060 勇者
「これは、毒をうつされたね。たぶん、客の中に毒虫に噛まれた奴がいたな」
俺は、花街の一角で娼婦の足を診ながら、そう決断を下した。
「ど、毒⁉」
「タンゴ! アンナは助かるのかい⁉」
毒と聞いて目を見開く娼婦の少女と、この花街の支配者である女傑エリザベート。
少女は今にも気を失いそうなほど顔から血の気を失くし、エリザベートは詰め寄るように俺の肩をむんずと掴む。その顔は真剣そのものだ。
普通、娼婦とその支配者と聞けば、娼婦を使い潰すようなイメージを持ちそうなものだけど、このエリザベートはそうではない。娼婦一人一人の名前を憶えているし、娼婦たちをまるで自分の娘のように、過保護なほど大事にしている。
それは、娼婦たちがエリザベートのことを「おっかさん」と呼び、慕っていることからも窺える。
昔の俺なら偽善だと冷笑していただろうけど、今はなんだかほっこりした気持ちになる。
「大丈夫だ。ちゃんと薬がある。俺は聖女様に薬の作り方を教えてもらったんだ。必ず治るよ」
「よかったねえ、アンナ!」
「はい! ありがとうございます、タンゴさん、おっかさん」
エリザベートがアンナという名前らしい娼婦に抱きついて、我がことのように喜んでいる。このエリザベートは腐蝕銀鎖の幹部って聞いていたけど、ずいぶん情に厚い人みたいだ。
「この薬を、一日に一回、一包ずつ飲んでくれ。とりあえず、三日分出すよ。三日後に様子を――――」
「タンゴさん! タンゴさんはどこだ⁉」
アンナに薬を渡すと、突然、俺を呼ぶ男の声が聞こえてきた。もしかしたら、体調が急変した患者が出たのかもしれない。
「タンゴさーん!」
「じゃあ、お大事に。ここだ! ここにいるぞ!」
急いで薬を纏めて外に出る。そこには、汗をダラダラ流した男が肩で息をしながら俺を呼んでいた。そして、俺を見ると、ぱぁっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「大変でさあ! とにかく来てくだせえ! 走りますよ!」
「ああ!」
男の後を追って走り出す。どうやらアジトの方に向かってるみたいだ。
「簡単でいい、何があったんだ?」
「それが、よくわかんねえ、立派な恰好、した奴らが、聖女様を出せって……」
「ッ⁉」
早い、いや、遅かったくらいか? ジゼルの治癒魔法の腕前を見れば、誰もが欲しがる。そんなことはわかっていた。だから俺は――――!
「戦闘になると思うか?」
「わかり、やせん。ですが、ジャックさんが、フェイディさんと、タンゴさんを、呼んで来いって……」
「…………」
ジゼルから教えてもらった知識を、人を傷付けることに使うのは気が引けるものを感じる。でも、俺はジゼルを守るためなら――――!
「先行くぞ!」
「へい! 聖女様を、たのんます!」
「ああ!」
ファミリーだけが通れる裏門からアジトに入り、そのまま走って正門に向かうと、そこにはすでにジャック、バーグ、フェイディが揃っていた。
「遅れました」
俺は弓を構えるジャックの横に並ぶと、カバンの中から一つの丸底フラスコを取り出した。
「そいつは?」
「強力な麻痺毒です」
「あいつらに通じると思うか?」
俺はジャックに促されるように前を、俺たちの敵を見た。
「そんな――――」
思わず絶句してしまうほど、彼らは隔絶していた。
強い。強すぎる! なんで、こんなに強い人が来るんだよ! 大人しく戦争に行ってろよ!
知らず知らずのうちに汗が額を流れてくる。
自信満々だった麻痺毒だけど、まるで通用するとは思えなかった。
どうすれば、どうすればいいんだ⁉
その時、先頭に立っていた同い年くらいの黒髪の少年が一歩踏み出した。
◇
「武器を降ろしてくれないか? オレたちは戦闘に来たんじゃない。話し合いに来たんだ」
「話し合いだあ?」
俺、ジャックは、気が付けば困惑した声を漏らしていた。
こんな極大の戦力を持っているくせに、一方的に奪える立場にあるにもかかわらず、話し合い?
何かの隠語か?
いや、そんな雰囲気はない。黒髪の少年は邪気のない笑みを浮かべている。
「ガッツ? 本当に話し合う必要がありますの? さっさとその聖女とやらを連れてこさせればいいでしょうに」
エルフの女がそんな高圧的な言葉を吐く。
「ダメだよ、フィルレイン。相手は組織にとっても重要人物だろうし、こういう組織はファミリーといって本当の家族以上の関係があったりするからね。フィルレインだって、突然家族が連れて行かれるのは嫌だろ?」
「それは、まぁ……」
ガッツと呼ばれた少年の言葉に、エルフの女が不承不承頷く。
「ガハハハッ。まな板女の負けじゃな。ガッツはこういった場所の出身だったんじゃろ? それに、同じ人間同士の方が話が合うじゃろ」
そう言って豪快に笑うドワーフ。その顔は下半分がヒゲに覆われていた。
「人類の希望である勇者。そのガッツの言葉を聞かぬ者など同胞と認めたくないものだが……」
そう言って、冷笑する赤髪の騎士。
勇者、だと⁉
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