036 フェイディ対マルトゥー
「チッ……!」
獅子心臓の三巨人とも称される強者の一人、剛腕のマルトゥーは焦りを感じていた。
攻撃が当たらないのだ。
マルトゥーの相手はその体捌きの速さから閃光の二つ名を持つフェイディ。
マルトゥーとフェイディには少なからず因縁があった。共に同じく体術を駆使する拳闘士。どうしても意識せざるをえない相手だった。実際に何度も拳を交えてきた。
しかし、今日のマルトゥーは、もしくはフェイディはどこかおかしい。
たしかにフェイディの体捌きは速い。しかし、それでも攻撃を当てられる技術がマルトゥーにはあった。
あったはずだった。
「どうした、マルトゥー? 虫でもいたのか?」
「ッ!」
マルトゥーの攻撃が当たっていないことを挑発するフェイディ。その顔には余裕の表情が浮かんでいる。
実際、マルトゥーの攻撃は当たらないが、フェイディの攻撃は何発もマルトゥーの急所を貫いていた。
並の者なら一発で倒れるであろう一撃。それを七発も耐えている時点で、マルトゥーの異常さがわかる。
フェイディが速さに特化したとすれば、マルトゥーは破壊力に特化した拳闘士だ。分厚い筋肉の鎧は、フェイディの攻撃にも耐えている。
だが、それももう限界に近い。
フェイディの放った必殺の一撃。それらはすべてマルトゥーの右の脇腹に叩き込まれていたからだ。マルトゥーの右脇腹は鬱血し、まるで毒を盛られたかのように変色していた。
ジワジワと体力を蝕むボディブロー。骨こそ折れていないが、その痛みは筆舌しがたいほどだ。まだ気合で動けてはいるが、その動きはだんだんと鈍くなっているのは否めない。
フェイディは、一撃でマルトゥーを倒すことを諦め、最初から持久戦の構えだった。それはフェイディにとっては屈辱ではあったが、彼にとっての至上命題は腐蝕銀鎖に勝利をもたらすこと。個人の感情などとっくに投げ捨てている。
普通に考えれば、フェイディがマルトゥーを圧倒するなど考えられないだろう。
なにせフェイディは、今朝まで左腕を失い、歩くのも難儀していたのだ。
たしかに、ジゼルの治癒魔法でフェイディは左腕を取り戻し、自由に動ける体を手に入れることができた。
しかし、怪我を負ってから三年以上、フェイディは実戦はおろか、訓練すら満足にできない環境が続いていたのだ。
対して、マルトゥーは日々欠かさず己を鍛え続けてきた。
フェイディの体がたとえ全盛期の状態を取り戻したとしても、思考や戦勘は衰えているはず。
つまり、順当にいけばマルトゥーの勝利は動かず、フェイディには敗北しかない。はずだった。
その事実を覆したのが、ジゼルの付与魔法だ。筋力を上げるマッシブ。そして、傷付いた体をじわじわと回復するリジェネート。この二つが組み合わさり、フェイディは常人にはありえないスピードで成長していた。
マッシブのおかげで全盛期の時以上にスピードの出る体になったフェイディ。しかし、彼はまだ足りないとばかりに筋肉を酷使し、スピードを上げる。
しかし、筋肉を酷使すればするほど筋力が下がるのは否めない。
だが、ここでジゼルのリジェネートの魔法が効果を発揮する。
酷使し、フェイディの傷んだ筋肉を即座に回復するのだ。
筋肉は傷み、回復するときに強くなる。
これにより、フェイディは全盛期の以上に体が仕上がり、なおも進化を続けている。
マルトゥーという強者との戦闘で、かつての感覚を思い出し、フェイディは今なお全盛期を更新し続けている。
そんな進化の獣。フェイディに敗北する理由などなかった。
「そろそろ終わりにしよう」
「ぐ……ッ! ナメるなよお!」
体の調子を確かめるようにステップを踏むフェイディ。そんな彼を恨めしそうに睨み付けるマルトゥー。
「マルトゥーの旦那! やっちまえ!」
「そうだ! 旦那のいつもの一撃を見せてくれよ!」
「旦那……! 負けるなああああああああ!」
「フェイディの兄貴! やっちまってくだせえ!」
「兄貴! がんばれええええ!」
スラムの大通り、マルトゥーとフェイディの決闘を円を描くように見つめる獅子心臓と腐蝕銀鎖の構成員たち。彼らは二人の決闘を邪魔することなく、固唾を飲んで行方を見守っている。
たしかに、現状はフェイディの圧倒的有利だ。
しかし、剛腕の二つ名を持つマルトゥーの一撃が当たれば、すべてがひっくり返る可能性も秘めている。
激突の時を悟ったのだろう。歓声がどんどん少なくなり、やがて沈黙が場を支配する。
その時、動いたのはフェイディだった。まるで地を這うような低さで高速でマルトゥーに疾走する。
マルトゥーは応えるようにその右腕を振り上げる。その右腕は、フェイディを横からぶち抜くように、まるで円を描くように振り抜かれる。
「へぶッ⁉」
激突の結果。膝から崩れ落ちたのは、マルトゥーだった。その顔はまるで空を仰ぎ見るように上を向き、口からは水鉄砲のように血が噴き出ている。
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