044 炎の戦場
「うわっ!? 俺ッス! ロッツッス! 後退の命令を伝えに来たッス!」
現れたのは、腐蝕銀鎖の仲間、俊足のロッツだった。そのことに安堵の溜息を吐いて剣を下げる腐蝕銀鎖の者たち。
「うわぁ、大丈夫ッスか⁉ すぐに聖女様の所に運ぶッス!」
ロッツは反撃を貰って倒れていた者に近付くと、血で汚れるのもかまわず背負おうとする。
「おらあ、もう、ダメだ……。他の、奴を……」
息も絶え絶えにそう訴える背負われた男。
だが、ロッツは男の言葉に取り合わない。
「聖女様は、誰も死なないことをお望みッス! 俺はそれを叶えるために全力を注ぎ込むだけッス!」
「聖女、様が……」
「はいッス! だから、もう一踏ん張りッスよ!」
「そいつは、ありが、たいねえ……」
「他の皆さんも、撤退してくださいッス! 皆さんも聖女様の所にご案内ッス! もうすぐ代わりの部隊が来るはずッスから心配いらないッス!」
「ああ!」
「だが、どうやらもう一踏ん張り必要なようだな」
一人の男が、炎の向こうで揺れている人影を睨みつけながらそう呟く。
「で、でも、皆さん――――」
「ロッツ、ここは死んでも通しちゃいけねえんだ」
「代わりの部隊が来るんなら、来るまでは守らなくちゃな」
「そいつのこと、頼んだぜ」
「心配すんなよ。無理はしねえからよ」
そう言って剣を構える腐蝕銀鎖の男たち。剣の向いた先、炎を割るように現れたのは、お揃いの革鎧を着た集団。バラモス伯爵軍だ。
相手も腐蝕銀鎖の者たちに気が付いたのだろう。抜剣して剣を構え、辺りに緊張感が走る。
「走れ! ロッツ!」
「で、でも――――」
「行ってくれよ。オラたちはオラたちの務めを果たす」
「だから、お前はお前の務めを果たせ!」
「行け!」
「……すんませんッス!」
そう悔しそうに叫んで走り出すロッツ。
ロッツはたしかに二つ名持ちだ。だが、それはロッツの並外れた速さに対する称号であって、強さの証明ではない。それをどれほど悔やんでいるのか、それはロッツの噛み締めすぎて口の端から流れた血を見ればわかる。
そして、この場に残されたのは、四人の腐蝕銀鎖の者たちと、相対する十人のバラモス伯爵軍の兵士だ。
数の上では倍以上の差がある。
故に、バラモス伯爵軍の小隊長はさっさとこのゴミを片付けようと思った。
見れば、男たちはひどい火傷を負って――――?
「ん?」
なんだか、先ほど見た時より火傷の痕が軽くなっているような……?
そんなはずはないか。きっと気のせいだ。
「殺せ!」
小隊長は、せっかく見つけたはずのヒントを見なかったことにしてしまう。それが、どれほど重要な情報かすら知らず。
小隊長の命令で、部下たちが動き出す。その足取りには若干の緊張感が見えた。
彼らはバラモス伯爵軍の正規兵であり、スラムのゴロツキとは違うという自負がある。しかし、そんな彼らの仲間が次々と腐蝕銀鎖の者たちに討ち取られているのも事実。
倍以上の人数差がある。おそらく勝てるだろう。しかし、負傷で済めばいいが、こんなところで自分が死にたくはない。
そんな思いが彼らの足取りを重たいものにする。
そのせいだろうか、最初に動いたのは、数で劣るはずの腐蝕銀鎖の者たちだった。
「ちぇいやッ!」
腐蝕銀鎖の男は、一気に接近すると一番前を歩いていた兵士に斬りかかる。
まさか、腐蝕銀鎖の側から動くとは思わなかったのか、兵士は一瞬遅れるが剣で攻撃を防ごうとする。
キィンッと炎に彩られた戦場に涼やかな音が響き渡った。
しかし、腐蝕銀鎖の狙いはそれでは終わらない。剣を受けるために身を固くした兵士に迫る影があった。
まるで一番手の男の背に隠れるように、二番手の男が接近していた。
「どらぁあ!」
その狙いは、革鎧の腰と胴の隙間。そのわずかな隙間を縫うような突きを放つ。
バラモス伯爵軍の兵士は、革鎧の他にも鎖帷子を装備している。鎖帷子は斬撃には強いというのは少し間違いがあった。正確には、我慢できる形に怪我の種類を変えているに過ぎない。
鎖帷子は、その名の通り、鎖を編んで作られた防具だ。これを斬り付けると、剣の刃が肌に届かず、斬られることはない。だが、攻撃の威力そのものを多少は減じているが、無効化しているわけではないので、まるで鈍器で叩かれたような怪我になる。
戦場で斬られることはリスクが大きい。腹が斬られれば腸が飛び出し、腕を斬られれば腕を失うかもしれない。相応の怪我を負うかもしれないが、それらの致命傷を防いでくれるのが鎖帷子だ。
故に、腐蝕銀鎖の者たちにとって、鎖帷子を穿つほどの威力を持った突きが、攻撃の最適解になる。
ピキピキと鎖を破砕する音。
少しだけ威力が削がれるが、二番手の男が放った突きは、兵士の腹に叩き込まれた。
それを確認した瞬間、二番手の男が剣を無理やりひねり回す。傷を拡大しているのだ。
「うがあああああああああああああああああああああああ⁉」
はらわたを無理やり掻き混ぜられる兵士の、まるで咆哮するような悲鳴。
しかし、その隙をただ見ているだけのバラモス伯爵軍の兵士たちではなかった。
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