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透明になった番  作者: 桃緑茶


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第16話 透明になった番の子も、透明?

(プリムラ視点)


腹部の重みと倦怠感が続いていた。

それと、今まで嫌がらせをしてきた侍女たちが、やたらと世話を焼くようになった。

「お食事は優しい物をお作りしました」

「ゆっくりお休み下さいませ」

相変わらずリンドバルド様は姿を現さないのだし、放って置いてもいいのに。

何故か歩く度に眩暈が襲う。


「あれ……?」


突如感じる生理的な違和感。普段排泄する場所から出血があるわけでもない。

でも下腹部が鈍く痛む。以前ルビアお姉様がくれた痛み止めを手に取ると侍女が制止した。


「お薬は医師の診察後になります」

「どうして?腹痛よ?これくらいよくあることじゃない」

侍女達は困惑しながらも否定も肯定もせず沈黙する。


結局は侍女たちに圧し負けられ、薬を取られてしまった。

けれど、ルビアが別の薬を持ってきてくれた。

「効果は以前より薄いから、異変が在ったら遠慮なく医師に相談して頂戴」

私に主治医が付いたことに驚いたけれど、ルビアの優しさが嬉しかった。


そのルビアに、何か大変なことが起きているのかしら。

ルビアは時々身体に痣やかすり傷を付けている。

本人は鍛錬と言っていた。

竜族は地上の守護者と言われるだけあって、その責任感は尊敬している。

だけど、無理はしないで欲しいわ。


私の主治医は時々変わってしまって、長く続いたのは若い女医だった。




侍女たちは気が気でなかった。


『プリムラに危害を与えないのなら見過ごす』


とルビアから約束されていた。しかし……

「ちょっとお散歩に行くわ」

番様に妊娠の認識はない。

だから妊娠初期で不安定な時期で在ろうとも、お腹が大きくなろうと。

『何時もの習慣』通りに動こうとする。


やむを得ず監視を強化するものの、番様は首を傾げるばかり。

「お空のお城から私は出ていけないのに、リンドバルド様はどうしたのかしら」

妊娠したことも、目の前にリンドバルド本人がいるにも拘わらずそう告げた。

彼女は見えず聴こえもしない。


その姿は竜族にとって忌まわしくもあり、悲惨でもあった。




(リンドバルド視点)


「もうすぐ私との子供が生まれる」

彼女の腹に手を当て囁いても何の反応もない。

次第に丸くなる下腹。

しかしプリムラ自身はただ不機嫌そうに鳩尾を擦るだけだった。

「どうしてお腹が痛いのかしら……」

その台詞が私に刃を突き刺す。


成長していく胎児の鼓動が竜紋を通して伝わってくる度に胸が裂けそうになる。

私の子が宿っているのに、彼女はただ腹痛に悩むだけ。

かつて彼女を苛んだ筈の竜紋が淡く輝き出す。


「……分かるか?私たちの子供だ。きっと可愛いよ?」


耳元で繰り返し囁いても彼女は虚ろだ。

妊娠が発覚してからも、まるで屍を愛するかのように。

私は毎晩彼女を抱き続けたのに。

私の欲望を、愛を何度も注いだというのに。

堕落した欲望が枯れ果てようとも、孕まされる恐怖や腹の子の危険さえ伝えられない。


私は妊娠後の夫婦の営みを制限しようとした医師たちを潰してしまった。

姉が毎度毎度医者を庇い反撃してくるので、医師たちを殺しきれなかった。


重症を負った医師の回復は遅く、老いた竜医師はそのまま死んだと聞かされた。


その件で、父王からおぞましい制約を受けさせられた。

父の友人で会った医師を殺し、プリムラと腹の子を危険に晒したというが、私は彼女に愛を与えただけだ。


しかし、父は容赦なく私に呪縛を施した。


プリムラに愛を注げなくなったものの、腹から子が出れば問題ない。



そして、その時が来た。


「今日は随分とお腹が痛いわ」

私はこの日を待ち望んでいた――はずだった。

破水したことも認識できない彼女を見るまでは。


医師にいきむ様に告げられても、彼女の眼は虚無で一切の反応がない。

彼女からすれば『腹痛』なのだ。

このままでは母子ともに危ない為、帝王切開となった。


術後、私の子が産声を上げる。だが――

プリムラは私との子の産声にも反応しなかった。


医師の指示で分娩台が移動される。プリムラは虚ろな瞳で虚空を眺めるばかりだった。

「プリムラ!聞こえるか!?」

リンドバルドが必死に叫ぶが彼女は反応しなかった。


泣き声が響き渡る。

通常なら母親の顔が輝くはずの瞬間、プリムラの表情は変わらない。

むしろ痛みを感じたのか微かに眉をひそめた。

「……痛い……お腹が……」

麻酔の切れ目に漏れた呻きにリンドバルドは絶叫した。


「お前の腹から子供が生まれたんだぞ!私たちの子だ!」

ルビアが弟を制止する。

「刺激するな。今の彼女には……意味が分からぬ」

胎盤娩出を終え、縫合が始まる中、赤ん坊の泣き声だけが唯一の生命の証だった。


+++


術後三日目。プリムラは自力で起き上がろうとして侍女たちに押さえつけられる。

「どうして私を縛るの?」

腹部には厳重に固定された包帯と、両手はベッド柵に繋がれている。

「動けなくしても、お空から逃げられないわ。ジゼルが窓辺にお花を置いていない?見に行きたいのに」

ルビアはジゼルが良く摘んでいた野花を水差しに入れ、侍女に彼女の傍に飾るように告げた。 


彼女がジゼルの死を理解することがない。真実は彼女にとって拷問だ。


「ねえ?動けなくするために切られたんですって?どうして?

私は空を飛べないわ。逃げても落ちて死んでしまう。

こんな痛い事するのなら、切らないで欲しいわね」

彼女がそう話す横で、リンドバルドは息が止まる思いだった。


お腹に赤ちゃんがいることは認識していなかった。それどころか、我が子を救うためにお腹を切ったことさえ認知していないのだから。


彼女が傷口に手を伸ばそうとするたび看護師が慌てて抑える。


「暴れると傷が開きます」

「何も動いていないわ。ジゼルは?今度、ラトビルの木の実の成る場所に行こうって約束したの。

ルビアお姉様とのピクニック、あの子は楽しみにしていたのに」


侍女は答えられず目を逸らす。

彼女の求めに応じられないことが侍女たちの苦悩であった。


一方リンドバルドは部屋の片隅で拳を握りしめながら跪いていた。


「見える……今も見えているんだよプリムラ……」

独り言が壁に跳ね返る。

かつて愛した女が、我が子の誕生さえ無知のまま横たわる姿に狂おしいほど胸が裂けそうだ。  


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