024 動き出す歯車
「これからは、お姉様が守ってあげるからね」
「ありがとう?」
「ほらほら、お姉様って呼んでみなさい」
「お姉様?」
「むふー!」
オーレリアが興奮したように僕に後ろから抱きついてきた。まるで、椅子に拘束されている気分だ。
「爺、クラウス、このことは腐蝕銀鎖のみんなに周知しておいてね!」
「かしこまりました」
「御意」
爺とクラウスと呼ばれた老いたニンゲンが頷く。
ニンゲンたちの様子を見てみると、僕がオーレリアの妹分になることに対して反対意見はないようだ。嫌悪の表情を浮かべている者もいない。
逆に、ジャックは面白いものを見たと言わんばかりにニヤニヤしていて、バーグは小さく拍手していた。
でも、当の本人である僕自身が、妹分の意味がよくわかっていなかった。後でジャックとバーグに訊いてみよう。
「ジゼルを呼んだのは、みんなへの紹介と、もう一つ重要な用があるの」
「何かな?」
「ジゼルの残りの魔力量を教えてほしいのよ」
「残り? もう全快してるけど?」
「……はい?」
見なくても、オーレリアが絶句しているのがわかった。
他のニンゲンを見ると、やっぱり驚いている。というか、驚きを通り越して驚愕している。
うぅーん。どうやら僕の治癒魔法の実力は、ニンゲンたちから見たら規格外みたいだ。
でも、考えてみれば当然なのかもしれない。
だって、ニンゲンの寿命って百年いかないくらいなんでしょ?
じゃあ、どうやっても僕レベルの治癒魔法使いなんて生まれないんじゃないかな?
実力を過小評価して伝えてもよかったかもしれない。でも、もう散々見せつけた後だからなぁ。今さらだね。
「あんなに治癒魔法を使って、皆を助けてくださって……。普通は魔力が枯渇しても不思議ではないのでは……? それなのに、魔力が全快している……? もしや……!」
「クラウス先生、何か知っているのですか?」
「うむ……。儂は魔法を使えぬ身故、本当かどうか定かではないのですが、魔力の回復するスピードには個人差があるのだとか……」
クラウスと呼ばれた人間が、まるで僕を見極めようとするような目で見てきた。
クラウス先生と呼ばれているし、もしかしたら、このニンゲンは知恵者なのかもしれない。
でも、その知恵者の魔法の認識がこの程度だなんて、もしかして、ニンゲンって魔法に関して無知なのかな?
「個人差はあるよ。僕は……早い方なんじゃないかな?」
「やはり! 総長! これは天啓ですぞ! 花街の営業は主に夜。今ならば、犠牲少なく制圧できるやもしれません!」
いきり立ってオーレリアに叫ぶクラウス。
そんなクラウスに対して、オーレリアが頷く気配がした。
「指揮はクラウスに任せます! 紅の雫を殲滅するのです!」
「了解しました! 忙しくなる。カンデラ、お前は各所に連絡に走れ!」
「はい!」
「各々方! 戦ですぞ! 戦支度を!」
「「「「「おう!」」」」」
一気に活気づいた会議室の中。
みんなが忙しく走り出すのを見ながら、僕は気が付いた。僕を抱くオーレリアの腕は微かに震えている。
おそらく今回は、オーレリアが腐蝕銀鎖の総長になってから初めての抗争だ。負けたらオーレリアの器が問われるかもしれないし、たとえ勝ったとしても、完全に負傷者がいない勝利などありえない。
オーレリアの性格だったら、たぶん自分の命令で腐蝕銀鎖の構成員が死ぬかもしれないことを恐れているのかもしれない。
でも、僕の存在を忘れてもらっては困るな。
だから、僕は微かに震えるオーレリアの手を握る。
「ジゼル……?」
「大丈夫」
もしかしたら、僕でも助けられない命もあるかもしれない。
それでも、僕は大丈夫だと言おう。
今のオーレリアは、いわば軍を率いる指揮官だ。たしかに軍の損害と、それによって手に入れたものが本当に見合うものなのかを常に考えなくてはならない。
でも、そもそも犠牲なしで何かを手に入れようというのが無理なのだ。
それが、スラムでの地位ならなおさらね。
僕はスラムの抗争がどんなものなのか知らない。でも、抗争というからには犠牲は付きものだろう。
その犠牲を最小限にするのが、僕の仕事だと理解している。
いわば、僕は傷病者にとっての最後の砦だ。
「大丈夫だから」
だから、僕は何度でも言おう。
僕がオーレリアの大切なものを治すよ。僕にはそれしかできないからね。
だって、嬉しかったんだ。
治療したニンゲンにお礼を言われると、心がほわほわした。
そして、オーレリアは、天涯孤独な僕に家族と言ってくれた。妹分と言ってくれたんだ。ご飯も準備してくれたし、豪華な部屋や服もくれた。過剰なくらい良くされていると自分でも感じている。
じゃあ、その好意に報いないとね。
「ありがとう……!」
オーレリアがギュッと後ろから僕を抱きしめてきた。
「うん。大丈夫にするよ」
だから、オーレリアを泣かせることは許さない。
僕がオーレリアの笑顔を守るんだ!
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