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041 慈悲深い聖女

「フェイディ殿、こちらの地図をご覧くだされ」


 クラウスの言葉に、彼の弟子らしいカンデラが動く。


 カンデラはバッと敷物を広げるように床に地図を広げると、まるで自分を落ち着けるように小さく息を吐いた。そして、カッと目を見開くと、木の棒で地図を差す。


「この小屋がここになります。ここがハインドスクエアの南門。敵であるバラモス伯爵軍はここから来ます。おそらく、兵数は三千ほど。我々腐蝕銀鎖を挟み撃ちにする作戦です。ロッツ殿の報告では、教会も動いているとか。敵を倒す時は、確実に命を奪ってください」

「三千⁉ それと教会が!?」


 カンデラの言葉に喰らい付くように吠えるフェイディ。


「はい。こちらは一軍と三軍で当たることになりますが、厳しい戦いになることが予想されます……」


 カンデラがチラッと僕を見てから、重々しく頷く。


 なるほどね。ここ南スラムには、僕以外の治癒魔法の使い手はいなかったはずだ。だから、僕の治癒魔法がある程度アドバンテージになったはずだ。


 しかし、今回は治癒魔法を使える集団が、教会が敵に付いている。つまり兵数でも三倍近く負けているのに、治癒魔法の使い手の人数も負けている。


 しかも、それだけでも厄介なのに、こちらはまだ獅子心臓のアジトを攻略できていない。できれば腐蝕銀鎖の全軍で伯爵軍を迎え撃ちたいのに、そうすると獅子心臓に背後をさらすことになる。危険だ。


 長年、魔王軍にいた僕だからわかるけど、軍って崩壊すると一気に崩壊するし、一度崩壊した軍を立て直すのは至難の業だ。


「フェイディ殿、儂ら第一軍と第三軍は、このラインに布陣する」


 今度がクラウスが木の棒でこの小屋を中心とする小さな半円を引いてみせた。半径どれくらいかな……二十メートルくらいだろうか?


「バカな⁉ 近すぎる!」


 フェイディが吠える。


 そうだね。オーレリアを守ろうと思ったら、この倍は広く布陣した方がいいだろう。今のままでは、オーレリアが弓兵に狙撃される心配すらある。フェイディが驚くのも無理はない。僕としてもちょっと心配だ。


「だがな、フェイディ殿。相手はこちらの三倍強だ。教会の治癒魔法使いもいるぞ? 密集せねば、抜けられる。抜けられた場合、対処ができぬのだ。それに、近いことは悪いことだけではないぞ?」


 クラウスの視線が僕を捉えた。すると、クラウスを見ていたみんなの視線が僕に集まる。


「僕?」


 僕にできるのは治癒魔法と付与魔法くらいしかないけど……?


「その通りです、聖女様。儂は此度の戦争で確信いたしました。聖女様は比類なき治癒魔法使いです。それこそ、普通の治癒魔法使いが束になっても敵わないほどの」

「そうかな?」


 まぁ、ハッテンバロー大要塞では僕は一番の古株だったし、他の治癒魔法使いがダウンしても、僕はダウンしたことはここのところ記憶はない。


「うぅーん……」


 そして、僕はちょっと考えを巡らせてみた。


 ハッテンバロー大要塞の防衛人数は、だいたい一万から二万人くらいだったと記憶している。ニンゲンの攻勢が激しい時は、三万人はいたんじゃないかな?


 その治療のほとんどを僕は担ってきた。


 だって、他の治癒魔法使いは本当に魔力が少なかったんだ。それに、魔族の暴力もあった。僕はこれでもスライムだからね。種族的には打撃攻撃には強いのである。他の子たちは殴られてすぐに気絶していたからなぁ……。


 それもあって、僕は毎日くたくたになるまで治癒魔法を使ってきた。多い時は三万人の面倒を一人で見てきたわけだね。


 それを考えれば、腐蝕銀鎖の兵力はたった千人しかいない。それに、相手のバラモツ伯爵とやらの軍勢もたかだか三千だ。僕が生き抜いてきた戦場とは、文字通り桁が違うんだよね。


 そう考えれば、相手の治癒魔法使いの腕次第だけど、負けることはないんじゃないかな? というか、楽勝な気がしてきた。


「まずは、死なないことかな? 死ななければ、僕が治すよ」


 そうすれば理論上は兵の数は減らないし、これが続いているうちは負けることはない。なにより、兵隊という物理的な壁があれば、僕が襲われることはない。そのためにも、みんなにはぜひ死なずに帰ってきてほしい。そして、命ある限り僕を守ってほしい。


「聖女様……。それほどまでに我らのことを……!」

「なんと慈悲深いお言葉……!」

「お応えせねばなるまい!」

「聞いたな? 絶対に死ぬなよ! これは兵たちにも周知しておくのじゃ!」

「「「「「応!」」」」」

「あれー?」


 なんだかいきなり盛り上がってしまった腐蝕銀鎖の幹部たち。中には目に涙を浮かべて僕を祈っている者もいるくらいだ。


 なにこれ、こわい。


「聞きましたね? 死は負けだと思いなさい! 決して無理をせず、生きて帰ってきなさい! ジゼルの思いを無駄にしてはいけませんよ! では、行動開始しなさい!」

「「「「「はっ!」」」」」」


 オーレリアが指示を出すと、腐蝕銀鎖の幹部たちが動き出す。今回は幹部たちも戦闘に参加するらしい。総力戦だね。

お読みいただき、ありがとうございます!

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