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055 タンゴ②

「やっぱり……」


 鉄格子の向こうの女の子は、俺の何かを知っているのか、深く同情するような、悲しそうな顔をして俺を見ていた。


「これからも毒虫と生きるの?」

「はっ」


 つい自嘲気味な笑いが漏れてしまった。


「俺はこの生き方しか知らねえよ……。これまでも、そして、これからもな……」


 そう答えると、少女は首を緩く横に振った。


「そんなことないよ。キミはもう知っているはずだよ。毒と薬は表裏一体なんだ。これからは、薬を作ってみない?」

「薬……?」


 思い出すのは、毒を取り込んでいる時のことだった。意外だったんだが、毒にも食べ合わせがあるのだ。


 ある毒虫食べた後、違う毒虫を食べると、いつもとは違う反応が体に現れることがあった。その中には、毒の中和と呼べる反応もあったことを思い出す。


 俺は毒へと体を慣らすために毒虫を食べていた。だから、その知識に価値を見出すことはなかった。せいぜい、毒虫を食べすぎた時の緊急手段。自分だけを守るための知識。


 この知識を応用して、薬を作れというのだろうか?


「だが……」


 今まで、俺は毒の知識を人を傷つけるためだけに使ってきた。だから、毒の分量なんかはけっこう適当だった。


 だが、薬となれば話が違う。正しい分量を知らなければ、人を傷つけるだけだ。


 たしかに、俺には多少の知識はあるかもしれない。しかし、なまじ知識があるからこそ、無理だというのがわかってしまう。


「大丈夫。僕が教えてあげる」

「え……?」

「これも何かの縁だしね」


 次の日。俺はついに釈放された。あの少女が腐蝕銀鎖の総長に口を利いてくれたらしい。


 そして、俺は釈放された後すぐに石造りの地下室に案内される。蝋燭のぼんやり照らされた部屋の中央には机。その上には何に使うのかわからない道具が置かれていた。


「待ってたよ」


 机の傍には、地下牢で出会った少女が待っていた。メイドと護衛の姿もある。


「じゃあ、さっそく始めようか。僕はジゼル、よろしくね」

「え、あ、タンゴだ。腐蝕銀鎖の総長に口を利いてくれて感謝する。それで、始めるって、何を?」

「薬作りだよ」

「え……?」


 ジゼルは、俺に見せるように机の上を見せる。


「南スラムで獲れる虫を集めてもらったんだ。毒の成分はだいたいわかったから、あとは分量と調合の方法を覚えてもらうだけかな」

「はい?」


 毒の成分? 俺が何年もかかって自分の体を使って調べたことを、一夜にして調べ上げたというのか? しかも、薬を作れるような精度で? なんの冗談だ?


「僕が指示を出すから、タンゴが薬を作って覚えてね」

「え、あ、本当に?」

「うん」


 自信満々で頷くジゼル。


 まぁ、ジゼルには地下牢から出してもらった恩があるし、鋭い視線を送ってくる護衛やメイドを見るに、どうやら俺に拒否権はなさそうだった。


「わ、わかった……」

「じゃあ、まずはその虫を磨り潰そうか」

「ああ……」


 俺は指定された毒虫を鷲掴みにすると、すり鉢の中に入れた。その際に何度か毒虫に噛まれるが、こんなことは慣れっこだし、こいつらの毒でどうにかなるような体じゃない。


 その後も、俺はジゼルの指示に従って見たこともないような道具を使って薬作りとやらに付き合った。


 本気に薬が作れるとは思っていなかった。ただ、ジゼルの遊びに付き合っているだけのつもりだった。


 だが、俺の持つ毒の知識が、ジゼルの正しさをどこまでも肯定する。


「マジかよ……」


 信じられないことだが、ジゼルは俺よりも確実に毒について詳しい。まさか、俺は今、本当に薬を作っているのか……?


「完成だよ。これは肺や喉にいい薬だね。水で流し込まないで、そのまま勢いよく吸えばいい。変な咳をしている人に有効かな」

「はは……」


 俺が、本当に薬を作ってしまったのか? 毒で人を傷付けることしかしてこなかった俺が? 本当に?


 信じられないことだが、目の前には確かに少し黄色がかった白い粉薬が鎮座していた。


 もう訳がわからない。このジゼルってのは何者なんだ……?


「じゃあ、次の薬も作っちゃおうか」

「あ、ああ……」


 その後も俺は薬を作り続けた。


「今日はこのくらいかな。おつかれさま」

「ああ。あの、ありがとう」

「いいよ」


 その日から俺は、監視役兼護衛はいるが、普通の生活を手に入れることになる。いや、家も食事も準備してもらえたから、普通以上の、スラムの中では特権階級のような扱いだ。


 今まで地下牢に繋がれていたのに、えらく扱いが変わったもんだな。これもジゼルのおかげなんだろうか?


 ジゼルって何者なんだ?


 初めての薬作りが終わった後も、三日に一回のペースでジゼルによる薬の授業があった。俺は文字が書けないから、一生懸命に頭に叩き込み、体で覚えていく。


 何度も失敗したけど、ジゼルは怒ることなく俺を導いてくれた。


 後に、このジゼルこそ、俺の毒を無力化した聖女様だったことを知ることになる。


 俺ってすごい人に教わってたんだな。

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