第18話 プリムラの死と竜の国の崩壊
私は自室でうめいた。父王の呪いの刻印が青黒く脈打ち、激痛に脂汗が額を伝う。
だが、我が愛しの番を奪う悪魔を屠るためだ。
この程度の痛み、どうということは無い。
檻のようなベッドから抜け出すと、警備兵が一瞬遅れて気づいた。
「殿下!出てはなりません!!」
「構うな」
枷と拘束具が外れかかっていた──プリムラの寵愛を一身に受ける忌々しいレーヴェンを…間男を屠るため、毎日少しずつ削った甲斐があった。
間男は隣棟の部屋で眠っている。
父王の呪縛と連動する牢を破壊し、疾風の如く廊下を駆け抜ける足音に侍女たちが悲鳴を上げる。
「リンドバルド様が!」
「警笛を!」
リンドバルドを阻む衛兵たち。
しかし、狂った黒竜には彼らがプリムラと間男との愛に共謀する悪にしか見えなかった。
故に、一切の躊躇なくその命脈を断ち切っていった。
闇が濃くなる部屋の扉を蹴破ると、レーヴェンは寝台で目を擦っていた。
「お父様……?」
無防備な微笑みが逆鱗に触れた。
その笑顔で私の番を誑かしたのか!!!悪魔め!!!!!
「間男風情が!!消えろ!!!!!」
拳を振り上げた刹那――
「レーヴェン!」
プリムラが飛び込んだ。
彼女は両腕でレーヴェンを突き飛ばし、自らの背中を盾にする。
鈍い音が、室内に木霊した。
肉は裂け骨が砕ける感触。リンドバルドの鉤爪が彼女の背中を、肋骨を砕き、肺腑を抉った。
「あ……がぁ……っ!」
「お母……、ママ…ママ‥‥‥!?」
血泡が唇から溢れ床を染める。レーヴェンの啜り泣きが鼓膜を灼いた。
「ママァッ!」
「行…て!隠れて!」
プリムラの最後の力を振り絞った叫びと、力なく自身を押して逃がそうとする母の言葉に、レーヴェンが脱兎のごとく逃げる。
「邪魔をするなプリムラ……俺たちの愛に……!」
「……大丈夫……怖いものは私のところ……」
崩れ落ちるプリムラを抱き起こしリンドバルドが絶叫する。
「違う!俺たちの子だ!お前の命だ!」
プリムラは死に至るその時まで、リンドバルドを視認出来ていなかった。
ただ、本能が叫んだ。
レーヴェンを寝台からどかし、隠さないといけない。
そう、聞こえた。
(抱きしめたら、怖いものに傷付けられる…)
だから、突き飛ばすしかなかった。
現に、自身の腹部に怖いものの武器が貫通して、血が滴り落ちていた。
(痛くない?抱きしめられなくて、ごめんね‥‥‥)
「レーヴェン…ジゼル、あの子を隠して………」
怖いものが自身を揺さぶっている。
レーヴェン。お母さんが、囮になるからね。
+++
銀光が閃きリンドバルドの肩口を裂いた。駆けつけたルビアが双刀を構えている。侍女が叫ぶ。
「番様が!」
「即刻治癒班を!」
その時、リンドバルドの身体が軋み始めた。呪いの反動──父王らの怨念が血管を食い破る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
絶叫と共に彼は床に這いつくばり、その隙にルビアはプリムラをリンドバルドから引き離した。
「プリムラ!しっかりして!」
ルビアが抱き上げると彼女の体温は急速に失われていた。貫通した一撃によって血が止まらない。
「……レーヴェン……私の子‥‥‥今度は‥‥‥守れた‥‥‥‥?」
「プリムラ…あなた…」
「ママ…?」
後悔していた。
あの時。逃げたいと、幼いジゼルに縋ったことを。
その所為で、あの子は。私の友達は怖いものに真っ白い綺麗な羽根を千切られ、燃やされた。
ごめんなさい、ジゼル。
最期まで私の幸せを願う、貴方の命を奪ってしまった。
せめて、貴方と友達になりたいと言ってくれた、レーヴェンは助けたかった。
私の子は、優しい子に育ったのね。
扉の隙間から覗くレーヴェンへプリムラが微笑む。
「分からなくて……ごめんなさい‥‥‥、でも……レーヴェン…あなた‥‥‥守れて……よかった……」
「もう喋るな!プリムラ、聞いて!
ミレットは貴女を助けようとラトビルに来たの!!
方法は愚かだった!だけど、竜から貴女を逃がすために、命を賭けて神龍様に訴えたの!!貴女を貶める気なんて、無かったのよ!!」
――そっか。
だから、私を罵る時、辛そうだったの?
ジゼルやルビアお姉様を見て、安心していたのは、その為だったのね。
もうボロボロだった、お母様のハンカチ。貴女が直してくれたのね、…ミレット。
怖いものが傍に居たから、考えることを放棄していた。
怖いものが見えなくなって、正気に戻れて、やっと理解できたわ。
死ぬ前に、気付けて、良かった。
ルビアの治癒魔法が煌めくも刻一刻とプリムラの呼吸は浅くなる。
「リンドバルドを止められなくてごめんなさい、貴女に残酷な運命を押し付けてごめんなさい……!!
お願い、プリムラ……死なないで………!!!」
「あり…がと‥‥‥ルビア‥‥‥ミレ‥‥‥」
彼女の唇がかすかに動いた。
「ジゼ……次は‥‥‥に……レー…ヴェ‥‥‥……」
――天国で、レーヴェンの友達になってくれる?ジゼル。
そして──糸が切れるように瞳が閉ざされる。
プリムラ・ネフライト。26歳。
運命の番に翻弄された、最初の人生が幕を閉じた。
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最下層の牢獄ではリンドバルドが鎖に繋がれ涎を垂らしていた。今世の番を失った喪失感と竜王の呪縛で意識は混濁しながらも、竜紋だけは輝いている。
「俺の番……死んでしまった……でも安心してくれ……」
目を剥いたまま譫言を垂れ流す。
「竜紋は永遠だ!魂は俺に繋がったままだ!今世は失敗したが、次こそ完璧な愛を与えよう!」
あれ程に『運命の番』を忌避した竜は、運命の番に縛られ異常なまでの執着を叫び続ける。
ルビアが無言で牢へと封じ込めた。
――始祖竜が作った牢獄。
強大な力を持つ竜すら閉じ込める結界が施されているが、致命的な欠点があった。
運命の番を持つ竜には、効果が不完全であること。
その片割れが輪廻の輪に入り、次の運命の番として生まれ変わる時。
結界は弱まりリンドバルドは解放される。
プリムラの遺体を牢に入れれば完全な封印となるが、彼女の遺体は神龍が持ち去ってしまった。
「お前たち獣に、この子を埋葬する意志は無いだろう?」
それを画策した一部の竜は崩れ落ちたがルビアは安堵していた。
あんな男と牢に閉じ込められるのは、墓を掘り起こされてあの牢獄に押し込められては、彼女があまりにも哀れだったから。
だが。
彼女は未来永劫、リンドバルドに縛られる。
生前の彼女に竜紋が発現した17-18歳。
転生したとして、束の間の自由しか与えられない事にルビアは苦悩していた。
竜の咆哮が聞こえる。
プリムラが死に、殆どの者が原始の姿に戻ってしまった。
ルビアは唯一。人の姿を保てた侍女や騎士、僅か数名とレーヴェンを連れて飛び立つ。
竜族の国ラトビルは滅び、原始の竜たちは怨嗟の声を上げ続けた。




