030 紅の雫の終焉
「こいつが、紅の雫の頭の首です。ご確認くだせえ」
オーレリアとクラウスの前に献上されたのは、恐怖の表情が張り付いたまま死んでいる死体の頭部だった。
魔族たちも倒したニンゲンの頭部を持ち帰るという不思議な風習があったけど、どうやらニンゲンにもこの奇妙な風習はあるらしい。
「サムの首のように見えるけど、クラウスはどう思う?」
「十中八九サムですな。こいつは自分で戦っていたか?」
「いいえ、部下に指図するだけで、自分では戦ってなかったですね。戦ってみたら弱いのなんの……」
クラウスの問いかけに、どうやらこのサムという個体を倒したらしいニンゲンが自慢げに答える。
「デカいのは口だけのサムらしい。総長、この首はサムのもので間違いないと見てよいかと」
「そうね。ここに、腐蝕銀鎖の裏切り者、サムの討伐完了を宣言します!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
オーレリアの宣言に、近くにいたニンゲンたちが雄叫びをあげて応える。
「この首は、砕いて犬の餌にでもしてしまいなさい」
「へい! 仰せの通りに!」
どうやらオーレリアは、このサムのことが嫌いのようだね。腐蝕銀鎖の裏切り者って言ってたし、因縁のある相手だったのかもしれない。
でも、その因縁が今日で片付いた。オーレリアは天を見上げて、まるで祈るようなポーズを取る。それを見て、他のメンバーも祈るような仕草をする。
これで、オーレリアの悲願の一つが叶った形だ。思うところがあるだろう。
でも、そんな感動的な場面であろうと、時間は待ってくれない。
「総長、獅子心臓への対処に移りますが、よろしいでしょうか?」
「ええ! みんな、たしかにここに裏切りの処刑は終わった! だが、我らの悲願はこれで終わりではない! すでに疲れているのはわかっている! 辛いのもわかっている! 傷付いたものもいるだろう! だが、もう一踏ん張りしてもらいたい! これから、この南スラムの命運を分ける戦争がある! 相手は数年前、お父様を暗殺した卑劣な獅子心臓だ! そのノミのように小さい心臓を探し出し、銀の杭を打ち込むのだ! 思い知らせてやる! 奴らに腐蝕銀鎖の名をもう一度刻んでやる! もう二度と刃向かわないよう、徹底的に躾てやれ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「やってやる! やってやるぞおおおおおおおおおおお!」
「夢にまで見た、この時がついにやって来たか……!」
「総長……。ご立派になられて……」
「ありがとうございます、聖女様!」
オーレリアの演説を聞きながら、僕はせっせと怪我人を治療し、彼らに付与魔法をかけていた。
これから、腐蝕銀鎖と獅子心臓の戦争が始まる。
つまり、今はニンゲン同士がぶつかるチャンス。この機会にできる限り階位上昇をしてしまいたい。
「兵を集めろ!」
クラウスの野太い声が響き渡る。
「伝令! 伝令を呼べ!」
「馬も使え!」
「馬乗れる奴はいるか?」
「俺が!」
「いや、俺が行く!」
「おらもいけるぞ!」
「「どうぞ、どうぞ!」」
「何なんだよ⁉」
人がものすごい勢いで動き出す。
僕はそんな人々に手当たり次第に付与魔法をかけていた。
「兵の指揮は、引き続きクラウスに任せます!」
オーレリアの指名に、クラウスはかしずいて答える。
「ご信任いただきありがとうございます! 一番隊! お前たちは本陣の場所を押さえる! 二番隊は一番隊に続け!」
「花街の各地に散らばった三番隊はどうなさいますか、クラウス先生?」
「三番隊の集結はどうせ間に合わん。伏兵として使う」
「かしこまりました!」
クラウスの指示が飛び、いよいよ人が動き出した。
僕は一番隊、二番隊と呼ばれていたニンゲンたちを中心に付与魔法を発動していく。
彼らはこれからこの場を離れ、獅子心臓と戦闘するだろう。
その時、きっとニンゲンを殺すに違いない。
その時、僕は階位上昇できるかどうか。それが階位上昇の条件の判明に役立つかもしれない。
「ジゼル、来て」
「うん」
せっせと付与魔法を発動していると、オーレリアに呼ばれてしまった。
振り向くと、オーレリアが険しい表情で紅の雫の屋敷を見ている。
「これから、紅の雫の屋敷の地下牢獄に行くわ。おそらく、陰惨な光景が広がっていると思うから、ジゼルは――――」
「僕も行くよ」
陰惨な光景なんて見飽きるほど見てきてるんだ。完全に僕にとっては今更な配慮である。
それに、娼婦のニンゲンたちにも約束したしね。おっかさんと呼ばれる個体、エリザベートを助けると。
でも、もう死んでいる可能性もあるし、その場合は運がなかったと思って諦めてほしいかな。さすがの僕も死者蘇生はできない。
「覚悟は、いいわね?」
「うん」
「行くわよ」
僕はオーレリアに続く形で紅の雫の屋敷の中に入った。
屋敷の中は、ぐちゃぐちゃだった。
たぶん、豪華な屋敷の内装だったのだろう。でも、飾られていただろう壺は割れ、絵画には血がべったりと付着している。壁にはいくつも刀傷が走っていた。
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