038 魔法の高み
バーグの登場に驚いたのは、ファイリーたちだけではなかった。丸太を持った腐蝕銀鎖の男たちも驚いている。
それもそのはず。バーグは腐蝕銀鎖に入ったばかりの新参者だ。それに、これといって獅子心臓に恨みがあるわけじゃない。
そんなバーグが、なぜ自分たちを庇ってくれたのか。腐蝕銀鎖の男たちには不思議だった。
そんな彼らに向かって、バーグが零すように呟いた。
「ジゼルがね、誰にも死んでほしくないって言ったんだ」
「「「「「ッ⁉」」」」」
腐蝕銀鎖の男たちは、殴られたような衝撃を受けた。腐蝕銀鎖のファミリーの中で、ジゼルの名を知らないものはいない。その偉業を知らないものはいない。その奇跡を知らない者など存在しない。
「ジゼルのお嬢が……!」
「聖女様!」
「もったいねえ……!」
男たちは、ジゼルの治癒魔法を受けた者たちだった。男たちは、実に三年もの間もベッドの上で痛みに耐え、不自由な生活を強いられた。
だが、男たちが真に恐れたのは、自分たちが腐蝕銀鎖の重荷になっていることだった。自害を考えたことも一度や二度ではない。しかし、自害する力も残されてはおらず、ただただ腐蝕銀鎖の施しで生かされている自分が心底嫌だった。
それが、ジゼルのおかげで健康な体を取り戻した。なら、腐蝕銀鎖のために命を懸けて働く。それは男たちにとって当たり前のことだった。
だから危険な、死ぬ可能性もある任務に自ら志願した。
もっとも、志願者が多すぎて暴動が起きそうになったのだが。
結局、オーレリアがクジで選んだメンバーを選定した。自分たちが選ばれたその瞬間の喜びは、心が爆発してしまいそうだった。
これで、少しでも腐蝕銀鎖に恩を返したい。男たちの思いは一つだった。
だから、どんなに痛くても笑って耐えた。ベッド上で感じていた心が腐るような申し訳ない気持ちに比べれば、こんな痛みなど屁でもない。本気でそう思った。
男たちは、ここで死んでも本望だと考えていた。
だが、大恩ある恩人が、まさに自分たちに生きる活力をくれた聖女が生きろと言っている。死んでほしくないと願っている。
それを聞いて、男たちは涙が出てきた。
そして、涙を拭うことなく、男たちは一歩、また一歩と門へと向かっていく。
もう、死ぬための行進ではない。腐蝕銀鎖に勝利をもたらすために、生きるために自分たちの使命をまっとうするつもりだ。
そんな男たちに、また火球が迫る。
「ふんっ!」
だが、それに立ち向かう者がいた。バーグだ。
「閃光にできて、おいらにできないことはないんだな!」
もちろん、強力な魔法を真っ正面から迎え撃っているのだ。バーグも無傷では済まない。火球を殴った右腕は焼け爛れ、指もおかしな方向を向いていた。
しかし、その怪我も時間と共に治っていく。ジゼルの付与魔法、リジェネートのおかげだ。そして、バーグ自身は気が付いていないが、ジゼルの付与魔法、マジックバリアのおかげで魔法への抵抗力も上がっている。故に、ダメージが軽減され、そのダメージもすぐに治っていく。
「なんだってんだい! あいつは!」
そのことを認められないのが、自分の魔法に絶対の自信を持つファイリーだった。
ファイリーは、この弱肉強食のスラムで、魔法一本で生き残ってきた古参兵だ。
スラムでは、たとえ魔法の素養を持っていても、魔法を使える者は少ない。誰も魔法の使い方がわからないからだ。
その点では、ファイリーは天才だった。幼い時期に魔法と言う自分の武器の存在に気が付き、突き詰めてきた。
ファイリーの使う魔法は、ファイアボール。魔法の等級で言えばそこまで強い魔法ではない。しかし、魔法は使えば使うほど効率化され、その効果も飛躍的に上がっていく。おそらく、世界的に見てもファイアボールをここまで極めた魔法使いは片手で数えられるほどだろう。
しかし、そのファイリーのファイアボールをもってしても、バーグを倒すことができない。
ファイリーは知る由はないだろうが、今回は相手が悪かった。
それはバーグではなく、バーグに付与魔法を授けた存在――――ジゼルだ。
スライム。
一般的には弱者に属する魔物だろう。だが、ジゼルは突然変異であり、治癒魔法を使うことができる珍しいスライムだった。
そのジゼルが徴兵され、転戦を繰り返しながら、当時は丸太で作った即席の砦だったハッテンバロー大要塞を最初期から支え続けてきた。
その年数。実に七百年以上。
人間はおろか、長寿で知られるエルフですら到達するのは不可能なほどの領域に、ジゼルはいるのだ。
まあ、ジゼル本人はその事実に気付いていないのだが。
たかだか六十年、魔法を鍛え続けてきただけの人間には、決してジゼルの魔法を超えることはできない。
ファイリーはその事実に業を煮やしたのか、目一杯の魔力を注ぎ込み、バーグを倒そうとする。
気付かぬうちに身を乗り出して。
その瞬間、ファイリーの頭が消し飛び、集まっていた魔力が霧散する。
ジャックだ。
ジャックは弓を構え、虎視眈々とファイリーを穿つチャンスを窺っていたのだ。
「ったく、無茶しやがるぜえ」
そう言うジャックだったが、その目は何か眩しいものを見るような目でバーグを見ていた。
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