第21話 現世 プリムラがラトビルの花を咲かせる理由
「でもなあ、どうして咲かんのやろ?」
どうにも開花に至らないのだとプリムラは落ち込んだ。
「どんな種だ?花の見本はあるか?」
前世の記憶があるとはいえ、キーゼル自身うろ覚えな所も多い。
「花を掘った木板はあるよぉ」
プリムラはのんびりとした様子で、それを取りに向かった。
窓から見える道は整地されているし危険な様子はない。
ただ、プリムラが作った粗末な柵が立ち並ぶ。
「領主様が人を送ってくれるんやけどねぇ。うち、力が強くてなー、畑耕す度に皆さん吹き飛ばしたんよ」
申し訳ないので、一人で頑張ると告げたそうだ。
まあ、この体格に竜の力。
盲目故に細かな作業は不得手なのだろう。
「これやよ、ゼーちゃん。これが咲かせたい花」
「…っ」
プリムラが持ってきた木板を見たキーゼルは息を呑んだ。
これは、天空の国ラトビルで咲いていた花。
「肥料とか試しているけどな。蕾は付くけど…咲くのは上手くいかんのよ」
「……」
苦いものが思い起こさせるが、そればかりではない。
友達との、大切な思い出の花。
「何で、そんな難しい花を、育てるんだ?」
平静を装うが、言葉が僅かにつっかえた。
「何でやろ?わからんのよ。この花の種を見つけた時は、心がぽかぽかしてなあ。きっと大事な思い出があったんやろうなあと思って……」
プリムラは指先で種に触れた。
「その後、夢を見るようになったんよ。顔も知らん、優しい人たちが笑ってる夢。うち、その人たちの笑顔見たいんやろね」
キーゼルの前世。友達に花冠を作ったら、喜んでくれた。
たったそれだけの事が、友達にとっても幸せだった。
心の内から沸き立つものを抑え、キーゼルは告げる。
「‥‥‥これは、天空城で咲く花だろう。
地上で咲かせるには、竜の魔力を含んだ土壌にするべきだ」
あそこは寒くも暑くも無かった。気候は地上と変わらないので、竜の魔力で調整すればいい。
「そうなん?ゼーちゃんは物知りやねぇ」
友達との縁を結んだ花。嬉しくて花を調べた前世の記憶が役に立つとは。
「うーん。竜の魔力なんて、どこにあるんやろ?」
混血だとダメなのかな?
そう、プリムラが首を傾げる。ふわふわの亜麻色の髪が揺れた。
「ゼーちゃん、ありがとう!うちも頑張るから。
…あっ。どうしよ、ゼーちゃんの護衛のお駄賃何にもないよ」
沢山教えてくれたのに。
木の実とじゃがいもと玉ねぎしかないと、慌てて籠を持つプリムラにキーゼルは苦笑した。
「花。今、この世界に咲いていない花を、君は咲かせるんだろう。
咲いたら、その花を報奨金代わりに一輪貰う」
元より、竜殺しで得た金で十分生活できるが。
貴族がこぞって、希少な花を己の庭園に飾る事を巡って、価格を釣り上げた話もよくある。
そういった意図に巻き込ませたくはないが、それだけ価値がある事はやんわりと伝えた。
「分かったっ、ゼーちゃんに花冠を作ってあげるねぇ」
「それはいらない。
貴重な花なのだから、先ずは世話になっているという領主に贈っておけ。
あの領主なら花も栽培者のお前も保護するだろう」
そう伝えると嬉しそうにプリムラは笑う。
「ええねぇ。侯爵様はお花の冠喜ぶかなぁ」
「鉢植えにしなさい」
このプリムラに前世の有無を聞こうかとは考えた。
だが、やめた。
無垢に笑う娘に、あのような陰惨な記憶を思い出させたくはない。
風が通り過ぎる音と共に遠くで鳥が鳴く。森の木々がざわめく。その穏やかな喧騒の中、キーゼルは静かに決意を新たにした。
(今度こそ、君を守る)
「さっきのお花欲しがった竜さんはな、また来て花が咲く前の苗欲しいのかも。花咲く前に取って行かれるのは堪忍やわ……」
せめて、咲いてからなら株ごと渡せるのに。
プリムラのおっとりした言葉に、キーゼルは苦笑いしながら答えた。
「また来るなら好都合だ。こちらの要求を呑み込ませられるからな、拒むなら狩る」
「えっ、ゼーちゃん!そんなこと言わんといて!あの子にも事情があるかもしれんやん?」
「事情?種を強奪しようとした怪物が事情なんて考えられるか」
「でも……あの子はただ懐かしくて必死だったと思うんよ」
キーゼルは眉間にしわを寄せた。なぜこんな穏和な性格なのか理解できない。
竜は常に脅威のはずだ。
君は何度も蹂躙された。
「竜さん、お空の国まで飛べないって聞いたことあるよ。
やから、思い出を大事にしたいんよ」
それでもプリムラの主張に一理あった。
もう訪れることが出来ない故郷。その故郷にしか咲かない花や木の実。
懐かしんで、暴走したともいえる。
全ての竜を狂った黒竜に当て嵌めるのは、キーゼル自身を奴と同等に押し込めるようで不快だった。
「わかった。お前の言うことも聞く。ただし条件付きだ。あいつが来たらまずお前が話せ。それで駄目なら俺が介入する」
「うん!ありがとうゼーちゃん!…でも、畑に活用できる、魔力の元って何やろか」
「一般的な作物で言えば…肥料に活用できるアレだが…。他の要素もあるか調べないとな」
鶏糞や牛糞は聞くが、竜糞での栽培は聞いたことがない。
それで出来るのであれば、地上にも自生するはずだが…。
その前にあの粗末な柵をどうにかしなければ。
あと、森を捜索するならプリムラの服も。
ワンピースにサンダルでは些か無謀だ。
(いや、その前に食料品の類も揃えておきたい。俺の備蓄する調味料や保存食も大分減っているし。
この子の家にも保存用の食糧が在れば、少しはマシな食事がとれるか?
目が見えないなら、瓶は危ないか?確か、割れにくい樹脂の保存瓶があった筈‥‥‥)
やさぐれた冒険者は、何時しか過保護なお兄さんになっていた。
+++
「ゼーちゃん、ゼーちゃん!明日何しよう?
お花を育てよか?ゼーちゃんが好き言うた木の実採る?」
プリムラが期待に満ちた声をかける。
「……まずは日用品の買い出し。そして、防護柵を丈夫にするところからだ」
…あと、風呂場兼洗濯場に仕切りを付けておこう。
「はーい!手伝う!いっぱい荷物持つし、丸太も持ってくるねー」
「おいお前、丸太って…何トンあると思っているんだよ」
「うち、力持ちやよ、大丈夫ー」
キーゼルは深くため息をつきながらも、プリムラの無邪気な様子に頬が緩んでしまうのを抑えきれなかった。
狂った竜の番として呪われ続ける運命の中でも、今この瞬間だけは平和がある。
だからこそ。
(そのためなら俺はいつまでだって戦うさ)
日もとっぷりと暮れ、夜の帳が夕日を覆う。
泊まるための物置位は片づけたかったが、プリムラは難色を示した。
「何でお友達を物置に泊めるん?家で休もう?」
護衛を兼ねているんだが、いつの間にか友達になっていた。
悪い気はしないので放って置いた。
「じゃあ、長椅子借りるから」
見えないとはいえ、年頃の娘のプライベートもあるので布で簡単に仕切りを作っておいた。
「おやすみなさいを言えるのは久しぶりやぁ。
ゼーちゃん、おやすみなさい」
『愛が無くても、信頼のおける家族が欲しかった。
おはよう、おやすみなさい。…そんな些細な挨拶が出来る夫婦で在りたかった』
前世のプリムラは、そう言って泣いていた。
「――ああ、おやすみなさい、プリムラ」
「えへへー、おやすみー」
仕切り越しに、プリムラの無邪気な返事が返ってくる。
キーゼル自身、冒険者という生業故、他者との交流は希薄と言っていい。
こう云った挨拶は何処かむずがゆい。
だが、悪くはない。
月明かりの下で眠るプリムラの寝息を聞きながら、彼は静かに誓った。
その晩の夢で見たのは、かつて狂った王子に踏みにじられたプリムラの姿。
絶望するプリムラを幼い竜ジゼルが心配そうに抱きしめた。
幼いジゼルすら、あの狂った黒竜はプリムラの目の前で甚振り尽くし、炎で焼き殺した。
(‥‥‥今度こそ、必ず)
君を守る。
その為に、俺は此処にいる。




