052 腐蝕銀鎖会議
南スラム掌握を祝った宴会の翌日。
腐蝕銀鎖のアジトには、幹部の全員が集まっていた。
「アジトは組織の顔なんだから、もっときっちりした方がいいわよ! 今のままじゃナメられるわ」
「わかっとるわい。反逆した商人どもからたんまり搾り取ったからな。ようやく直せるというところじゃ。それよりもエリザベート、おぬしはいつまで夢見気分なんじゃ? シャキッとせよ!」
「やーねー。年寄りは説教臭いったらないわ。それにしてもクラウスのお爺さん、かなり老けたわね。ちゃんとみんなで労わらないとダメよお?」
「余計なお世話じゃ!」
僕とオーレリアが大部屋に入るなり、そんな会話が聞こえてくる。
「まあまあ、お二人とも。総長と聖女様がお見えになったのでこのあたりで……」
意外と苦労人らしいフェイディが仲裁に入って、部屋の中が静かになる。
すると、部屋にいたみんなが跪いて僕とオーレリアを迎えた。
「楽にしていいわ。みんな、席に着いて」
オーレリアの言葉に従い、みんなが思い思いの場所に座る。その中には、ジャックとバーグの姿もあった。目が合うと、ジャックはニヤリと笑い、バーグは手を振ってくれる。この場所にいるということは、もう二人とも立派な腐蝕銀鎖の幹部だね。
オーレリアと一緒に一段高いところにある席に座った。席に座ると、すぐにカンナがお茶を用意してくれる。まるで花のような匂いが香ってきた。
「まずは、みんなご苦労様。みんなのおかげで、腐蝕銀鎖は南スラムの支配者に返り咲くことができたわ。本当にありがとう。でも、これで終わりではないの……。クラウス」
「はっ!」
「その前にいいかしら?」
立ち上がろうとしたクラウスを制するように、エリザベートが手を上げる。その目は少しトロンとしていて、なんだか眠そうに見えた。
「どうしたの、エリザベート?」
「総長、私、聖女様にお礼をまだお伝えていなくて。少しお時間を頂いてもいいですか?」
「いいわよ」
「ありがとうございます」
軽い調子で許可が出ると、エリザベートは立ち上がって、僕の前で跪いた。
「聖女様、私はあなた様のおかげで、地獄から抜け出すことができました。まだこれは夢なのか、現実なのかあやふやですが、それでも、あなた様と出会うことで、私は救われた。この奇跡を何と口にしていいのかわからないほどです。ただ、これだけは言わせてください。ありがとうございます。あなた様のおかげで、私は生きる意味を取り戻すことができました。本当に、ありがとうございます……!」
「ほぅ」
これまでに感じたことないような、熱い感謝の気持ちが伝わってきた。それだけエリザベートが僕に感謝しているということだ。
まただ。また心がほかほかして、体が熱くなってきた。
「いいんだよ。また何かあったら、すぐに教えてね」
「なんてお優しい! かわいらしいだけではなく、こんなにもお優しいなんて! ありがとうございますわ」
まるで感激したように、その大きな胸の前で手を組みながら、まるで子どものようにぴょんぴょん跳ねるエリザベート。
「おほんッ!」
「まったく、年寄りはこれだから。ありがとうございました、聖女様。たまには花町にも遊びに来てくださいましね」
クラウスの咳払いに制止されて一瞬嫌な顔を浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべて自分の席に戻っていくエリザベート。なんだかすごい勢いの人だなぁ。
「話を戻しましょうか」
「はっ!」
苦笑を浮かべたオーレリアに応えるように、クラウスが立ち上がる。
「もう皆が気付いていると思うが、三年前の襲撃事件の主犯はバラモス伯爵だ。今回、獅子心臓のアジトを探し出し、その証拠や証言が山ほど出てきたわい」
クラウスの弟子であるカンデラの手によって、獅子心臓のアジトから押収した資料がみんなに共有されていく。
「なるほどなあ。でもよ、その伯爵の軍だが、確かにボコしてやったぜえ? しっかしよお、これ以上ってえのは難しくねえかあ? 相手は、どんなに憎くても貴族だしよお。さすがに殺しちまうと、今度は国が動き出しかねねえぞ」
資料をペラペラと捲って、ジャックが苦々しい顔で発言する。その一言で、場の空気がドッと重くなったのを感じた。
僕はあんまりニンゲンの生態には詳しくないからなぁ。その貴族というのは、敵に回すとそんなに厄介なのだろうか?
魔族だと、お互いの階級や宝物を賭けて決闘というのもよくある話だったけど、ニンゲンは貴族の称号とか地位を賭けて決闘とかしないのだろうか?
うぅーん。質問したい……。
でも、みんなの反応を見ていると、ニンゲンなら誰でも知っているようなことみたいだ。ここで質問して、僕が魔物だとバレるのももったいない。今の環境は、僕にとってかなり恵まれているからね。この環境を捨てたくはないのだ。
ここはみんなの話を聞いて、情報収集に徹しよう。うん。
「たしかに、ジャック殿の言う通り、これ以上の報復は下策やもしれませぬ」
「じゃあアレかい? このまま泣き寝入りってのかい?」
「昨日はかなり伯爵軍を叩いたから、痛み分けじゃないかな?」
「さすがにこちらから仕掛けるのはマズいか。ここは伯爵の出方を見るしか……」
「うーむ……」
僕はみんなの話を聞きながら、情報を整理していく。
どうやらバラモス伯爵というニンゲンを倒したいけど、貴族だから倒せないって感じだ。
ニンゲンにとって、貴族ってとても偉いらしい。話を聞いていると、この街を含めた周辺の土地で一番偉いらしい。そして厄介な点は、この伯爵を倒すと他の貴族まで敵になってしまうことだ。
腐蝕銀鎖のニンゲンの数はおよそ千人。それ以上の人数が南スラムにいるし、街の壁の中には一万人以上のニンゲンがいる。そして、ニンゲンの国には、そんな街がいくつもあるとのことだった。
これは伯爵を倒すのも慎重になるよね。
魔族だったらどっちが強いかですぐに決着がつくのに、ニンゲンの社会って複雑だね。
そういえば、僕の階位もかなり上昇したと思うけど、どこかで力を試してみたいなぁ。
◇
「へえー。スラムの聖女ね……」
ある日の王城。絢爛豪華な客間である男の呟きが響いた。
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