第25話 ごめんなさい、ごめんなさい 私には許されない
「わぁ~、お姉さん竜族なん?うち、半分竜やよ?よろしくね~」
「え、ええ。よろしくね、プリムラ…さん」
「プリムラでええよー」
自身より遥かに大きなプリムラにルビアは動揺していた。
ルビアに同行したのは、同じく人の形を成した竜族が数名。
竜たちはプリムラにも驚いたが、周囲に群生した――滅んだ自国に自生していた木の実に目を見開いている。
「ゼーちゃん、ほんまにお花を育てるお仕事、任せてええの?」
「おう、本人たちがそう希望している」
「うちの力でビックリせなええけどなぁ」
ルビアは、プリムラに竜紋があることや前世の事など詳らかに明かそうと考えていた。
…キーゼルが異様にガン飛ばしてくるので、躊躇っていたが。
しかし、あまりにも無垢なプリムラ――それも、盲目の少女に陰惨な過去を話すことがやはり出来なかった。
(ジゼル…じゃない、キーゼルが話さない訳だわ)
この子の笑顔を曇らせる事が出来なかった。
プリムラが明かしたのは半竜族の出自。父は竜族の末裔で母は人間という事だけだ。
「ルビアさんって言うん?うちのお友達にも人間のお姉さんがいるんよ。デイジーちゃんって言って、本の話するんよ」
「本?」
「うん、この木板もデイジーちゃんが考案したんよ」
「…!」
木板には、ラトビルに咲いていた花が詳細に記されていた。
「このお花を咲かせたいんやけど…。どうしよ、ゼーちゃん。うち、お代はあんまりないよ?」
「お代なら…ここに、沢山ありますよ」
ルビアはかつて故郷に自生していた木の実を見つめた。
かつては地上にも一部自生していたが、ラトビル崩壊後は全て枯れ果てたもの。
「ほんまに?あ、良かったら洋紅檸檬食べる?お姉さん。あっレモンみたいに酸っぱく無くて‥‥‥」
ラトビルの終焉以降、地上で成っているのを初めて見た。
ルビアの唇が微かに震えた。プリムラに勧められた洋紅檸檬を一つ摘み上げ、慎重に歯で挟むと——
果汁が弾けた瞬間、彼女の全身を稲妻が貫いた。
(……ああ。五百年ぶりだわ……)
果肉の瑞々しい弾力。酸味の中に隠された甘み。舌に絡みつく芳香は紛れもなく——
かつて故郷の庭園で食していたものだった。
――プリムラやジゼル。…そして、レーヴェンとも。
「……ッ……!」
嗚咽が漏れる。眼帯の下で傷痕が疼き、もう一方の瞳から熱いものが零れた。
ルビアは木の実を両手で包み込んだまま、地面に崩れ落ちた。
「お……お姉さん!? 大丈夫なん?」
プリムラが慌てふためく。巨躯に似合わぬおどおどした様子で屈みこむと、ルビアの肩にそっと触れた。
「お花が咲いたら、お姉さんに花冠作るね?だから、泣き止んで、ね?」
ルビアの嗚咽がさらに激しくなった。
ジゼルが笑顔でプリムラに花冠を作って、プリムラも一緒に作っていた。
ルビアの宮殿でラトビルの洋紅檸檬をレモネードにしようとプリムラに提案され、一緒に作った。
プリムラが作った虹色りんごのクラフティやパイは、ジゼルや他の子たちが『次はかぼちゃ味かな?ほんのり薔薇の匂いのりんごかな?』と、どんな味か当てながら食べて、とても喜んだ。
ジゼルが亡くなってからは、レーヴェンと一緒にプリムラに花冠を作った。
ルビアはプリムラのようなお菓子は作れず、焦げてしまったし美味しくなかった。
それでも、笑いながらレーヴェンとプリムラと食べた。
――皆、守れなかった。
もう、戻れない過去の記憶。
(ごめんなさい、ごめんなさい‥‥‥、前世を知らない貴女に‥‥‥。
謝ることも、許しを請うことも――私には許されない‥‥‥)
「大丈夫やよ、辛いこと吐き出しちゃおう?うち、傍に居るからね」
プリムラは咄嗟にルビアを抱きしめた。その広い胸に小さな頭を包み込むように。
「よしよし、お姉さんは寂しかったんやね。うちも一人っぼっちでな……。
お父ちゃんはうちを怖がって逃げちゃったし、お母ちゃんもちょっと前に病気で死んでもうた。それで、たまに淋しいんよ」
最近はゼーちゃんが居るのでそうではないけどなぁ。
そう言って震える背中をぽんぽんと叩く手は、不器用ながら温かかった。
「お姉さん、お仕事終わっても遊びに来てな?うち……ずっと待っているからね。
沢山美味しいもの食べて、いっぱいお話ししよ?」
複雑な思いを抱えながらも、彼女はプリムラの胸に顔を埋めたまま小さく答えた。
「ありがとう……プリムラ」
ルビアの部下もラトビルの木の実を食べて涙を流していた。
そして、キーゼルに頭を下げた。
「ありがとうございます。ルビア様は…あのように感情を出したのは‥‥‥。
甥御様を亡くして以来でしたから」
「――そうか」
キーゼルはルビアを監視しつつ、ラトビルの木の実や花が育つ条件を竜族から聞き出しメモに取っていた。
(情報は他の奴からも取り入れた方が良い)
落ち着きを取り戻したルビアは、プリムラにそれとなく話を聞いた
「どうして、この花を育てようと思ったのですか?」
「覚えてへんけど、うちの大切な人が好きやったんよ。
うちのお父ちゃんは、うちの痣を見て逃げちゃったし。
お母ちゃんもお空のお花は、よう知らんかったから…。他の人かなぁ」
結果、ルビアは前世の件は保留にした。空の国の作物を好んで育てている彼女の言葉は、あまりにも無垢だった。
目の見えないプリムラに、心優しい娘に。
暗闇以上の恐怖を話すことは出来なかった。
それと。
このプリムラには何処か違和感があった。
胸元には確かにリンドバルドの竜紋の気配がある。
間違いないはずなのに、何かが引っ掛かる。
+++
ルビアはプリムラの家に置いてある『どうじんし』なる物に度肝を抜かれていた。
『エピデンドルムの天空城探索』に『ラトビルの美味しいお菓子』『運命の番の逆説』等々。
「懐かしい。地上のお菓子とラトビルの木の実をプ…私のお友達が応用して、美味しいパイやレモネードを作ってくれたの」
「えー、いいなあ。美味しそうやねー」
キーゼルはプリムラが喜びそうなので、幾らか仕込んで置いていたのだが。
ルビアに号泣されては困るので、一先ず黙っておくことにした。
近代語の文字が不得手なルビアは、絵で楽しめる料理本を見て嬉しそうにしていた。
エピデンドルムの分厚い書物の内容が大昔の魔術士の翻訳本と聞いてルビアは驚いていた。
「このデイジーと言う方は、高位エルフか神の末裔なの?」
「いや、人間で平民。今は…20歳そこそこだったか?
現地調査も行ったそうだ」
魔術師でもない一般の新聞記者だと告げると、ルビアは仰天していた。
「待って……あの狂竜が封印された『ラトビル』に?その女記者は……一体何を考えているの?そもそもどうやって行ったの?」
声には明らかな非難が含まれている。かつて己の命と引き換えに故郷を守ろうとした竜族にとって、その行為は自殺行為に等しい。
「近代の飛行魔術で、魔塔の魔術師らに同行したそうだ。言ったのは単純な好奇心だろ」
「リンドバルドが封印されたとはいえ……近づけば呪いが……あるいは封印が解けてしまうかも……!」
キーゼルは溜め息をつきながら椅子に深く腰掛けた。
「デイジーは真なる魔王が眠る山脈を踏破する奇人だ。その程度はやる」
「山脈!?まさか……あの禁忌の……!?」
ルビアの表情が驚愕で凍りついた。竜族ですら畏怖して近づかない禁忌の領域。彼女の緋色の瞳が信じられないものを見るように見開かれる。
プリムラは相変わらずのんびりとした笑顔で口を挟んだ。
「デイジーちゃんは面白いお話いっぱいしてくれるんよ。真なる魔王の封印場所見たって言うてたで」
「本当に!?」ルビアが思わず立ち上がった。
キーゼルが腕組みしながら補足する。
「ああ。なんか、普通に興奮して帰ってきやがった」
「……本当に人間なの?」
「俺も最初は幻覚系の薬でもやっているんじゃないかと疑ったさ。
本人は至って正気だよ」
挙句、同人誌にして即売会に出すのだから、とんでもない。
ここ最近では、魔塔の先代主が書いた『冥府の花』という独自解説本も販売されているらしい。
(何だ?魔境か?)
「で、だ。お前たちがここで『働く』以上。ここの領主に面通しした方が良い」
木の実や畑の観察中の竜族を見ながらキーゼルはルビアに告げた。
そのデイジーを手元に置いている女侯爵に。
既に先触れを出したので、向こうの返答待ちだが。




