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033 剛腕と毒虫

「こっちッス!」

「ああ」


 私、フェイディは、俊足のロッツの後を追って、スラムの小道を走っていた。


 ロッツはその強さではなく、速さで二つ名を得た稀有な青年だ。その頭の中には複雑なスラムの道がすべて入っていると言われている。


「ここ、入るッス!」

「おお?」


 ロッツに続いて建物に入ると、そこには部屋の影でうずくまっている子どもたちと、それを守るように身を張っている母親の姿が見えた。


「ロッツ! 今度通ったら、通行料貰うからね!」

「すませんッス!」


 たまに道ではなく断りもなく住居に侵入したり、道ですらない隙間を通って、最速でスラムを駆け抜ける男。それがロッツだ。


 おそらく、さっきの家は、ロッツが度々利用している近道なのだろう。


 なんというか、ロッツに道案内を頼んでおいてあれだが、いたたまれない気持ちになるな……。


 そんなことを思っていると、前を疾走していたロッツがようやく止まる。


 つまり、目的地に着いたということだろう。


「がんばってください、フェイディさん!」

「任せろ!」


 ロッツとハイタッチしてスラムの大通りに飛び出すと、及び腰になってズルズル下がっている腐蝕銀鎖のファミリーの姿が見えた。


 そして、そんなファミリーたちの向こう。そこには頭三つ分は大きい巨人の姿があった。剛腕のマルトゥーだ。そのマルトゥーを取り巻きとして、獅子心臓の構成員の姿も見える。


「フェイディさんだ!」

「おい、フェイディさんが来てくれたぞ!」

「フェイディさん、たのんます!」


 ファミリーの皆が、私の登場に一気に活気付く。


「ああ? フェイディだと?」


 その声に反応したのは、マルトゥーだった。


 マルトゥーの相手は、私がしなくてはなるまい。そのために、私は来たのだ。


 私は腐蝕銀鎖のファミリーたちの開けてくれた道を通って、マルトゥーの前に立つ。


 デカいな。私よりも頭二つは大きい。縦にも横にもデカい、筋肉質な肉厚な男だ。筋肉に自信があるのか、それとも単純に動きを制限されるのを嫌っているのか、マルトゥーは黒の革のホットパンツにグリーヴ、そしてナックルダスターだけを身に着けている。はたから見ると、かなり肌色面積が多い大男だ。


「お前、何者だ?」

「何?」


 満を持してマルトゥーの前に立つと、マルトゥーは困惑したような表情を浮かべて誰何してきた。


「オデは知ってる。閃光のフェイディは戦士としては死んだ、と。炎魔の婆さんの魔法から仲間を守るためにその身を犠牲にしたとな。腐蝕銀鎖は治癒魔法を受けることはできねえ。いや、もし治癒魔法を使ってもあの怪我から復活なんて無理だな。なのに、お前はフェイディにそっくりだ。どうなってやがる?」

「筋肉モンスターが、今日はえらくおしゃべりじゃないか」


 腐蝕銀鎖を復活させてくれた聖女、ジゼルのことは秘密だ。獅子心臓の情報網をもってすれば、もうすでに知っている可能性もあるが、自ら明かす必要もない。


「まあ、いい。もう一度、あの閃光のフェイディと闘える。それだけわかればいい」


 マルトゥーは考えることを放棄したのか、右手を上に、左手を下に、独特な構えを取る。なんだか懐かしさすら感じるな。


「一つ、言っておこう」

「おう?」

「今の私は絶好調のさらに上だ。私の拳に付いてこられるかな?」


 その言葉を最後に、私とマルトゥーの戦闘が始まった。



 ◇



 俺は毒虫のタンゴ。毒虫という二つ名は最初こそは悪口のようで嫌だったが、今はなんとなくしっくりきている。


 毒虫に殺されるお前らは、虫以下の存在だと嗤えるようになったからかもしれない。


 そんな俺の視界は、薄い紫色に色付いていた。俺が撒いた毒のせいだ。


 俺は自分の周りの空気中に毒を撒き散らし、相手が勝手に自滅するか、弱るのを待ってから止めを刺せばいい。俺にとって戦闘とは作業でしかなく、事前に自分がいかに毒に強くなるか、体を慣らすことができるかが勝負のカギを握る。


 まあ、このスラムで毒虫すら食って飢えをしのぎ、しぶとく生き残った俺に、毒の耐久勝負で勝てる者などいない。その時点で、俺は最強だ。あの炎魔や剛腕すら、俺の足元にも及ばない。


 おかげで今は、ただの孤児だった俺が獅子心臓でいい暮らしをしてる。


 スラムでの唯一の掟があるとしたら、それは弱肉強食に他ならない。


 この毒のフィールドが完成した今、俺に勝てる者などいない。


「げはッ! ごはッ!」

「ぜひッ、ぜひッ」


 俺の守る通路で、また俺の毒を吸い込んで、そのまま倒れて体を痙攣させている者がいる。腐蝕銀鎖のバカな奴らだ。あとはロクに動けないこいつらに止めを刺していく簡単な作業――――。


「あれ? おら、平気だ?」


 俺の毒のフィールドの中で、本人の言う通りピンピン動いてる奴がいた。


 そんなバカな! この毒のフィールドは、俺の耐えられるギリギリまで毒性を強めたものだぞ⁉ 俺以外に耐えられるわけが――――。


「俺もだ」

「なんでだろうな?」

「よくわかんねえが……!」


 よく見れば、俺の毒のフィールドの中でも動いている腐蝕銀鎖の奴らが何人もいやがる⁉


 そして、その目は鋭い輝きを放って俺を見ていた。


「ひッ⁉」


 勝手に喉の奥から悲鳴が漏れる。


 俺は最強だ。だが、それは毒に対して最強なのであって、対人戦の経験は……ない!


「おらあ!」


 頭をぶん殴られる感覚。久しく感じていなかった感覚に、俺は意識を手放してしまった。

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