第19話 幾度となく繰り返される運命と抗う者
最下層の牢獄は一定の周期を経て解き放たれた。
ラトビルを滅ぼした狂った黒竜は一定の時期に転生する『運命の番』を求めて飛び立った。
第一人生:プリムラは間男を庇って死んだ。
第二人生:激痛と高揚でプリムラや羽虫のような人間共を踏み殺してしまった
第三人生:プリムラを捕らえ、廃墟となった天空城へ連れ去ったが上昇圧に耐えられず死んでいた
第四人生:プリムラは忌々しい事に、男と仲睦まじい姿を見せたので男を焼き殺した。
しかし彼女は炎が燃え盛る中、男の元へ向かい焼け死んでしまった。
そして、懐かしい客人が現れた。
彼女の寵愛を奪った間男が現れたのだ。
「リンドバルド!!よくも母上を殺したな!!」
第一の人生のプリムラとリンドバルドの間に出来た子レーヴェン。
彼は、成竜となった事でルビアから全てを聞いた。
ルビアとしては一生伏せたい事実であったが、レーヴェンの記憶には恐ろしい怪物が彼をねめつける様。
怪物を母が一切認識出来ない様子。
そして、母の死が刻銘に刻まれていた。
ルビアは重々しく、真実を話した。
プリムラが怪物を認識できなかった理由も、自身がどのように生まれたかも。
己と血の繋がった父が成した、吐き気を催す程の、おぞましい所業の何もかもを。
レーヴェンは血涙を流さんばかりに歯を食いしばった。
「母上は…私を憎んでもおかしくなかったのに‥‥‥」
母と呼んではいけなかった。憎まれてもおかしくなかった。
――それでも、母は己を守ってくれた。
ご自身の大切な友達のジゼルと…仲良くして欲しいと言ってくれた。
死の痛みの中、『レーヴェンを守れて良かった』、と。
そう、微笑んでくれた。
その母は、生まれ変わってもリンドバルドの番として非業の死を遂げ続けていた。
神龍様の怒りを買い、弱体化した竜では歯が立たない。
対象外の竜もいたが、リンドバルドの力は桁違いだった。
ルビアに制止されたがレーヴェンは頑なだった。
「あの男は倒さねば‥‥‥母にもジゼルにも顔向け出来ません!!」
己の番である母を。自身の腹違いの弟であるジゼルを。レーヴェンの祖父を惨たらしく殺した元凶。
竜の故郷を奪い、自身を育ててくれた伯母に、酷い怪我を負わせ何の悔恨も持たぬ外道。
あの男の血を持つ自分自身が許せなかった。
レーヴェンの咆哮が荒涼とした大地を引き裂いた。
漆黒の鱗に覆われたリンドバルドと忌々しい父と同じ漆黒の鱗を輝かせる青年。親子であるはずの二頭は互いに致命傷を与えようと牙を剥く。
「よくも母上を!!伯母上を!!!ジゼルを!!!!!」
レーヴェンの灼熱の火球が父王の左翼を焼いた。しかし竜紋を持つリンドバルドの動きは常軌を逸している。
「番……私の……プリムラ……」
譫言を漏らしながら黒竜は息子の胴体に尾を叩き付けた。骨が軋み内臓が圧迫される音。ルビアから全てを聞き、それでも母の愛を信じた青年の命が漏れ出る。
「……この狂竜が……!」
竜紋が脈動する。番との契約が強制的に活性化しリンドバルドの体力を倍加させた。レーヴェンの爪が父王の脇腹を裂くも即座に再生する。
「母上が……何度殺せば気が済む!」
「何を言う!お前の母は私に無限の愛を与え、貴様を屠れと囁いている!!」
血を吐きながら繰り出した雷撃がリンドバルドの脳髄を貫いたはずだった。だが呪いと狂った愛情が融け合い超常的な防御力として機能する。
――レーヴェンにはこの膨大な力が、おぞましい愛で搾取される母の悲鳴に聞こえた。
「お前の母は私に無限の愛を与えている!」
「黙れ!!」
リンドバルドの咆哮が天地を震わせる。漆黒の鱗が禍々しい炎を放つ。
レーヴェンは全身の痛みに歯を食いしばりながらも、翼を大きく広げた。
「母上が……!お前に……!」
喉が焼けるような感覚。だが言葉は続かなかった。リンドバルドの尾が旋風となり、焔の熱風がレーヴェンを直撃した。骨が軋み、血飛沫が宙に舞う。
(……あの時の光景だ)
鮮明に蘇る。幼い自分を守るために、プリムラがその背中を盾にした瞬間。
彼女の体温が消えていくのを感じながら、母と呼び泣き叫んだ記憶。
あの時感じた無力さが、今また怒りへと昇華される。
「お前に……母上の何がわかる!」
リンドバルドに壊されても、自身を命がけで護った母の、何が…!!
レーヴェンの眼光が鋭く光った。渾身の力を振り絞り、黒竜の胸元に鋭い鉤爪を突き立てる。
(力を貸してくれ‥‥‥ジゼル‥‥‥!!)
「グォオオッ!!」
鈍い断裂音とともに黒い血が迸った。しかし、たちまちに再生し、致命傷にはならない。
リンドバルドの腹部の傷跡が見る間に塞がっていく。竜紋が脈打つたびにリンドバルドの生命力が増幅されるのだ。
「無駄だ……愛する者の絆が私の力だ!」
「番を甚振るだけの輩に……何の愛があるんだ!」
レーヴェンの怒号が大地を揺るがした。再び鋭い爪で斬りかかるも、リンドバルドは素早く身を翻す。
巨体でありながら機敏な動きでレーヴェンを惑わせた。
「間男……いや、息子よ。お前の母は私を求めている。この痛みもまた愛ゆえだ!」
「母を侮辱するその口を……閉じろ!!」
怒りで理性が飛びかけたレーヴェンは無我夢中で突進した。巨躯と巨躯がぶつかり合う轟音。
弾き飛ばされながらも、血を吐きながらも、地面に脚を踏ん張り、反転。再度挑みかかる。
(母上は……母上は……!)
『行…て!隠れて!』
リンドバルドの爪に貫かれ、それでも母は最後の力を振り絞って、そう叫び、力なく自身を押して逃げろと言った。
レーヴェンが逃げる際、母の声が聞こえた。
『邪魔をするなプリムラ……!』
『……大丈夫……怖いものは私のところ……』
運命の番であるリンドバルドを認識できない母が、レーヴェンを安心させる声。今でも耳にこびりついている。
(母上は……お前を愛していたんじゃない!)
「プリムラぁぁぁぁ!!!」
「リンドバルドぉぉぉぉおおおおお!!!」
絶叫と共に黒竜が青年の首を噛み千切った。
最後の抵抗でレーヴェンは父王の眼を抉った。隻眼となったリンドバルドはなお嗤う。
「お前には感謝すべきか? 番を求める旅を邪魔する者はもう居ない……」
意趣返しにレーヴェンの左目を潰してやった。
プリムラの翡翠色の瞳。これを持つこの男が気に喰わなかった。
「……卑劣漢が」
血の泡を吐くレーヴェン。そのままレーヴェンの脳へと浸食する狂った黒竜の爪。
レーヴェンが二度と転生せぬようにと、その血肉を貪り喰らう様はケダモノ以下の所業。
彼はレーヴェンの息の根が止まる瞬間まで嬲り殺した。
――母上…伯母上…御爺様‥‥‥ジゼル……。
魂が喰われる。
勝てないと分かっていた。
それでも、引けなかった。
許せなかった。
何度も転生させられ、惨たらしく殺される母を‥‥‥見て見ぬふりは出来なかった。
私は両目とも、母の翡翠色の瞳で在りたかった。
母が恐れる、あいつの紅い色の右目が忌まわしかった。
母を運命から解放、したかった。
母上。折角頂いた命をこのような形で終えてすみません。
――私は。貴女を…母上を愛して…良かったのでしょうか?
せめて、ジゼルに。
孤独だった母の心を救ってくれた、ジゼルに会いたかった。
母上。貴女をせめてジゼルに会わせてあげたかった。
――私が居た所為で、貴女は遠くに行けなくなった。
私を庇った所為で、貴女を死なせてしまった。
私は、何も成し遂げられず。あらゆる輪廻を断ち切られ、消滅する。
ごめんなさい。
お役に立てず、ごめんなさい。
――生まれてきて、ごめんなさい。
遺された紅い瞳から一筋の涙を流し、レーヴェンの意識は闇に飲まれた。




