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透明になった番  作者: 桃緑茶


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第2話 前世、運命の番は冷遇される

天空の浮遊島群ラトビル。竜族が住まう空の国。

私――プリムラが嫁いで来たこの空の城は、地上からは決して届かない孤高の牢獄でもあった。


婚礼の祝宴の場。

王族貴族だけが居住を許される水晶宮殿。竜族が作り上げた美しい建造物の天井から吊るされたシャンデリアが瞬く下、儀式用の純銀の指輪を差し出しながら、私の…運命の番であるリンドバルド様は氷のような笑みを浮かべた。

本来は番に永遠の絆を誓うために用いる品の筈……


彼は私にそれを見せつけるように落とし、踏みつけた。

黒髪に紅い瞳の美しい男性。

私の夫となる竜族のリンドバルド王子は、凄まじい殺意を放って私に告げた。



「人間風情が番など最悪だ。私は貴様を運命の番などとは認めない」



まるで私との結婚が不幸の始まりのような顔。

私が嫌いなのに、どうして私を空のお城に連れて来たの?


私は貴方と家族になれると思っていた。

お父様も再婚した義母も義妹も、誰も私を愛してくれなかったから。



『運命の番』を良くは知らない。

私に竜紋が浮かび上がり、竜族の王子と番だと家に知らせが来た。

空の国の事などおとぎ話の中でしか知らなかった。だから、私なりに調べてはみた。


『運命の番』とは、天命によって定められた魂の番。

通常竜族の番は同じく竜族であることが殆どだけど、ごく稀に他の種族が運命の番だったという事例も存在する。

番への執着は抗えない引力で、番に愛を囁くことが至上の喜びとなる。


困惑はあったけれど、望まれて家族になってくれるのだと思っていた。

もしかしたら、彼も突然私のような人間が来て、困惑しているのかもしれない。

だから、信頼関係を築こうと頑張った。

だけど―――


「なぜお前のような弱々しい人間が番なのだ!!」


リンドバルド様の冷たい声が王宮に響くたび、私の胸は鋭く痛んだ。婚礼の夜以来、彼の瞳は一度たりとも温もりを見せたことはない。

それどころか日々憎悪は増していくばかりだった。


「貴様のような番など認めぬと言っただろう!」

刺繍したハンカチは払い除けられた。


ある日、王宮の大広間でリンドバルドは数人の竜族女性たちを招き入れた。竜族特有の角に鱗の紋様が浮かぶ彼女たちは、艶やかな装束を纏い優雅にお辞儀する。

私は彼女たちに委縮してしまった。

「殿下より正式に側室の栄誉を賜りました」


「まあ素敵なこと!」

側室筆頭の女性が鈴を転がすような声で笑う。

「これで番様が独り占めしていた王宮も、少しは華やかになりますわね?」


思わず唇を噛み締めた。まるで初対面のように話す彼女たちと私は既に会っている。


初夜の儀のあの日。リンドバルド様は彼女たちを敢えて集めさせた。

豪奢な夜着を纏った美しい女性達が室内を埋め尽くす。


竜族はその強大な力から、非常に気位が高いという。

ひ弱で、王子から寵愛されるどころか、徹底的に冷遇…むしろ殺意さえ向けられる私は。

王子の正妃と成れなかった、彼女らの攻撃の的であった。


「プリムラ殿下、皆様がお迎えしております」

侍女が嘲笑混じりに告げる。

…何処にも味方はいない。

ベッドサイドに辛うじて座る私の顔面からは、完全に血の気が引いた。


「殿下……これは一体……?」

震える声で、如何にか絞り出した。


「見ての通りだ。我が側室たちだ」

リンドバルド様は冷笑し、美しい女性の腰を引き寄せた。

仲睦まじい様子を見させられ、目を背ければ側室たちに顔をリンドバルド様へと固定された。


恥ずかしさと、悲しみで思わず呟きが漏れた。

「なぜ……いやっ」

リンドバルド様は私の亜麻色の髪を掴み、耳元で囁く。

「これがお前の運命だ」

氷のように冷たい目の奥に、何処か愉悦に浸る色を見た。



どうして?

私が憎いなら離縁してくれればいいのに。


そう告げようにも、私が視界に入ると睨まれ、拒絶される。


次の日から惨めな日々が始まった。



庭園の片隅で刺繍をしていると側室たちがやってくる。


「ご覧あそばせ?こんな拙い品で陛下のご機嫌取りだなんて」

側室筆頭が手に取った刺繍布を地面に落とした。

「この前はクッキーを作りたいと厨房を困らせたのでしょう。貴女の作るものなんて、不味くて吐き気がするわ」


「……」

私は震える手で拾い集めるが、その手を側室筆頭は踏みつける。

「痛っ…」


「謝るだけじゃ駄目ですよ。あなたみたいな人間風情は陛下のために跪いて這いつくばるのがお似合いなんですから」


嘲笑と侮蔑が突き刺さる中、ふと背後に影が落ちる。振り向くとリンドバルドが立っていた。

怒るわけでも助けるわけでもなく――ただ氷のような紅い瞳を細めて見ている。

そして私が涙をこらえて必死に顔を上げた時、確かに見たのだ。彼の口角がわずかに上がったのを。


「まだ足りないのか」

リンドバルドが冷たく言い放ち踵を返す。その背中に向けて私の胸には怒りよりも悲しみが渦巻いた。

(あの人は…私が惨めになるのが楽しいの?側室まで用意してわざと苦しめる……)

どうして?

分からない。運命の番とはこういうものなの?



夜になり荒れた部屋で一人考え込んだ。王子の冷遇を知った使用人の態度も良くない。

窓の外には満天の星と地上の灯りが見える。地上の家に帰りたいと思ったこともあったが――


(あの家にはもう居場所はない)


私が握りしめるのは粗末なハンカチ。

何時だったか母の形見を奪われ、ボロボロになったそれを義妹が投げてよこしたものだった。


(せめて、誰も知らない遠くで暮らしたい)

だが、それも叶わない。

空の上に居ては、逃げられない。

それに、竜紋がある以上――



逃げ出したくても天空城は私にとって、牢獄に等しかった。

「‥‥‥?」


小さな物音がした。


窓の向こうを見ていると、窓辺に小さな花が咲いてあった。

地上では見なかった、ラトビルに咲く名も知らない白い花。


(鳥が持ってきたのかしら)


小ぶりだけど、可愛らしいお花。

枯れてしまうのは勿体ないので、紙片を使って押し花にすることにした。


その作業をしている間は、胸の痛みは和らいだ。


鳥の落とし物は時々続いた。

時々木の実やベリーも置いてあった。


それを見ている間は、心の澱が解れ温かかった。

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