012 治療魔法を使っていくー
そこは、このスラムの中でも一層死臭に満ちた場所だった。
もしかしたら、スラムに漂う死臭の原因はここなのかもしれない。
そう思ってしまうほど、ここには濃い死の臭いが満ちていた。
「初めての者なら顔を顰めても仕方ないと思うのだけど、あなたは平気そうね?」
「うん」
慣れてるからね。
そこは、腐蝕銀鎖の屋敷の裏に当たる場所。一応家と呼べるようなものから、バラック小屋、バラック小屋とさえ呼べないようなボロボロの建物まで、いろいろな建物がある場所だった。
共通点を挙げるとするなら、どれも焼けたような跡があることだろう。たぶん、大きな火事でもあったんじゃないかな?
数年前に抗争があったみたいだし、その時に火を放たれたのかもしれない。
火事に遭ったというのに、まだここには人が住んでいるらしい。濃い死臭が漂っているのもそうだけど、時折、苦しそうな咳の音や、ゼヒゼヒというもうすぐ死ぬ者特有の呼吸の音が聞こえてくる。
他にも数多くの息遣いが聞こえる。全員が全員傷病人というわけじゃないだろうけど、ここには多くのニンゲンが生活しているらしい。
そんな場所に案内したのは、オーレリア自身だった。彼女も慣れているのだろう。濃い死臭を前に嫌な顔をしなかったのが印象的だった。
そんな彼女の後ろに控えているのは、全快したフェイディだ。彼は動けるのが楽しいのが見ればわかるほどだった。小刻みにステップを踏んでいるし、虚空に向かってジャブを打ったりしてる。
そんなフェイディにオーレリアは苦笑し、ジャックとバーグも仕方がない奴だと言わんばかりに笑っている。
「こっちよ」
オーレリアに案内されたのは、比較的立派な家の部類に入る場所だった。
「覚悟してね、ジゼル。ここには特に重傷な者たちが集められているから……」
「うん」
フェイディが家の玄関のドアを開けると、一層死臭が強くなった気がする。
もう何人かは死んでるんじゃないだろうか?
そんな感想まで浮かんでくるくらいだ。
「ここね」
家に入ってすぐの部屋。その部屋のドアを開けるフェイディ。
オーレリアはすぐに部屋の中に入っていく。僕も遅れずについていく。
その部屋はギッシリとベッドが並べられ、傷病人と思われるニンゲンが所狭しとベッドの上で横に並べられていた。
部屋のニンゲンはオーレリアに気付いたのか、それともたまたまなのか、小さく呻き声のような声をあげる。
そして、オーレリアは一つのベッドに近付いていく。
僕の見たところ、今にも死んでもおかしくないような状態の老いたニンゲンだ。
老いているから、元々体力がなかったのだろう。火傷のようだが、自然治癒では回復せず、少しずつ悪化の一途をたどっているように見えた。
包帯が巻かれているようだが、その下の腐った肉を狙って、ハエが飛び、蛆虫が蠢いている。
両手が肘から欠損し、化膿しているのか、黄色い膿が包帯を汚していた。
「爺、来たわよ?」
「ゼヒッ。お、じょ……」
その老いたニンゲンは、オーレリアの言葉に反応して口を動かす。たぶん目も見えていないのだろう。白濁した瞳には何も映していないようだった。
「ジゼル、治せる人だけでいいわ。できる限りの人々を救ってあげて」
「うん」
じゃあ、この部屋の全員を治しちゃおうかな。
「えい」
その瞬間、包帯を突き破ってニンゲンの両腕が生える。その両眼にも光が宿り、筋肉の盛り上がりで包帯がミチミチになっていた。
「はい?」
その光景を一番近くで見ていたオーレリアが、目を丸くしていた。
「見える? お嬢様が見えますぞ! おぉお⁉ しゃべれる! 腕がある! いったいどんな奇跡が? もしや、私は天寿を全うしたということでしょうか⁉」
「痛く、ない? 何でだ? うお! 足が生えてる!」
「なんだあこりゃあああああああああ⁉」
部屋の中が一気に騒がしくなる。
オーレリアが案内したということは、このニンゲンたちは腐蝕銀鎖の関係者なのだろう。
腐蝕銀鎖は教会の治療が受けられないと聞いた覚えがある。
ということは、このニンゲンたちにとって、これが初めての治癒魔法になるのかもしれないね。じゃあ、驚くのも無理はないのかも?
自分の体の調子を確かめるために、ベッドから跳ね起き始めたニンゲンたち。
部屋の中には歓声が響き渡り、そこにあったはずの重苦しい空気はどこかに飛んでいってしまった。
「一気に全員を⁉」
「この人数だぞ⁉」
「すっげーなあ!」
「本当にすごいね!」
そんなニンゲンたちを見て、オーレリアたちが驚愕していた。
まぁ、今にも死にそうだったニンゲンたちが、いきなり動き始めたら異様に映るかもしれない。治癒魔法を知らないニンゲンからみたらなおさらだ。
「これでいいの?」
「想像以上ですわ……! 爺、私がわかる?」
「もちろんですとも。記憶にあるお姿から成長されていますが、私がお嬢様を間違えるなどありえません!」
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