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043 火攻め

「チッ。おい、どうするクラウス爺さん? 相手は火矢を放ってきたぞお?」


 暗くなりゆく南スラム。その空を、まるで流星のように赤い火い光が走る。エデウス将軍の命令で放たれた火矢の群れだ。


 火矢の群れはコンッと軽い音を立てて、ジリジリと周りの粗末なバラック小屋を燃やし始める。


「ジャック殿、心配なされるな。対応済みですぞ。むしろ、遅かったくらいじゃ」


 クラウスの言葉を証明するように、バラック小屋に燃え移りそうな火に向かって、バシャバシャと水をかける者たちがいた。


「この近くには井戸が三つありましてな。そこから水を運ばせとります。とはいえ、時間稼ぎにしかならんでしょうな。ジャック殿には、火矢の射手を狙ってほしいのですが、可能ですかな?」

「誰に言ってんだよお!」


 そう言って、ジャックは弓を構える。その仰角は三十度ほどに。今までよりも遠くの獲物を狙っているようだ。


 もう日も暮れたと言ってもいい時間帯だ。肉眼で遠方の敵を狙うのは限界がある。


 ビィンッと弦が空気を切る音が響き渡る。


 ジャックの放った矢は、山なりに飛んで赤い火に向かっていく。


 そう。火矢を放とうと思えば、どうしても矢に火を着ける必要がある。その明かりは、暗がりにぼんやりと暗闇に浮かび、どうしても敵に居場所を知らせてしまう。


 そして、ジャックほどの射手に居場所を知られるということは、すなわち死を意味する。だが――――。


「ったくよお、多いんだよお!」


 敵の弓兵の数は多い。さすがのジャックをもってしても、そのすべてを討ち取るのには時間がかかる。そして、ジャックほどの腕がなければ、そもそも当たらない。必然的にジャックは敵弓兵の始末に拘束される。


 どんどん燃え広がり、明るくなっていく南スラム。そんな今まさに燃えているバラック小屋で、恐怖と闘っている男たちがいた。腐蝕銀鎖のファミリーたちだ。


「ぁ……」

「ぐ……ッ」


 だんだんと熱くなっていく体。赤く染まる視界は、彼らにあるトラウマを蘇らせていた。


 三年前にあった腐蝕銀鎖への襲撃事件。その際、ダメ押しとばかりに腐蝕銀鎖の縄張りは放火された。火矢による炎は、彼らにそのことを思い出させた。炎に焼かれる感覚は、大切なものまで燃やされる無力感は、彼らの心に深く刻まれている。本当は今にも叫び出して逃げ出してしまいたい。


 だが、それだけはできない。


 腐蝕銀鎖の者たちは、覚悟を決めて参戦しているのだ。下がれと言われるまで、ここを放棄するつもりはない。


 そんな彼らの燃えているバラック小屋の前を通ろうとするバラモス伯爵軍の一団があった。さすがに燃えているバラック小屋の中に腐蝕銀鎖の者たちが隠れているとは思わなかったのか、腐蝕銀鎖の者たちの存在に気が付いていない。


 絶好の奇襲チャンスだ。


 ジリジリと肌を焼く炎の痛みを無視し、彼らはその時を待つ。


 相手のバラモス伯爵軍の人数は十人。おそらく、十人で小隊を作っているのだろう。


 対するこちらの人数は五人だ。


 ならば、最初の奇襲で後ろの五人を倒す。その後、バラモス伯爵軍の逃げ道を塞いだ上で白兵戦だ。


 燃え盛るバラック小屋の前を一人、二人とバラモス伯爵軍の兵士が警戒しながら歩いていく。


 熱で白濁し始めた視界の中、腐蝕銀鎖の者たちはその時を待った。


 ――――そして、その時は訪れる。


 声をあげることもなく崩れ落ちるバラック小屋から飛び出した腐蝕銀鎖の者たち。全員が折って短くした槍を手に持ち、力いっぱい後方を歩いていたバラモス伯爵軍の小隊に襲い掛かる。


「なっ⁉」

「こんな所に⁉」

「がはッ⁉」

「そんな……⁉」

「ぁ……ママ……」


 槍は鎖帷子をも貫き、五人のバラモス伯爵軍を一気に無力化する。


 深く刺した槍を抜いている暇はない。そのまま槍はくれてやり、腐蝕銀鎖の者たちは腰の剣を抜いた。そして、驚いて振り返ったまま固まっているバラモス伯爵軍の背後から襲う。


「うらあああ!」

「ぶっ殺せ!」


 腐蝕銀鎖の者たちは、返り血を浴び、ひどい火傷も負っているが、意気揚々とバラモス伯爵軍の兵士に襲い掛かる。剣を腰だめに構え、背を向けている兵士を刺し貫く。


「ぐほッ⁉」

「こいつら、どこから⁉」

「アーッ⁉」


 革鎧を身に着けたバラモス伯爵軍の兵士たち。その隙間を縫うように突き立てられた剣は、鎖帷子をも貫き、兵士たちに致命傷を与えていく。


「くそッ!」


 中には反撃を喰らう腐蝕銀鎖の者もいる。だが、最悪でも相打ちに持ち込むという腐蝕銀鎖の者たちの気合が勝り、ものの数秒で十人の兵士が討ち取られた。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……ッ」


 だが、その華々しい戦果とは裏腹に、腐蝕銀鎖の者たちも限界だった。とくに反撃を貰った者の消耗が激しい。自力では立てないのか、膝を突いてしまった。


 その時、その場に新たに姿を現した者たちがいた。


 咄嗟に剣を構える腐蝕銀鎖の者たち。倒れている者でさえ、決して剣を手放しはしなかった。

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