第13話 前世 透明になった番
天空城にどうやって戻って来たから覚えていない。
『運命の番』であるリンドバルドは婚姻後冷遇していたが、ある日を境に改心したという。
愛を語る手紙を届け続けるというのに、ドレスや装飾品、花を贈るばかりで姿を現さない。
現さないと言えば。
ジゼルも姿を見せてくれない。
何時も窓辺に置いてくれたラトビルに咲く小さな花や木の実が無い。
孤独で寂しい時に、こっそりとふわふわの羽毛で温めてくれたあの子は何処に行ったのだろう。
お茶の時間や食事の時間も、側妃や侍女に邪魔をされることは無くなった。
時々ジゼルの好きそうな菓子を包んで窓辺に置いた。
偶に無くなっているので、あの子は食べてくれているのだろう。
でも、私に天空城での暮らしは合わないようだ。
時々、ラトビルは酷く揺れるのだ。
そのせいで、身体に痣が出来ている。
リンドバルドの側室たちも陰では嫌がらせをしているのか、通路を何かに阻まれて通れない時がある。何度かぶつかって、やっと通れるのだが。
リンドバルドの姉ルビアがお茶会に誘ってくれた。
怪我をしたのか、今までしていなかった眼帯をしている。
思い切ってルビアに聞いてみた。
「ルビア姉様。リンドバルド様は改心したとの事ですが、どうして姿を現してくれないのでしょうか」
ルビアは何故か驚愕した。そして、こう言った。
「‥‥‥見えていないの?」
「え?何がでしょう。
ああ、そういえば、ジゼルが姿を見せてくれません。
あの子が窓辺に置いてくれるお花を楽しみにしていたのに。何処かに引っ越したのでしょうか」
「………、いや、私の言い間違えだ。プリムラ、貴女は何も気にしなくていい」
「?はい‥‥‥」
ルビア姉様のお茶会はその後、いつもどおり進んだ。
私はただ、リンドバルド様がどうしているのか気になりつつも、質問するのを控えた。
ルビア姉様は私の問いに対して何か言いかけては飲み込み、哀れむような視線を投げかけてくる。
彼女の隣には確かに席が一つ空いているのに。
その席にリンドバルド様が来るのだろうか?
しかし、いくら探しても見えない。気配すら感じられない。
(きっと、私が悲しい姿を見たいのだわ)
不思議なことに、直接的な嫌がらせはピタリと止まったのだけど。
ある日、私は廊下で側室の一人の横を通り過ぎようとした。
その時。
彼女が持っていた銀の盆が突然滑り落ち、カップが砕ける鋭い音が響く。
「ああっ!申し訳ありません!」
慌てて謝る彼女の声が遠くから聞こえる。
ふと振り返ると、誰もいない空間に向かって必死に頭を下げている。
床には確かに割れた陶器が散らばり、真紅の液体が滴っていた。
「どうなさったのですか?」
私が近づくと、側室は顔面蒼白で呟いた。
「殿下……殿下がお怒りです……」
側室の必死な謝罪にプリムラは眉をひそめた。虚空に向かって頭を下げる女性の姿は異様だった。
『殿下』という単語が奇妙に響く。周囲を見回しても空虚な廊下だけだ。
「……殿下?」
思わず口に出すと、側室は震え上がり涙ぐんだ。
「殿下のお叱りを受けました……わたくしが粗相を……」
「どなたのことでしょう?」
不審がるプリムラに、側室は絶句し硬直した。その隙にプリムラの袖が何かに触れた。鋭い爪痕のような痛みが走る。
「ッ……!」
反射的に身を引くが、ラトビルの天空城が揺れた。足元の絨毯が波打ち、彼女は転倒する。側室が支えようと駆け寄るが遅い。
プリムラの背中から足首にかけて衝撃が走り、鈍い音とともに転がる。大理石の床に叩きつけられた肘が焼けるように痛んだ。
「おやめください殿下、どうかお許しを……!」
側室の懇願が再び響く。しかしプリムラにはやはり何もない。
痛みの正体すらわからないまま掌を見ると、紫色の痣が浮かんでいる。まるで透明な怪物に掴まれた痕のように。
「プリムラ様!」
駆けつけた侍女たちが狼狽えながら治療の準備を始める。その合間にも天空城の揺れは続き、調度品が鳴り響く。
まるで見えない巨大な生物がのたうち回っているようだ。
彼女が傷口を押さえると、そこには痛ましい爪跡が残っていた。
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午後の日差しを受けて開かれた温室での茶会。
ルビアは眼帯越しにプリムラを見つめていた。
「今日は良い天気ですね」
彼女…プリムラは一見、何もなかったように振る舞う。
「プリムラ、私を見て、どうして姉上だけを見るんだ。ミレットの件は済まなかった。どうか、許して欲しい、私を見て欲しい」
リンドバルドの姿を一切視認出来ない事を除いて。
ルビアは現場で失神した後、一週間昏睡状態だった。
プリムラを保護した竜騎士団長から事の詳細を聞いた。
リンドバルドは、プリムラへ見せしめのようにジゼルを痛めつけ、あの子の翼を引き千切り。
――彼女の目の前で焼き殺したと。
痛む身体を引き摺り、プリムラの元に向かうと驚愕した。
部屋を埋め尽くす豪奢なドレスや装飾品と、彼女に詫びるリンドバルド。
しかし、プリムラは侍女へこう言った。
「どうしてリンドバルド様はお見えにならないのでしょうか」
ルビアは言葉を失った。
そして、理解した。
プリムラの心は壊れてしまったと。
リンドバルドはプリムラの腕を掴み、叫ぶ。
「プリムラ、私はここにいる!!私を見て!!」
勢いのまま大理石の床に倒れたプリムラの表情を見て、リンドバルドは蒼白となった。
彼女は頭から血を流しても、一切の表情を出さず虚ろな目をしていたから。
我に返ったルビアがリンドバルドを押しのけ、プリムラの治療を施した。
そして、侍女に告げた。
「リンドバルドが番に危害を加えたらお前たちが止めなさい。――此度の件は神龍様に告げている。あの方の沙汰が出るまでプリムラを守りなさい」
侍女たちはその言葉に明らかに怯えた。
神龍様は『運命の番』に執着し、番の居た人間の国を滅ぼした先々代の竜王を喰い殺した存在。
その際、こういった。
「三回。お前たちの愚行を見逃そう。まあ、今回で二回目だがね」
神龍は番の解消に赴く。
その『見過ごせない状況下』に自分たちはいるのだ。
プリムラは壊れてしまいましたが、リンドバルドが暴走します。
以降も胸糞描写がございます。前世編終了までは現世のヒャッハーは出て来ません。ご注意ください。




