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066 まさかの提案

 その時だった。


「ちょっといいか?」


 静かに、黒髪のニンゲンが言葉を放つ。その顔は、笑顔を浮かべようとして失敗したような情けない顔をしていた。


「なんだあ? 遺言でもあんのかよお?」


 ジャックが問いかけると、黒髪のニンゲンはヒクッと喉を鳴らすと、自分を落ち着けるためにか、二度、三度と深呼吸すると、僕をまっすぐ見つめて口を開く。


「スラムの聖女様に提案だ。一度だけ、オレたちにチャンスをくれないか?」

「チャンス?」

「ジゼル、聞く必要なんてないわよ」


 オーレリアが僕の頭に頬擦りしながら言う。


 こんな時にあれだけど、頭蓋骨を作っておいてよかったね。


「聞くだけ聞いてみよう」


 それに、僕としても妙案が欲しかったところなんだ。


 思えば、僕は今まで自分のことばかり考えていた。


 たしかにハッテンバロー大要塞での仕事は楽しいものではなかったけど、そこでも僕は目の前の患者を見ずに、自分の待遇ばっかり嘆いていた気がする。


 ハッテンバロー大要塞を抜け出した後も、僕はどうやってニンゲンの中に取り入るかしか考えていなかった。ニンゲンを利用することしか考えていなかった。


 なのに、この腐蝕銀鎖のニンゲンたちはどうだ?


 彼らは、たった一か月前に会った僕なんかのために、命を投げ出そうとしている。


 たしかに、僕は彼らに好かれるように動いてきたつもりだ。だからって、その対価に命を懸けてくれるとは思ってはいなかった。魔物の僕がニンゲンのファミリーに、家族に迎えてもらえるだなんて思いもしなかった。


 ニンゲンがこんなにも、腐蝕銀鎖のみんながこんなにも温かいなんて知らなかったんだ。


 そして、僕自身も、失うのが怖いと思うまでに腐蝕銀鎖のみんなのことを思っている。


 だから、腐蝕銀鎖のみんなの気持ちは嬉しいけど、みんなの命を守るためには、僕はこの黒髪の少年の提案を受けるしかないのだろう。


 みんなの気持ちは嬉しいけど、でも、だからこそ僕だってみんなのことを大切に思っているんだ。


「まず、オレたちを解放してほしい。このことについて、オレたちは報復はしないし、スラムに敵意のあるバラモス伯爵を止めることも約束する! だから!」

「まあ、口だけなら、なんとでも言えらあなあ?」

「ジゼル、聞いちゃダメだよ」


 黒髪の少年の言葉を、警戒した様子のジャックとバーグが否定する。


「わかっている、オレたちは自分の言葉に責任を持つべきだ。だから――――オレはこの救世の剣をキミたちに預ける!」

「はあ?」


 救世の剣の価値を知っているらしいジャックがかなり驚いている。


「ガッツ⁉」

「正気か、ガッツ⁉」

「ガハハハッ。考えたのう、ガッツ」


 ガッツというらしい黒髪の少年。その言葉に彼の仲間たちも驚いていた。そんなに価値のあるものを質に出す。それだけこのガッツという少年は本気なんだ。


「そして、オレはあなたたちの不安も晴らしたい! 今のオレたちは、聖女の魔法一つで負けてしまうほどに弱い……。そんなオレたちに、あなたたちの大切な聖女を託すのは不安があると思う。だから、オレたちはハッテンバロー大要塞を攻略してみせる!」

「ハッテンバロー大要塞を……?」

「そいつは……」


 ガッツたちの間ではもう既定路線なのだろう。誰も動揺した雰囲気はない。


 でも、ジャックは絶句していた。


 僕もまさかの古巣の登場にビックリである。


「ねえ、ハッテンバロー大要塞の攻略ってそんなにすごいの?」

「おらにもわからないんだな……」

「魔族側の前線基地とは聞いているが……。私もそれ以上のことは……」


 オーレリアたちはハッテンバロー大要塞のことをあまりよく知らないみたいだ。べつに僕にハッテンバロー大要塞への帰属意識とかないけど、ちょっと悔しい思いがするのはなんでだろうね?


「ハッテンバロー大要塞は、約八百年前に造られた魔族の大要塞だ。他の要塞に比べて突出した位置にあり、人類連合の攻撃を八百年に渡って退けてきた難攻不落の語源にもなった。まさか、ハインドスクエアに住んでいる者の中に知らない者がいるとは思わなかったが……」


 赤髪の騎士が一言余計なことを言いながら説明してくれる。たぶん、自分たちがどんな無謀なことに挑もうとしているかを知ってほしかったのだろう。


 でも、八百年は盛りすぎだよ。僕はハッテンバロー大要塞がただの丸太小屋だった時から知ってるんだ。僕の体感では百年くらいだったけど、もしかしたら二百年、三百年は経っているかもしれない。だけど、さすがに八百年は経ってないと思うな。


 あれかな? 自分たちがなかなか落とせないから、ハッテンバロー大要塞を過大評価してしまっているのかもしれないね。


 ニンゲンは百年も生きられないらしいから、たぶんどこかで数え間違えている可能性もあるだろう。


 でも、ハッテンバロー大要塞か……。僕が抜け出して一カ月経つけど、今どうなってるんだろうね?

お読みいただき、ありがとうございます!

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