幕間 神龍と運命の女神
神龍シルヴィナが降り立つは夢の世界。
死した者が最初に向かいし場所。
シルヴィナの手にはレーヴェンの魂が微かに灯る。
リンドバルドに完全に喰われる前に、密かに彼の魂を回収した。
「愚かな父の血を引く子よ。それでも汝は守るべきものを守った。
母を、友を想いし其方の雄姿は静かに激怒する雷竜《アィン・シュティル・ヴューテン・ブリッツドラッヘ》が見届けた」
黄金の瞳が哀悼に揺れる。彼女は指先を翳し挿げ替えた魂を回収した。
「父と同じ因果の底を彷徨わせる訳にはいかぬ故、汝の魂は我が手に――」
厳かな雰囲気のまま、儀式を終えるとシルヴィナは運命の女神を踏みつけた。
「おい、クソ女神。貴様の適当な采配で世界の秩序は滅茶苦茶だ。
私は堕天した神の眷属故、傍観していたがね。
お前、私の領分を3回越えているぞ」
「ひっひぃぃぃぃいいいいい!!!!!センパイ、ギブッギブですぅぅぅっぅううう!!!!!」
シルヴィナにスコーピオンデスロックを掛けられた運命の女神は悶絶していた。
シルヴィナはブチ切れていた。
この運命の女神。多種族にホイホイ言われるがまま、適当に能力を付与するのでそれはもう、面倒なのだ。
以前、自分も異世界転生とやらに巻き込まれた。
「あの時は召喚した王子にババア呼びされて、聖女を出せと言われたねぇ。
聖女召喚が何時からお見合い会場になったんだ?
創世神は聖女作るなって言っただろうが、創造神に背くなこのクソボケ女神」
ムカついたので、この運命の女神を引きずり出して、これまた適当に召喚された悪意ある人間もその場にいたので…。
その人間に運命の女神の魂をぶち込んで、王子が望む聖女の奉仕をさせたのだった。
聖女は可で女神は不可らしい。
シルヴィナ主導で初夜の儀を民衆公開にさせた結果、王子はドン引きしていた。
『オラ、聖女サマがお待ちかねだぞボケ王子。とっとと合体してやんな』
『ずびばぜん、ぜんばい…!シチュエーションとか台無し‥‥‥っ!』
(人間の容姿は整っていても、女神が鼻水涙でベッチョベチョだったからかね?)
折角受け入れ上等な舞台を整えてやったのに、王子の王子は萎びていた。
尚、シルヴィナに人の心は無いので、情に訴えられても困る。元神なので。
厳密には神の腹心であり、神の反逆者――真なる魔王に対抗する『世界の調整者』。穏健派の諸侯王・序列『侯爵』である。
『公爵』クラスは真なる魔王の直近の配下に対応しているので、実質シルヴィナと数体しかこういった問題に動けない。
「お前が2千年と数百年前に仕出かしたツケ、全部清算してもらうからな。
…『運命の番』についてだ」
この女神は三代目竜王に言われるがまま、『運命の番』に要らん機能を備えた。
…番の永劫輪廻転生や愛憎の分だけ能力向上の機能を付けたお陰で、同族でも抑止もできない状態になる事が増えた。
「ああ、アレですか。センパイに任せた竜でしたっけ」
「管轄の異なる事柄に私は肩入れ出来なかった。最近やっと権限を得てね。
やったことの責任を取って貰わないと」
押し付けたの間違いだろうが。
女神にロメロ・スペシャルを掛けるシルヴィナ。
「ごめんなさいごめんなさい!!!!!痛いし死にます嫌あああああ!!!!!!」
こんなのでも、神の事情や神の領域。本来は堕天した自身の領分ではない。
創世神に謀反を起こした神の腹心。
今や真なる魔王となった双子の片割れが、兄の罪を清算すべく堕天し真なる魔王を封印した。
シルヴィナはその弟神の部下にあたる。
人間流に言うならば、謀反を起こした国の王弟、…を討ち取った王弟の嫡子に仕える部下。
王弟の子は大罪人を討ち取ったものの、所詮は大罪人である故にその立場は不安定。
功績を立て続け、信頼を得るには相応の時間が要るものだ。
故に、ラトビルの一件において。
天界の事情も絡んでおり、根本から関われる時期ではなかったのだ。
出来たのは、同じく『龍』の属性として管理できる権限の行使。
なので、竜族には全て告げられなくて歯痒い想いをした物だ。
…連中のやらかしも酷かったが、王女は真っ当だったので余計に。
その創世神本人から最近になって、神の管理を委託された。
やっと天界のやらかしに干渉出来たので、容赦なく〆ている。
地上を『世界の調整者』として管理しようにも、100年周期で文明を破壊されては溜まったものではない。
「取り敢えず、お前の運命の能力を利用させてもらうぞ」
「ほう……かの者の魂を『あの者』に」
「お前、何その口調、舐めてんの?」
「あ、すいません、仕事の顔ですぅ。でも‥‥‥」
運命の女神が眉を潜める。
指先で水晶玉を弄びながら彼女はシルヴィナに怯えながら呟いた。
「そのー…諸々の法則がひっくり返るのでは…」
「不可能ではないだろう?」
シルヴィナの声は氷のように鋭い。
「お前の権能ならばな」
「無茶を言わないで下さいよぉ!」
女神が卓上を叩く。
「魂の修復だって奇跡的になっているだけで、本来…」
「そりゃあ、私が介入したからね」
「え」
「プリムラを想うものを守護に付け、魂の修復を図った。それと。
始祖竜の望んだ運命の番の在り方に戻した」
始祖竜は真なる魔王に対抗すべく、竜同士番を持ち絆の力で奴の部下を屠り地上の守護者として君臨した。
つまりは、男同士の番が多かった。
「さて、この腐れ女神」
シルヴィナの金色の瞳が怒りに燃え上がる。
「お前が管理する運命の女神権限で可能な限りの修正を施せ。搾取される番の関係をひっくり返す」
「ひいい!」
女神は涙目で後ずさる。
「不可能です!魂を書き換えるなんて……そもそもプリムラの魂はリンドバルドとの『運命の番』の契約で固定されています!」
「それはお前がホイホイ与えた契約だろうが。それに、番は必ずしも男女である必要がない。
決め事には必ずしも抜け道がある。それを使うぞ。
若い、混血のレーヴェンがどうして純血の竜リンドバルドに致命の攻撃を与えられた?
『居た』んだよ。あの場に、彼女の運命を覆すものが」
「あの、もしかして…?」
ええー、と運命の女神は難色を示す。
「男同士のムフフな展開はちょっとぉ…。やっぱり、運命って男女同士の方がァ」
「確か、創世神には男の愛人が居たね。ちょっと運命の女神が言ったこと、チクってくるわ。『そのお相手、運命の女神が愛の定めを否定している』って」
「やめてくださいごめんなさい!創世神に消されますぅ!」
友情での絆もあるだろうに、どうしてこうも腐っているのやら。
「じゃあ…?」
運命の女神は涙目でシルヴィナに問いかける。
「あの人間には感謝しているよ。彼女の自己犠牲と献身のお陰でプリムラは幾度も助けられた」
でなければ、幾度と繰り返される輪廻転生にプリムラは耐えられず、廃人となった。
そっちのほうがリンドバルドに都合が良いのだろうが、そうはさせない。
運命の女神の目が泳ぐ。彼女は自分が適当に『悪女』の力を与えた女である。
「本来ならば輪廻転生もできず消滅の道でしたが……」
「私が守護者にした。そうしなくても、彼女の理解者がそうはさせない。
そして彼らもまた、そうしている」
「え、でも」
女神は困惑顔だった。
「始祖竜の願いに雌雄の差は無かった。男女問わず『運命の番』の番と成り得た。
『運命の番』はお前の領分だが、初期の契りに戻すことは出来た」
「待って待って!! そんな暴挙したら恋愛フラグが破綻‥‥‥!!」
「えーっと、これだね。
歴代の他種族の番から抽出した、竜との営みのキッツイ奴。‥‥‥千人分、お前のお花畑の脳みそにぶち込んでやるわ」
女神の喉から呻きが漏れた。
「お前がこれで愛を感じるなら、私も止めないよ」
竜の性欲なめんなよ、クソ女神。
「そんなぁああ!!――オゴッ…!!」
次の瞬間、鈍い衝撃が運命の女神を襲う。
女神の細身の腹部が記憶の追体験によって竜の陰茎により膨張し、内側からの圧で『ボコォ』と音を立てて隆起した。
肋骨が軋み内臓が圧搾される幻覚が女神を襲う。
喉から嗚咽が漏れる。
「神なんだから痛くても死なないでしょ?」
シルヴィナは冷ややかに嗤いながら、膝を汲んで傍観の構え。
仮初めの感覚とは思えぬリアルな質量と熱で、女神の意識は混濁する。
「これがお前が与えた、竜の愛らしい本能だよ。男女問わず喰らい尽くすほど貪欲だからねぇ。
ああ、嫌がる番に竜用の媚薬を与えた者も居たね。お前の知識で。
それも追体験しておいで。まあ、原液行っとこうか」
シルヴィナは一人でビックンビックンボコォッ!!と、なっている運命の女神を放置する事、3000時間。
「人間の時間的に、あんまり長くすべきじゃないんだろうけどねー。
この位は最低掛けないと、このボケは分からないから困る」
この女神の権限で出来る事を全て整理しつつ、彼女の意識が戻るまで待っていた。
……途中、色々やってくる厄介な者も来たが、片付けて置いた。
「……んぐ、うぅ‥‥‥」
日数換算して125日。
運命の女神は死んだ魚のような目をしていた。
「さて。お前の権能で可能なのか、不可能なのか。答えを聞こうかね」
「ひいい!! やりますやりますぅ!!」
流石、神。人間とは精神の構造が違う。
運命の女神が空間を指で叩くと、水晶玉に新たな文字が浮かび上がった。
合意は得たので、シルヴィナは準備を開始した。
キーゼルがプリムラと出会う、100年程前の出来事であった。




