050 南スラムの覇者
翌日のお昼。
腐蝕銀鎖の縄張りにある大きな広場。そこには所狭しとニンゲンたちがぎゅうぎゅうになって集まっていた。
ニンゲンたちは目をキラキラさせて、熱気がある。そして、何かを期待するような目で即席で造られた舞台の上を、正確には僕の隣に座るオーレリアを見ている。
その期待に応えるように、オーレリアは立ち上がった。
そして、高らかに右の拳を天高く突き上げた。
「ここに、腐蝕銀鎖の勝利を宣言する!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
熱気が歓声になり、広場を超えてスラムを埋め尽くす。
本当は昨日の時点で勝利していた。だけど、残党狩りや火事の処理があって、もう宴をするには夜も遅かったし、みんな疲れていた。それで、今日のお昼に延期したというわけだ。
「見よ!」
オーレリアが、みんなの注目が集まる舞台の上で、仮面で隠してきた顔の右半分をさらけだした。
「あぁ……」
「総長……。なんてむごい……」
「くそっ! くそっ!」
「炎魔のババアめ!」
「ちくしょう……。ちくしょう……」
オーレリアの顔の右半分は、ひどく醜い火傷を負っていた。その半分閉じたような右目は白く濁り、まるで光を感じない。
オーレリアの火傷は、腐蝕銀鎖の敗北の過去の証だ。
「ジゼル」
「うん」
僕はオーレリアに呼ばれて立ち上がると、彼女の傍に行く。近くで見るオーレリアの顔。左半分は綺麗な顔をしているから、余計に右半分が醜く見える。
「ジゼル、私の顔を治してちょうだい」
初めてオーレリアに会った時、顔の火傷を治すか訊いたことがあった。だけど、オーレリアは僕の提案を断った。自分にはやることがあると。それが終わるまで、顔の火傷は治さないと。
そのオーレリアが火傷を治すことを望んでいる。
たぶん、オーレリアのやるべきことが終わったのだろう。
これはおそらく、オーレリアの中でのけじめなのだと思った。
腐蝕銀鎖の、過去との決別なのだと思った。
「わかった」
僕は頷くと、そっとオーレリアの右顔に手を伸ばす。そして、治癒魔法を使う。
すると、緑色の光の粒子が輝き、オーレリアの火傷が一瞬にして治った。
綺麗だと思った。オーレリアの顔は美しく、傷一つない。
「ありがとう」
オーレリアが僕の髪をかき上げて、おでこにキスをする。
その後、オーレリアは集まった腐蝕銀鎖のニンゲンたちの方を向く。
「見なさい! これで、腐蝕銀鎖の負の連鎖は終わったわ! これからは、腐蝕銀鎖の栄光を積み上げていきましょう!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
「総長万歳! 聖女様万歳!」
「腐蝕銀鎖に栄光あれ!」
「オラはやるぞおおおお!」
「俺だって負けてらんねえよ!」
「「「「「オーレリア総長とスラムの聖女に祝福を!」」」」」
腐蝕銀鎖のニンゲンたちが大声で歓声をあげる。
このニンゲンたちは、つい昨日までどうしようもない状況にいた。先行きの見えない不安におびえていた者たちもいるだろう。僕にも覚えのある感情だ。
それが、今やこの南スラムの覇者である。すごい躍進だよね。まぁ、それだけみんながんばったんだけどさ。
その時、オーレリアが手を組み、まるで祈るようなポーズをした。それを見て、腐蝕銀鎖のニンゲンたちの歓声もだんだんと小さくなり、沈黙が広場を支配する。
「腐蝕銀鎖の礎となった者たちに、感謝と祈りを」
「「「「「…………」」」」」
気が付けば、みんなが少し辛そうな顔をしていた。
さすがに僕の治癒魔法をもってしても、即死の者はその場にいなければ治せない。今回の一連の戦闘で、少なからず死者は出ている。その者たちに捧げる沈黙だ。
普通、死者が出たら治癒魔法使いである僕が怒られると思うのだけど、腐蝕銀鎖のニンゲンたちはそんなことをしないらしい。腐蝕銀鎖のニンゲンたちは、治癒魔法にあまり明るくないみたいだったけど、魔族なんかよりもよっぽど治癒魔法のことを知っているみたいだ。
「さあ! 死者は明るく見送りましょう! 私たちは大丈夫だと、心配はいらないと示すために! 料理を運び込みなさい! 今日は宴よ! 連日の宴で疲れたなんて言わせないんだからね!」
「総長! オラは酒ならいくらでも飲めます!」
「お? おめえ、俺と勝負すっか?」
「やってやろうじゃねえか!」
そして、今日も宴が始まり、料理とお酒が運び込まれてくる。その光景を見て、腐蝕銀鎖のニンゲンたちは歓声をあげた。
実は、今朝になって値千金のニンゲンたちが傘下に入りたいと言ってきたらしい。商人らしく、手土産を持ってきたのだけど、それがふんだんに今日の宴に使われている。
爺が言うには、いつもよりも豪勢な宴らしい。
まぁ、これで完全に腐蝕銀鎖が南スラムの支配者になったのだし、それに相応しい宴といえるかもね。
僕とオーレリアの前にテーブルが運ばれてきて、爺が差配して宴の料理とお酒が用意されていく。僕に配膳してくれるのは、僕のメイドであるカンナだ。
「ジゼル様、こちらのお料理は豚の腸詰と牛の腸詰になります。牛の腸詰は皮を剥いでいただいて、こちらのソースを付けてお食べください」
「うん!」
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