017 壮絶なる勘違い
乾杯の音頭を取った私、オーレリアは、テーブルから下りると椅子に座りなおした。
すると、爺がササッと私がテーブルに付けてしまった靴跡を拭いてくれる。まったく、よくできた使用人が持てて私は幸せ者ですね。
幸せといえば、ジゼルとの出会いが一番の幸せ、幸せというよりも奇跡といってもいいかもしれません。
そう思って隣の椅子に座るジゼルを見て、私はハッとしました。
なんと、ジゼルがまるで検分するような視線でくるくる回したワイングラスに視線を落としていたのです。
その姿は、ジゼルの神秘的なまでの美しさと相まって、まるで天使がワインのできを確認しているようでした。
今日開けたワインは、亡きお父様のコレクションの一本です。
私も少しは齧っていますが、ワインの本質的な部分がわからない未熟者です。
そんな私がお父様のコレクションに手を出してしまってもいいのか悩みました。ですが、この腐蝕銀鎖の復活という日に、総長である私が安酒を飲むのはいかがなものかと考え、お父様のコレクションから一本爺に選んでもらいました。
そのワインを、まるでジゼルは慣れたものだと言わんばかりに緊張感もなく検分しているのです。
その光景は、まるで頭を殴られたような衝撃を私にもたらしました。
おそらく、ジゼルはこのワインの価値をある程度わかっている。そして、それがわかる程度には高級なワインを飲み慣れている!
ジゼルの格好をよく見れば、まるで一枚の布しか持ち合わせていません。
そう。ジゼルの出自を証明するようなものが、示唆するようなものが何一つないのです。
それでいて、高級なワインを飲み慣れているような仕草。
そのギャップが恐ろしい!
スラムでは、相手の素性を探るのはご法度とされています。
それは、このスラムにいる者は、脛に一つや二つの傷があるのが当たり前だからというのもありますが、実はもう一つあることを私は知っています。
それが、高貴な生まれの者に対する罰。
高貴な生まれの者にとって、人間界の最底辺であるスラムで生活することなど憤死物の侮辱だからです。
もしかしたら、ジゼルは高貴な生まれなのでは?
そして、ジゼルの実家が政争に敗れたのか、ジゼルにはスラム行きの罰が下される……。
すべては私の妄想ですが、そう間違ってはいないのではないでしょうか?
ジゼルが次にワインの香りを嗅いだ時、私の妄想は確信へと傾いていきます。
やはり、ジゼルは高級なワインを飲むのに慣れている!
慣れていない者は、まずワインを飲むでしょう。ワインは飲み物なのですから当たり前です。
そうではなく、ワインの色や香りを楽しめる。それだけの教養をジゼルが持っていることの証明に他なりません。
そして、味わうようにゆっくりとワインを飲むジゼル。
ジゼルは、ワインを楽しむ際の教養を持ちながらも、何らかの理由でスラムに落とされてしまった少女なのだと感じました。
そういえば、ジャックとバーグもジゼルがスラムに慣れていない様子だったと証言していますし、スラムの者でもしないような、変な格好です。
そして、ジゼルを語る上で欠かせないのが、その治癒魔法の腕です。
これだけの腕があれば、教会もジゼルを欲するはず。
しかし、ジゼルは教会に送られることなくスラムに落とされた。
教会で生かされることよりも、スラムでの悲哀に満ちた死を願われた少女。
私はスラムの情報には詳しいですが、貴族同士の関係などには詳しくありません。
もしかしたら、ジゼルは最近廃された貴族のご令嬢なのかもしれません。
でも、いったいどんな罪をおこなえば、こんな少女がスラム送りという重罪になるというのでしょう。
そして、そんな重罪を犯したとすれば、ジゼルの家族がどうなったかなど想像するまでもありません。
「ぁ……」
私は、ジゼルがいつも笑わないことに気が付いていました。笑わないのではなく、笑えないのでは?
家族が処刑されたとしたら、それは笑えなくなると思います。笑いたいのに笑えない。これはとても辛いことです。
そして、それは家族のすべてを暗殺された私にも覚えのある感情でした。
その時、私はジゼルを無性に抱きしめたくなりました。
今までのは、すべて私の妄想です。本当はまったく違うかもしれません。
でも、このジゼルというスラムに不慣れな少女を守りたいと、守り抜きたいと心から思いました。
元からジゼルはこのどうしようもない機能不全に陥っていた腐蝕銀鎖を復活させてくれた大恩人です。恩人に報いるのは当たり前です。
ですが、恩人だとか総長という立場を超えて、ジゼルが愛おしくなりました。守ってあげたいと思いました。
私が、私たちがジゼルを守る盾になる。
腐蝕銀鎖とは、銀さえ錆びるようなスラムで、それでもなお千切れない銀鎖を、人の繋がりを示します。
ジゼル、私たちの銀鎖は、何があっても千切れませんよ。
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