045 炎の戦場②
「ぜあああああッ!」
「ぐッ⁉」
後ろにいた兵士によって振り下ろされる剣。その剣を避けようと、兵士に止めを刺した腐蝕銀鎖の男は飛び退るが、右腕の肘辺りが半分以上断たれてしまった。
「くそがッ!」
右手に握っていた剣を落とし、悪態をつく男。左手で右肘を押さえ、少しでも出血を抑えようとする。
「クソはこっちのセリフだ! よくもジローを!」
「絶対に殺してやる!」
「お前らはここで死ぬんだ!」
「無駄な抵抗はやめろ!」
「大人しく死んどけ!」
男の悪態に返ってくるのは、罵詈雑言の嵐だった。
殺気立った兵士たちが腐蝕銀鎖の男たちに近付いていく。
「お前ら、死ぬんじゃねえぞ?」
「無茶をおっしゃる……」
「聖女様のお言葉だ。意地でも死んでやりませんよ!」
男たちは、剣を構える。右肘を斬られた男も、左手で腰のナイフを抜いて応戦する構えだ。
そこからの戦闘は一方的だった。
腐蝕銀鎖の男たちは、手や足を犠牲にしてでも致命傷を避け、生き残ることに終始していた。
しかし、それだけでは終わらないのが腐蝕銀鎖の男たちだ。防御に偏重しているのは確かだが、一発を狙うことを忘れない。
戦闘の様子だけを見れば、たしかに兵士たちの優勢に進んでいる。
だが、気が付けば立っている兵士と男たちの数は六対四までになっていた。
「こいつら、なんで、倒れねえ……」
「どうなって、やがる……?」
息も絶え絶えに兵士たちが異変に気付き始めた。
鉄の重たい剣を振るという行為は、実はかなり体力を削る行為だ。命を奪い合う実戦ともなれば、体力と共に精神力も大きく削られる。
そんな中で、この違和感に気付けたのは、兵士たちの練度の高さを物語っているかもしれない。
「気付いたか?」
「じゃあ、もういいか」
そう言って、男が慣れない左手で持っていたナイフを右手に持ち替える。その右腕はたしか戦闘開始時点で斬ったはずで――――?
「こ、こいつら⁉」
「き、傷が!?」
「どうなってやがる⁉」
その時、兵士たちは一斉に気付いてしまった。血で汚れてわかりにくいが、自分たちが犠牲を払いながら重ねてきた男たちの傷が、まるで時間を巻き戻すようにゆっくりと治っていることに。
「なんて、ことだ……」
「バ、バケモノ!」
「何なんだ⁉ こいつらは、何なんだ⁉」
恐怖に凍り付く兵士たちに向かって、男たちはニヤリと笑ってみせる。
「敬えよ。こいつが、腐蝕銀鎖の聖女様のお力だ」
「オラたちは死なねえよ?」
「残念だったな!」
「なッ⁉」
バラモス伯爵軍の小隊長は、ハッと気が付く。
そもそも、腐蝕銀鎖は動ける状態ではなかった。大量の傷病人を抱え、機能不全に陥っていた。そのまま自然消滅すると思われていた。バラモス伯爵が腐蝕銀鎖への治癒魔法を禁じたからだ。だから、腐蝕銀鎖は今まで見逃されていた。
それがなぜ、腐蝕銀鎖は急に動き出せるようになったのか。
考えてみれば簡単だった。腐蝕銀鎖の大量の怪我人を治した者がいるのだ。
そして、その者が聖女と呼ばれている。
聖女というからには、女の個人なのだろう。当初、バラモス伯爵は教会勢力の裏切りを警戒していたが、とんでもない。
なぜなら、ハインドスクエアの教会に、これほど治癒魔法に長けた人物はいないからだ。少なくとも、小隊長はそんな人物など知らないし、こんなデタラメな治癒魔法など知らない。
では、聖女とはどこから来たのか?
「マズい!」
この情報を上層部に上げなければ。
その使命感と共に振り向くと、急に視界が暗くなった。
グチャリという重く湿っぽい音が、小隊長の聞いた最期の音となった。
◇
「すまん! 遅くなった! よく持ちこたえてくれたな!」
「ごめん、ごめん。途中で二回も会敵しちゃってさ……」
「おっせーっすよ。フェイディさん、バーグさん」
「そうそう。もうダメかと思いましたわ」
「嘘吐け」
フェイディとおいらの言葉に、ここを守っていた腐蝕銀鎖の部隊のみんなが明るい顔を浮かべる。その姿は血だらけの傷だらけだ。ジゼルの治癒魔法でゆっくり治っているとはいえ、きっと厳しい戦いをしていたのだろう。
見れば、腐蝕銀鎖の男たちは四人なのに対し、敵は六人もいる。数的不利というのは厄介だからね。おいらたちが戦場を駆け回っている理由も同じだ。
でも、おいらたちが来たからにはもう大丈夫。だって、おいたらたちは二十人もいるからね。これで二十四対六だ。楽勝だね。
「な、な、な⁉」
「後続は何をしていたんだ⁉」
「まさか……!」
腐蝕銀鎖の男たちとは逆に絶望の表情を浮かべる冒険者風の格好をした者たち。こいつらの正体はバラモス伯爵の軍勢という話だった。またスラムでひどいことをするために送られたのだろう。
たしかに、伯爵の正規軍が特定のマフィアを救うために派兵したという事実は、伯爵にとって都合が悪いのだろう。
だから、伯爵とは関係ないと示すために、敢えて冒険者風の格好をしているのだ。
「でも――――」
それが今回は仇になったね。
平民が伯爵の軍に攻撃すれば、それは逆賊だ。人間秩序への反逆である。
「そう。心配はないんだなあ!」
おいらたちは残った兵を倒すために走り出した。
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