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029 凶報と紅の雫の終わり

「いった⁉ くねえ……?」

「傷も勝手に治ってくぞ!」

「いつもより調子がいいぜ!」

「これが、聖女様のご加護……!」

「すっげー! 俺たちゃやれるぜ!」

「聖女様ばんざあああああああああああ!」


 紅の雫の屋敷から、なんだか元気な声が聞こえてくる。屋敷に突入した腐蝕銀鎖のメンバーたちだろう。


 僕は、この場にいた腐蝕銀鎖のメンバーたち全員に付与魔法をかけていた。


 彼らは今、命のやり取りをしているはずなんだけど、その声には余裕というか力がある。優勢な証かな?


「なんだこいつら⁉」

「斬っても斬っても向かってきやがる⁉」

「ゾンビかよ!」

「人間じゃねえ!」

「バケモノだ!」

「ダ、ダメだ! 逃げろ!」

「待て! 逃げるな! 戦え!」


 逆に情けない声も同時に聞こえてきた。おそらく紅の雫の構成員の声だ。その声には怯えや恐怖がありありと籠っている。


 そして、僕はとても上機嫌だった。


 だって、もう三回も階位上昇を経験していたのだ。これはかなりのハイペースだと思う。


 やっぱり、付与魔法をかけたのが、戦闘に参加している判定になったのだろうか?


 それとも単純に近い場所でニンゲンが死んだから?


 原因はわからないけど、百年以上生きてきて初めての経験に、僕は胸を躍らせていた。


 これからは、戦闘が起こりそうになったら、とりあえず付与魔法を使おう。


 僕は心にそう固く誓った。


「地下牢への道、確保できました!」


 密かに誓いを立てていると、走ってきた男が報告するように叫ぶ。


「総長、準備はよろしいですかな?」

「もちろんよ!」


 どうやらクラウスとオーレリアの二人は、地下牢に用があるようだ。


 地下牢といえば、娼婦たちに頼まれたエリザベートも地下牢にいるんだっけ?


 じゃあ、僕も行かないとね。


「僕も行くよ」

「ジゼル、あなたは安全が確保されてから――――」

「報告! 報告があります!」


 その時だった。まだ若そうに見える男が、背中に三つも矢を生やして駆けてきた。


 しかも、屋敷の方からではなく、花街の外側の方からだ。


 その足取りはフラフラで、しかし、強い意志を感じさせる顔をして懸命に走っている。


 でも、もう少しというところで倒れかける男。


 その時、クラウスは素早く動いて、男を抱きかかえる。


「げはッ、はぁ……、はぁ……」


 走ってきた男の顔は青く、苦しそうな息使いで、口から血も吐いている。たぶん、矢が肺に刺さっているのだろう。


「お前は何だ! 自分の務めを果たせ!」


 そんな今にも死んでしまいそうな男に、クラウスは大声で怒鳴った。


 その言葉が届いたのか、焦点が合っていなかった男の視線がクラウスへと向く。


「ほ、報告! 獅子心臓、動き、あり! 兵がこちらに……! 防衛、を……」


 伝令だったのだろう。男は振り絞るような声で報告する。その声は震えていたが、必死に伝えようと血を飲み込んで叫ぶ。


「ご苦労! よく知らせてくれた!」


 クラウスが労うと、伝令の男は一瞬だけ笑顔を浮かべて――――。


「早く矢を抜いて。治癒できない」

「おうよお!」

「あぎゃああああああああああああああああああああ⁉」


 ジャックがクラウスから奪うように伝令の男をひったくると、バーグが手加減なしに伝令の男の背中に刺さった矢を三つともズブズブと抜いていく。


 矢には返しが付いてるからね。実は刺さった時よりも抜くときの方が痛い。


 さすがに失いそうだった意識も飛び起きたのか、伝令の男の悲鳴が周囲に響き渡った。


 その瞬間、僕は治癒魔法を発動して伝令の男の傷を治す。


「あれ? 痛くない……? あ! 聖女様! 聖女様が治してくだすったんですね! おかげで命拾いしました! いやあ、我ながらもうダメかと思いましたよー」


 先ほどまで死にそうだった伝令の男は、今や元気に立ち上がっていた。


「あー……うん。それじゃあ、詳しい話を聞かせてくれんか……?」


 なぜだかクラウスが妙にしおらしかった。


「はい! 我々が見張っていた獅子心臓のアジトですが、動きがありました! 武装した人を集めていたので、どこかを襲撃するものと思われます!」

「この期に及んで値千金を狙う意味は獅子心臓にはない。狙いはおそらく、ここでしょうな」

「どうしますか、クラウス? 一度腐蝕銀鎖の拠点に戻りますか? 業腹ではありますが、ここには娼婦たちもいますし、このままでは挟み撃ちに――――」

「いえ! 向こうがやる気なら好都合。このままこちらから攻めてやりましょう」


 オーレリアの心配の言葉を否定し、強気な発言をするクラウス。


 でも本当に大丈夫なのかな?


「えぇ⁉」

「それって、間に合うの?」


 僕と同じく不安を感じたのだろう。オーレリアが驚き、バーグが疑問を投げかける。


「間に合わせるしかありませんな。幸い、地下牢は解放できたようですしの。思いのほか頑強な抵抗で手古摺りましが、聖女様のおかげで我が軍は士気も高い。いけます」

「敵の頭、討ち取ったりー!」


 クラウスの判断を後押しするように響く勝利の雄叫び。


 頭というのは、紅の雫の当主のことだろう。当主が討たれた以上、紅の雫の残党も無駄な抵抗はしないんじゃないかな?


 これで少なくとも挟み撃ちという最悪の展開は防げた。


「わかりました。クラウス、あなたの判断を信じましょう!」


 そう決断を下すオーレリア。その目はもう覚悟が決まっているようにまっすぐに花街の向こうを見つめていた。

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