037 獅子心臓攻城戦
そのまま、どうと大通りに倒れ込んだマルトゥー。その顔は白目を剥いており、下顎が砕けて顔が短くなっていた。
完全に気を失っているのか、マルトゥーは口から血をダラダラと流しながらも、動く気配がない。
マルトゥーが放った必殺の一撃をジャンプで避け、その勢いのままフェイディの渾身のアッパーがマルトゥーの顎を砕いたのだ。
今までフェイディがマルトゥーをボディブローで攻め続けていたのは、マルトゥーの意識を右の脇腹に向けるため。マルトゥーの選択肢を潰すため。そして、痛みによって判断能力を奪うためだった。
その結果、マルトゥーは一撃でフェイディを倒すという勝負に出るしかなくなった。
しかし、勝負の一撃、会心の一撃を狙うというのは、隙が大きい。
フェイディはその隙を上手く使い、逆にマルトゥーを一撃で倒してみせたのだ。
「はぁ……」
フェイディがやり切ったとばかりに熱い呼気を放つ。
「そんな……」
「マルトゥーの旦那……」
「マジかよ……」
「さっすがフェイディの兄貴だ!」
「兄貴最強!」
はっきりと明暗の分かれる決闘の観客たち。
カランッと剣が地面に音が聞こえる。マルトゥーを応援していた者たち、獅子心臓の構成員が落としたものだった。その音に続くように、次々と獅子心臓の構成員たちが武装を地面に落としていく。
彼らの前には無傷のフェイディがいる。どう足掻いても勝てないことを悟ったのだ。
「抵抗しなければ危害を加えることはない」
フェイディのその言葉が、音を加速させる。
「ふぅ……」
フェイディが一息ついた瞬間、東の空の一点が赤く染まった。
「あれは⁉」
それはフェイディにとっては忘れられない魔法。炎魔のファイリーが操る火の魔法だ。
フェイディは三年前、ファイリーの魔法から仲間を、そしてオーレリアを守るために自らの体を盾にし、その結果、左腕を失った。体の自由を失った。因縁のある魔法だ。
「私は先に行く! 彼らは拘束しておいてくれ」
フェイディは急かされるような気持ちで獅子心臓のアジトへの道を疾走していった。
◇
獅子心臓のアジトの前。そこでは、まるで攻城戦のような光景が広がっていた。お互いに矢の応酬が始まり、まるで空に靄がかかったようにも見えた。
獅子心臓のアジトは、紅の雫のアジトよりもだいぶ戦闘に重きを置いた造りをしていた。紅の雫のアジトは花街の中にあり、その景観を崩さないように華美だったのに対し、獅子心臓のアジトはまるで要塞のようだった。
二メートルはある防壁に囲まれ、その防壁にも胸壁がある。その後ろにある館にも狭間があるのか、そこからも矢が飛んでいた。
状況は、六対四で攻め手側の、腐蝕銀鎖の有利といったところだろうか。
通常なら、このような鉄壁の守りを見せる要塞に対し、攻め手側はどうしても不利にならざるをえない。もともと防衛施設をフル活用できる防衛側の方が有利なのだ。攻城戦に際し、防衛側の三倍の兵が必要という試算もあるほどだ。
だが、それは攻め手側が普通の人間であった場合である。
「チクチクいてえな!」
「お前、なんかそういうモンスターみたいだぜ? ハリゴブリンとか」
「普通なら死ぬ怪我だぜ? それがいてえで済むんだから我慢しろよ!」
「死ななきゃ安い!」
「これも聖女様のおかげだ!」
「そりゃそうだ!」
「「「「「聖女様ばんざあああああああああああい」」」」」
それは異様な光景だった。
男たちは一応、粗末な盾で身を隠しているが、隠し切れない部分に矢が刺さっていく。普通なら、死なないまでも痛みで動けなくなってもおかしくない。だが、男たちは獅子心臓のアジトの門に丸太を持って向かって突き進んでいく。
獅子心臓のメンバーの顔が絶望に染まっていくその時だった。
「やれやれ、情けないね」
その小さな呟きは、怒声が響き渡る戦場でも異様に響き渡った。
「ファイリーさん!」
「ファイリーさん来たぞ!」
「お願いいたします、ファイリーさん!」
その深紅のローブを纏った老婆の登場で、異常なくらい獅子心臓のメンバーが明るい声を出した。その顔には、まるで地獄で仏を見たかのような笑顔が浮かんでいる。
「イーヒヒヒ、たしかに妙な連中だ。でも、あたしの魔法には耐えられるかねえ?」
ファイリーは胸壁の影から、獅子心臓のアジトの門に迫る男たちを見た。
そして、ねじくれた木の先に赤い宝玉の付いた杖を振りかぶる。
「消し飛びな!」
ファイリーが杖を振り下ろすと、腐蝕銀鎖の男たちに向かって一メートルはありそうな大きな火球が飛んでいく。
その火球によって男たちは燃えながら爆散する――――はずだった。
「なっ⁉」
ファイリーの予想よりも早く爆発した火球。
それを為した者は、巌のように縦にも横にも大きく、分厚い男だった。バーグだ。バーグが、普段の彼からは想像できないほど鋭い眼光でファイリーを睨み付ける。その右の拳は振り抜かれ、彼が火球の魔法を殴り消したことは明白だった。
「バーグさん⁉」
「まさか、お、俺たちを庇って……?」
「なんで、オラたちを?」
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