそれを解いて行く。
+++
狂った黒竜は、発情したまま自らの身体を捩り痛みに悶える。
「畜生ッ!! 番は……貴様だったのだな……! 」
リンドバルドの精神は、既に正常ではない。
自らの血の呪いを自覚しながらも、彼の歪んだ執着は止まらない。
彼の理性はとうに崩壊しており、自分以外の者への慈悲など最早存在しない。
自分こそが愛されるべき存在だと妄信する狂気の化身となっていた。
「母上……!! 愛して……愛して欲しかった……! 誰よりも……私こそが貴女を……」
その妄言は断ち切られた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーー!!!!!」
運命の番を間違えた事で、偽りの竜紋に拒絶反応と共に竜王の呪縛が息を吹き返したらしい。
リンドバルドは激しくのたうち回る。
「『見える』やね、ゼーちゃん!」
「おう」
キーゼルの右手には大剣が握られており、その異なる色の双眸は確かにリンドバルドを捉えていた。
その瞳に映るのは、空間を歪める程の濃密な怒りと拒絶のオーラ。偽りの竜紋への接触により天命を穢したリンドバルドの生殖器に激痛が奔る。
「汚いもんを俺の友達に見せるな」
今までの恨み骨髄。
キーゼルは竜の陰茎を両断した。
「大悪の根源から断ち切る」
ルビアは目の前で起こった光景に言葉を失った。
「あああぁぁあぁぁああ!!!?」
狂乱するリンドバルドが、己の肉体の一部を切り落とされて苦悶の声を上げる。鮮血が噴水のように吹き上がり、黒竜の巨躯が痙攣するように揺れた。
「うっわ……」
思わずルビアの口から乾いた声が漏れた。キーゼルは、リンドバルドの下半身から切り離された部位を、まるで"呪物"であるかのように見つめると――
「――燃えろ」
左腕に仕込んでいたナイフを突き立て、炎の呪符が起動した。
真紅の炎が閃光のように迸り、漆黒の肉塊を瞬時に焼き尽くす。肉の焦げる嫌な臭いが風に乗って漂ってくるが、それはほんの一瞬のことだった。リンドバルドの血肉の一部は燃え盛る炎に巻かれる。
本当ならば、もっと徹底的に痛みを与えつつ削いでやりたかったキーゼルだが、プリムラの視界を介しているのでサクッとこの世からブツを消しておいた。




