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透明になった番  作者: 桃緑茶


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第17話 番の竜は我が子に嫉妬する

「プリムラの子は私が育てる」

姉にそう告げられ、私は拒んだ。

「何故だ。私とプリムラの子だ…だから」


――ルビアはリンドバルドが赤子を抱くことに関し、非常に警戒していた。

妊娠中のプリムラへの所業を危惧していたから。

しかし、番の子を取り上げて暴走しては敵わぬと、渋々抱くことは承諾した。

だが。


「この子を『透明』な子にしたいの?」

奇妙なことに姉に抱かれている時は、プリムラは我が子を認識できるようだ。

『あら、可愛い赤ちゃん。お姉様、侍女かどなたかの子ですか?』

…産んだ認識すらないので、他人の子扱いだったが。


私が我が子を抱いて話し掛けても『透明』になるというのに。



「それに」

姉が冷たく言い放つ。


「妊娠中のプリムラとこの子をお前は幾度も危険に晒した。何より。

たった10歳のジゼルを間男と呼び、惨たらしく殺すような男に、子育てなど任せられない」

リンドバルドはカッとなってルビアに手を挙げようとした。

が、出来なかった。


「ガアァァァァアアアアアアアアアア!!!!!!!!」

リンドバルドはその激痛でのたうち回る。


竜族の終焉を招いた責任を果たすため、リンドバルドに施した父王の呪縛だ。

それが他者への加害を繰り返すリンドバルドの全身を切り刻み、引き千切るような激痛を引き出させた。

瀕死の重傷であった父王が、竜族の終焉を招いた王子の暴走を止めるべく成した最期の務め。


父王は『運命の番』の制度で妻を失い腑抜けてはいたが、数多の曲者ぞろいの竜を束ねるだけの度量はあった。

妾との間に生まれたジゼルを愛していた。

愛するものを悉く失った父王は、明日にはケダモノ同然に成り果てる事に恐怖し憤る竜の長たちを呼び寄せた。

そして、その憎悪を受け止め、リンドバルドへ死の呪いを執行すべく同族に殺された。


「私には…もう、愚息を止める力がない‥‥‥。故に、其方らの力を借り、あの黒竜を内から縛り付ける」


父王の遺言により、竜族たちの総意を束ね、リンドバルドに呪いが施された。

「父上……」


リンドバルドは耐えきれず吐血した。

ルビアは弟への同情は出来なかった。

目の前のこの男は、弟ジゼルを殺し、『運命の番』プリムラを壊し蹂躙した罪人。

そして、父が同族に惨たらしく殺される結末を作った張本人だ。


「父王や多くの者の嘆きが詰まったその呪いは、お前に贖罪させる為に与えられた」

ルビアは冷たく告げた。

「リンドバルド、この子の養育は私が請け負う。お前は黙っていろ」

父王ですら、止められなかった。

王を凌駕する力を持ったリンドバルドを止められるのは神龍だけ。

だが、彼女は何故かリンドバルドを放逐している。

故に、リンドバルドの処刑は叶わない。


姉ルビアとしても、それは辛い。

だが、自らの弟が犯した罪を許容することは出来ない。

リンドバルドはプリムラとの子と離されたことで更に憔悴していった。

『運命の番』とはそういうものだと、番を持たないルビアも知っている。


リンドバルドは項垂れ、そして――


「……わかりました」

渋々といった様子でルビアに子を渡した。


+++


ルビア姉さんが預かった子供の名付けは許可された。

レーヴェンと名付けた。黒髪に右目は紅い瞳、左目は翡翠色のオッドアイ。

私の血が濃いのか、プリムラの面影は片目しかない。


不思議なことに姉が抱いている時は、彼女は子を認識できるらしい。


「レーヴェン、ご挨拶しましょう」

姉が促すと彼女はゆっくりと手を差し伸べた。

「あらあら、貴方のお母様はお仕事かしら?今日も私と遊びましょう?」

「まーまっ」

「あら、ママが言えるの?凄いのね、

ジゼルが居たらこの子の良い遊び相手になったのに」

「まー…まっまっ」


レーヴェンが小さな手をプリムラに伸ばした。彼女は一瞬驚いたように瞬きをし、そして困ったように微笑んだ。


+++


「ママーっ」

「あらあら、レーヴェン。また『ママ』って呼んでくれるの?でも私はあなたのお母様じゃなくて……ルビア姉様からあなたを預かっているだけよ」

「?」

柔らかい否定に四歳になったレーヴェンは小さく首を振った。

「ごめんなさいね、そんな事を貴方に言っても困るわよね。

‥‥‥この子のお母様が戻ってくるまで、私がお母さん代わりで良いのかしら?」

侍女は困惑していたものの、『きっとレーヴェンの母君も喜ばれます』と告げた。

「そう、良かった。レーヴェン、積み木で遊んでみる?」

プリムラは膝に小さなレーヴェンを乗せながら玩具箱を引き寄せた。



遠く離れた一室から、リンドバルドは二人の姿を凝視していた。爪が石壁に食い込み、ガリガリと引っ掻き血が滴るのも気づかない。

レーヴェンが『ママ』と呼びかけるたびに彼の心臓は千切れそうになった。


「見えているんだ……プリムラ。レーヴェンは私たちの子なんだよ」

だが彼の声は彼女に届かない。


‥‥‥あいつの声は届くのに。


+++


夕暮れ、庭園でのことだった。


「ジゼル?」

突然プリムラが空を見上げた。レーヴェンは母親の視線を追う。

「レーヴェンも見える?」

「お空に何かあるの?」

純粋な問いにプリムラの瞳が潤んだ。

「ジゼル……あの子が居なくなってしまったの。まだ小さい子だったのに」

レーヴェンは黙って母親の袖を握り締めた。


「ぼく、ジゼルのお友達になりたいです。…良いですか?」

幼い提案にプリムラの涙が零れた。

「ありがとう。レーヴェンは優しい子だから……ジゼルもきっと嬉しく思うわ」

「ほんとうですか?お母様が良ければ、是非」

レーヴェンは母親の膝に頬を擦り寄せた。母の記憶には自分が居ない。

病気でレーヴェンの母だと分からないのだという。


でも、お母様は『他人の子』である自分にとても優しい。

それでも『ジゼル』を忘れたくない母の願いを叶えるために、友達になりたいと願った。


ジゼル。顔も知らないけれど、君が教えてくれた蒸栗すももや洋紅檸檬、他の色んな木の実やお花。

みんな、お母様は喜んでくれているよ。

ルビアおばさまと一緒に取りに行って、とても喜んでくれたよ。


君が作った花冠を僕も作ってお母様にあげたんだ。


おばさまが作った木の実のお菓子は失敗したと落ち込んでいたけど、お母様も僕も、凄く楽しく食べたんだ。


お母様との繋がりを作ってくれてありがとう。

どうか、僕と友達になってね、ジゼル。




その様子をリンドバルドは血涙を流さんばかりに凝視していた。

「私のプリムラなのに…何故‥‥‥」


その夜、満月が狂気を煽るように雲間から覗いていた。

幼いから何だ?

我が子だから何だ?


あいつは私がプリムラとの接点を作ろうとしても協力しない。

『来い』と腕を掴めば泣き叫ぶし、私が付けた名を大声で呼んでも委縮するだけ。

その度に父の呪縛で激痛が奔り、その隙に侍女が奴と私を引き離す。


とうとう、姉に接触すら禁止された。

歯向かえば激痛がこの身を襲い、気付けば檻の付いた一室に閉じ込められていた。



所詮、奴も私からプリムラを奪う間男に過ぎないのだ。

あの羽虫と同じ、愛するプリムラを私から奪う…男!!!


「あの子さえ‥‥‥間男さえいなければ……」

プリムラは私の元に戻ってくる。


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