第26話 ラトビルのグルメ 実食
プリムラの畑を観察していた竜族が戸をノックする。
下級メイドらしき竜族が興奮気味にプリムラに話しかけて来た。
「あのっ、あそこに大量に成っている若木きのこっ!取ってもいいでしょうか!?」
「にゃ…?えっと、あの木に成っているやつ?毒があるからって、管理人さんは言っていたよ?」
あれか。木の幹すら真っ赤なそれに生える木にニョキニョキと生えている白、茶、赤の茸。
定期的に管理人が処理しているらしい。
「毒があるって聞いたから、どう処分したもんかと」
念のためにと柵とロープで仕切り、プリムラが近寄れないようにしているが。
「いえ、赤い茸は熟しているので問題無いんですよ。茶色や白は毒がありますけど」
(普通、逆…。いや、一般的な毒キノコもそうか。ラトビルの食材だし、勝手が違うのか?)
「えっ?アレ食べられるの?」
ルビアも知らなかったらしい。
「…王族だから、毒のあるものは除外されていたんじゃねえの?」
「…あっ」
たとえ、毒抜きしてあったとして、竜族基準の『毒』は少々怖い。
プリムラの家から離れた畑の隅に、それはたわわに実っていた。
「ここの畑はどうなっているのでしょう。竜にとって住み心地が良いと言いますか、懐かしい力で満ちているのです」
「そうなん?頑張って耕したからかなあ」
プリムラののほほんとした会話を聞きながら歩く。
しかし、竜の住処は幾つか討伐に行ったものの、こういった類の――ラトビル特有のものは無かった。
(リンドバルドを知る元ラトビルの竜も居たのに、何でだ?)
そこには五穀豆――5mほどの木に成る五色の別種類の穀物が成る豆の木に、蔦が絡みついて成っていたケレナキャベツが実っている。
手のひら大のボール程のそれは芽キャベツのようなほろ苦さはなく、葉は柔らかく甘みがある。
「時々管理人さんが取ってくれたんよ」
プリムラはキーゼルからキャベツを一枚貰ってもしゃもしゃ食べている。
一度自分で取ろうとして、巨大な豆のサヤが大量にボトボトと落ちて、埋もれかかったらしい。
「ヘンな匂いがして怖いから、時々片付けに来るだけやね」
それからは基本落ちたサヤを片付けるに留まっていたと。
「…これも食材なのか。今度ケレナキャベツ用の棚を作った方が良いな」
大きな豆のサヤや葉にに隠れるように巻き付いており、防護柵を作っている時は気付かなかった。
ラトビルではキャベツは浮遊島の断崖絶壁に垂れるように生っていたらしい。
どうやら地上と空の中間の空気を好むらしく、高さのある木に絡みついたらしい。
後、五穀豆の木は時期によって臭気を帯びるので、嗅覚の優れた竜は近寄らないと。
実際、放置していたのか、臭い。プリムラが安易に近づかない訳だ。
「…臭気というか、何個かは…あれだ。発酵してんな」
匂いに覚えがあったので、豆の表面をナイフで切ると茶色いペースト状のものが出て来た。
「あれだ、ヒュウガ国の冒険者が故郷の味って言っていた…味噌?の味だ」
あと、向こうの酒の匂いがするものも在った。…米って奴で酒を造るらしいが、やたらと甘い。
何処かで食った覚えがある訳だ。味噌は少量ならキャベツに合う。
味見しているキーゼルから少し離れて、怪訝そうな顔でルビアが問うた。
「ソレを食べる国があるの?」
「うちだって塩やバターをパン見たくモリモリ食わねえよ。…調味料だな」
あっちの料理はてんで知らないが、女侯爵は食いつきそうなので幾つか包んで置いた。
この領にもヒュウガ国の人間はいたと思う。向こうの食事の店を出せないかと思案している噂を聞いた。
海を隔てた極東の島国から輸入するコストが、自領でゴッソリ削れる可能性があるならば売っておこう。
「ほんで、キノコはどうやって食べるん?ゼーちゃん、食べてええかなぁ」
どうなんだろう?前世でも食べた事が無いので、未知数だが。
その辺は今更か。洋紅檸檬はキーゼルも好きなものだし。
「調理法を教えてくれ」
「もちろんですっ」
取り敢えず、メイドと自分が毒見役になればいい。
これでも多少は毒耐性が在る。
竜族のメイドがうっとりと鼻を鳴らす。キーゼルが串に刺した赤い若木きのこを焚き火の上で丁寧に焼いていると、茸の表面がじわじわと膨らみ始め、芳醇な香りが辺りに漂い始めた。
「松茸のような香りですねぇ……」
「ふわー、……焼ける匂いが凄く良いねゼーちゃん!」
プリムラが鼻をひくつかせながら無邪気に笑う。
一方、ルビアは「こんなに美味しそうなものを一度も食していないなんて」と悔しそうにしていた。
今食べるのだからいいだろう。
王族に毒を喰わせるのは…その毒も竜族基準なので怖い所はある。
焼き加減を確かめるキーゼルにプリムラがぐっと近づく。
「なあなあ、うちにも焼くん、やらせてぇ!」
キーゼルが許可するとプリムラは喜び勇んで焼いている。慎重に見守っていた。
(‥‥‥危なっかしい……)
こればかりはキチンと言っておかねば。
「言っとくけど、毒キノコの見分け方は専門家でも難しいからな。
齧って苦みがあるものはすぐに吐き出す事。中には触れて火傷をするものも在るから、人がいる時に茸は取りなさい」
「分かった、気を付けるねー」
「――出来たぞ。まずは俺が試食するからな」
出来上がった香ばしいきのこを皿に載せ、シンプルに塩を掛ける。
そして、木房いちごの酸味の強い橙色の実から絞った果汁を軽く掛ける。それは見るからにジューシーで肉厚、ぷりぷりとした触感を予感させる仕上がりだった。
(マジで美味いな)
「問題ない」
「いただくわね」
ルビアが品よく一口。瞬間、「これは……!」と目を見開いた。
「噛んだ瞬間から旨味が溢れ出すわ!しかも甘酸っぱい果汁が合わさって……素晴らしいわ!」
プリムラも大きく頬張ると、「わぁ~!美味しい!」と頬を押さえながら感激の声を上げる。
「こんなの初めて!ゼーちゃん、ありがとうな~!」
キーゼルは二人の様子を確認し、安心した表情を見せた。
「お前らも食べてみろよ」
他の竜族にも分けて置いた。差し出された焼きたての若木きのこに彼もかぶりついた。肉厚の茸に歯を立てた瞬間、芳醇な香りが口中に広がり、ジューシーな旨味が広がる。
「っ……!」
木房いちごの酸味がきのこのコクと見事に調和し、食欲をさらに刺激した。
屈強な竜が号泣しながら食べているのは…見なかった事にしよう。
「確かに美味いな」
プリムラが嬉しそうに微笑む。
「みんなで食べるともっと美味しいよねぇ!」
そうしているうちに女侯爵の使者がやって来た。
「じゃあ、次は女侯爵殿へ挨拶に行くとするか」
焚き火の後始末を手際良く済ませながらキーゼルはそう告げた。
ラトビルに成る野菜や果物
五穀豆:5mほどの木に成る五色の豆。色に応じて味や食感が異なる。一つ一つの豆が大きく豆の中に種子が詰まっている。白いものは米、黄色いものは麦、薄黄色は粟、緑は稗、茶色豆は大豆が詰まっている。豆ごと蒸すと白は甘酒に、茶色は味噌になる。茶色豆を水にじっくり浸してから蒸すと醤油になる。
→プリムラは基本放置していたので蒸した状態となり味噌になった。
若木きのこ:赤い木の幹に生える赤い茸。焼くと香りが良く肉厚、旨味が出て美味。茶や白の物は未熟で微量の毒がある。
ケレナキャベツ:巨大な蔦に成るキャベツ。プリムラの家には手のひら大のボール程のケレナキャベツが五穀豆の木に絡みついて成っていた。
洋紅檸檬:金柑くらいの小ぶりの果物。果皮は黄色く実は赤み掛かった果肉、皮ごと食べられる。甘くておいしい。キーゼルの好物。
木房いちご:鈴なりになるいちご。濃い赤は非常に甘く桃色は一般的な苺の味、橙色は酸っぱくジャムに加工する。




