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046 階位上昇とカンデラの焦り

「聖女様、急患ッス!」

「はーい」


 スラムにある小さなあばら家の中。壁に隙間があったり、穴が開いていたり、ボロボロの小屋。僕とカンナ、僕の護衛の男女しかいなかった空間に若い男の声が響き渡る。


 護衛の男が慎重に扉を開くと、ロッツがぐったりした男を背負って現れた。たぶん、隣の腐蝕銀鎖の本部に情報を持ってくるついでに、怪我人を背負って来たのだろう。


「治しちゃうね」


 僕が治癒魔法を使うと、ロッツに背負われていた男がシャキッと上体を起こした。


「痛くも苦しくもねえ! 聖女様、ありがとうございます! もう一回行ってきます!」

「気を付けてねー」

「はい! ロッツもありがとな! じゃあ、行ってくるぜ! うおおおおおおおおおおおおお! 待ってろよ! みんなあああああああああ!」


 男はロッツから飛び降りると、そのまま駆けてあばら家を出ていく。


「ロッツは怪我はない?」

「俺は大丈夫ッス! じゃあ、俺は本部の方に報告に!」


 そう言って風のように走り去るロッツ。きっと本部にいるオーレリアとカンデラに戦況を報告するのだろう。


 その後も次から次へと怪我人が運ばれてくる。中には、自分の斬られた腕を持って、走ってきた元気な怪我人もいるくらいだ。


 重傷者は運ばれてくるけど、ほとんどの怪我人は自分の足で歩いてくる。たぶん、リジェネートがいい仕事をしているのだろう。自力で歩ける程度には怪我人を回復して、怪我人の搬送に人手を割かなくてもよくなっているようだ。


 怪我人は僕が即時治癒魔法をして回復し、すぐに戦線に復帰していく。僕は戦況を聞いてないからわからないけど、たぶんまだ戦線を維持できているだろう。


 とはいえ、さすがに二面作戦は厳しいのか、怪我人の数は急増していた。おかげで、僕は本部に帰れずに、このあばら家から動けない状態だ。


「ありがとうごぜえます、聖女様!」

「がんばってね」

「へい! 今度こそ、獅子心臓を終わらせちゃる! ほな、行ってきますわ!」


 男は、僕にお礼を言うと、走ってあばら家を飛び出していった。獅子心臓と闘っているということは、二番隊のニンゲンだったみたいだ。


 やっぱり、ニンゲンはいいね。まず、礼儀正しいし、治療が遅いと怒ることもない。それに、ちゃんとお礼を、ちょっと過剰なくらいに口にしてくれるのもいいね。心がほかほかするし、僕のやる気もぐーんと上がっちゃうよ!


 ハッテンバロー大要塞にいた頃の僕は、いつもどこか心に冷たいものを感じていたけど、ここに来てからなんだか温かい気持ちばっかりだ。やっぱり、ハッテンバロー大要塞を抜け出してよかったなぁ。


 それに、階位上昇もかなり経験している。もう今日だけで数えるのも面倒になるほど階位上昇を経験した。


「ふふん」


 だから、僕はとても機嫌がいい。気を付けないとニマニマしてしまいそうだ。


「ジゼル様、もうずいぶんと魔法を使っていますが、お体は大丈夫ですか?」


 その声に振り返ると、僕のメイドであるカンナが心配そうに僕を見ていた。


「大丈夫だよ?」

「それならよろしいのですが……。魔力は使いすぎると気絶してしまうと聞きます。お気を付けください」

「うん」


 知ってるよ。昔はよく気絶していたからね。


「聖女様! また怪我人が!」


 護衛の男の声に振り返ると、またあばら家に怪我人の一団がやってきた。


 さっそく治しちゃおうかな。



 ◇



 私、カンデラは、月明りの降り注ぐスラムで、努めて冷静であろうとしていた。


 視線の先には獅子心臓のアジトである石造りの砦が見える。もう夜といってもいい時間帯だ。獅子心臓のアジトはまるで燃えているような松明の明かりに、まるで暗闇に浮かびあがるように見えている。


 そんな獅子心臓のアジトからは、人々の怒号や悲鳴が鳴り響いていた。


 ファミリーの献身によって、もう獅子心臓のアジトを守る防壁の門を壊して久しい。今は砦の中のいたるところで白兵戦が繰り広げられていることだろう。


 報告では、じわじわと侵攻に成功しているようだが、どうしても気が急いてしまう。一刻も早く獅子心臓のアジトを陥落させたいたいのが本音だ。


 しかし、師であるクラウス様には「時間をかけて着実に」と厳命されている。おそらく、私が急いて仕損じることを恐れておられるのだろう。


 長年、クラウス様に師事してきた私だが、傍にクラウス様がいない状態で兵を指揮するのは初めてのことだ。それがまさか憎き獅子心臓のアジトを陥落させることだとは思わなかったが……。


 その時、ちらりと後ろを振り返る。


 そこには、燃え上り、まるで昼間のように明るいスラムが広がっていた。そちらからも小さく怒号が聞こえてくる。


 師であるクラウス様は、あちらでバラモス伯爵軍の猛攻を凌ぐべく兵の指揮を執っている。


 我ら腐蝕銀鎖は、遺憾ながら挟み撃ちに遭っているのだ。


 早く獅子心臓のアジトを陥落させて、挟み撃ちという状態を打破したい。その心をグッと堪え、私は兵を指揮する。


「ゆっくり、着実に歩を進めるのだ。決して無理をするなよ? 諸君らにはまだまだ腐蝕銀鎖のために働いてもらわなくてはいかんからな! そして、絶対に獅子心臓の首魁であるペンネリクトを討ち取るのだ!」

お読みいただき、ありがとうございます!

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