第22話 竜殺しの冒険者、徐々におかんと化す
女侯爵が統治するその領は民衆の暮らしが穏やかだった。
巨躯のプリムラがのほほんと町を歩けるくらいには。
と言うか、領民の種族が多種多様だ。
人間、ドワーフ、獣人、リザードマン等々。
他種族間のいさかいが無い辺りは、あの女侯爵の手腕だろう。
とはいえ、プリムラは好奇心旺盛なのか、あちらこちらに気を取られる。
なので、人とぶつからないようにキーゼルがさりげなく誘導する。
「ゼーちゃん、ありがとうなー」
「全く…」
取り敢えず、服飾店へと二人は向かった。
プリムラが繕ってはいるものの、使い古したそのペラペラのワンピースは買い替えた方が良い。
竜の住処に行くのに全く適していないし、プリムラの運動量的に冒険者向きの服の方が丈夫で着回しが利く。
「お花だけで足りるかなあ。何か何まで、ありがとうなぁ、ゼーちゃん」
幸いなことに大柄な種族も御用達なので、プリムラの服もすぐに決まった。
服飾店の店主は初めこそプリムラの巨躯に目を見張ったものの、こういった客に慣れているらしく、サイズ合わせを素早く進めていった。
「冒険者のための丈夫な生地にしましょうね」と笑う声に、キーゼルはほっと安堵の息を漏らす。
プリムラは盲目なので本人が着やすいものを店員に伝えるキーゼル。
「露出は控えめで、竜の体毛を持っているから温度調整も必要だな。なるべく通気性が良いもので…」
若干注文が多いキーゼルに店員は『お母さん?』、プリムラは『お兄ちゃんや』と内心思った。
そんな二人の生暖かい目を向けられたキーゼルは「あ?」と保護者感の意識は低い回答だった。
「ゼーちゃん、すごいなぁ!こんなにいろいろ選んでくれるなんて!」
「これで良いだろう。着心地はどうだ?」
試着室から出てきたプリムラにキーゼルは淡々と言った。動きやすく通気性が良く、膝丈のパンツスタイルに、伸縮性のあるシャツと腰に装着できるポーチ。
「とっても楽やわぁ!ゼーちゃんセンスええねぇ」
「…機能重視だけどな」
キーゼルは若干不貞腐れて呟いた。
「次行くぞ」
次は日用品の買出しに移動する。
プリムラはポーチを感触で確かめながら上機嫌だった。
「これで森にも行けるわあ!」
「行くぞと言ったつもりはないが、どうやって行こうと考えていたんだよ」
「んーとねぇ。お花の種がありそうなところに、ダーッと」
走って行って、拾っているらしい。
「……」
護衛としてついて来て正解だった。
行き当たりばったりにも程がある。
「次は風呂場の仕切りを作る板の留め具やらを買う」
木は現地調達できるので困らないが。
「風呂場?あそこはいつも水浴びしているだけやよ?」
「だからだ。きちんと壁を作らんと、外から見えるだろ」
「うーん……別にええのに」
「ダメです。あそこはきちんと塞ぎます」
キーゼルの声は珍しく強い。
あの洗い場の状況は、女性が一人暮らしていることを考えると余りに不用心すぎる。
(あの辺に罠でも仕掛けておくか?あーでも、プリムラが掛かる未来しか見えねえ…鳴子…、いや、強い光の方が盲目のプリムラに有利か‥‥‥)
キーゼルの保護者度は上がりつつあった。
次に食料品の買い出しに向かう。
匂いに釣られて寄り道をしがちなプリムラの手を引いて、不足している調味料や食材を買っていく。
「えっ?檸檬買うん?酸っぱいよ?」
「齧らないの。揚げ魚や菓子にも使えるから」
「お菓子?ゼーちゃん作れるん?」
「まあ、一応‥‥‥砂糖や小麦粉、保存の利く油だけでも、まあ‥‥‥」
(何だろう。この感じは)
自身のおかん度が上がって言っていることにキーゼルは気付いていない。
市場は人で溢れていた。
露天商が呼び込む声、焼きたてパンの香ばしい匂い、積み上げられた野菜のかさばる音──キーゼルは人混みを避けるようにプリムラの手を引きながら進んでいた。
(人が多いな……)
竜族の血を引くプリムラは大柄だ。
背が高いだけでなく、豊かな肢体は周囲の好奇の目に晒されやすい。視力もないせいで、ふらりと人にぶつかってしまうこともあった。
「ほら、プリムラ。もっと俺の方に寄れ」
「えへへ〜ゼーちゃんがいると安心やわ」
プリムラは嬉しそうに身を寄せた。
(……まったく)
キーゼルは心の中で小さく舌打ちした。
───どうしてこうなった?
狂った黒竜を殺すのが目的なのに、思いっきり日常を謳歌している。
だが。
(悪い気はしないから、困る)
キーゼルは心まで温もり与えるそれを誤魔化すように咳払いをした。
+++
「ゼーちゃん!ええ匂いするよ、何?」
プリムラが興味津々に指差したのは、串焼きを売る露天だった。
炭火で炙られた肉の匂いが鼻腔を刺激する。
「串焼きだ。食っていくか?」
「うんっ!」
キーゼルは溜め息をついて財布を開いた。
「二本」
「あいよ!」
串焼き屋の親父が豪快に笑う。
串を受け取ったプリムラは大きく口を開けた。
「ちょっ」
「あつっ!」
「落ち着いて食べろ、フーフーしなさい」
キーゼルは苦笑しながら注意したが、すでに遅かった。
「あつあつやけど、美味しいわぁ」
無邪気に喜ぶプリムラを見て、キーゼルは袖のハンカチを取り出した。
「ほら、こっち向け」
「ふぇ?」
プリムラの口元を拭いてやる。柔らかな感触と香ばしい香りが手に残った。
(……何だか本当に親みたいだな)
苦笑しながらも自然と手が出てしまう自分が可笑しかった。
「ありがとなあゼーちゃん」
「別に礼を言われることじゃない」
そう言いながらもキーゼルの口元は微かに緩んでいた。
支払いを済ませ店を後にした途端、プリムラがふいに立ち止まる。
「あっ……」
「どうした?」
「何かいい匂いがするんよ」
「お前、またフラフラして道外れんなよ」
「うんっ!ちゃんとゼーちゃんの手握るな〜」
「だから…そうじゃない」
プリムラはキーゼルの手を握る。
その温もりが苛立つキーゼルの語気を収めた。
(マズい)
プリムラと接触した時。微かな魔力の流れを感じた。
竜紋が――微かに脈打っているような気がした。
それと。
(‥‥‥連中は後でいいか)
此方を付ける者が居た。




