最終話 黒騎士ユタカと魔王リスドォル
結婚式と言っても、日本よりよっぽど簡略化した、誰でも参加可能なパーティーだ。
通貨の概念が魔界にはないので、参加者は食材を持ち寄る。
別に食材じゃなくても魔石や植物でも、古着とか本でも何でもいいけど食材が集中する。
何故かと言うと事前に持ち寄りを試した時に、食材をイーグルお手製の料理として出したら人気になったのだ。
ファムエールもイーグルに教えられたのか、料理の腕前が格段に上がっていて調理場で働いている。なんだかんだこの二人も上手くいってるようで良かった。
式の上での進行らしい進行といえば、誓い口付けと指輪交換の儀式のみで、後はただ飲み食いする。
儀式開始時間しか知らせておらず、その時間以外は常に城内はパーティー状態だ。
俺は今、儀式まで城内を歩いて知り合いと話したりしていた。
「お~でっけぇ調理場いいな~! 俺も働こうかな」
「先生! 先生はユタカさんと魔王さんの賓客なんですから!」
デュラムが調理場に入りたそうなのをジンが必死に止めていたので、俺はイーグルに話をつけてきた。
「デュラム、好きなタイミングで調理場に行ってもいいぞ。人手は嬉しいってさ」
「マジで!? じゃあメインの儀式が終わったらそっちに行かせてもらおうかな」
「ユタカさん、いいんですか? 大切な結婚式なのに退席するなんて」
ジンが心配してくれている。本当にしっかりしてるな、まだ小学生の年齢なのに俺より大人だ。
「大切なのは結婚式じゃなくて、この空間の良さを知ってもらうことだからな」
「空間の良さ、ですか?」
「これから広めたい事がさ、堅苦しくて面倒なものだったら誰もやりたがらないだろ? 結婚式は楽しくて、自由で、幸せな事だって思ってもらいたいんだよ」
「なるほど、勉強になります」
ジンは真面目な表情で頷いて、しっかりメモまで取っている。
デュラムはそんなジンを撫で、嬉しそうに歯を見せて笑った。
まだまだデュラムは我が子の成長を見守る親の目だが、これからどう変わっていくのやら。
「ジンも好きに行動してもいいからな? 遊んでもいいし、デュラムと一緒に調理場に行ってもいいぞ」
「いえ、俺は結婚式についてよく知っておきたいので、式場で最後まで見ていたいです」
そうだな、いつかデュラムとの結婚式のためにチェックしておきたいよな。
二人はもう少し料理を食べたいからと皿を取りにテーブルへ戻っていった。
「やあユタカ」
「今日はご招待ありがとうございます」
俺の前に、めちゃくちゃキラキラした王子様二人が登場した。
フランセーズとテリアが並ぶと、平民の俺と次元の違いを感じる。
そしてテリアの腕の中には、まだ喋る事も歩く事もできない赤ちゃんが抱かれていた。
「生まれたばっかなのに連れてきて大丈夫だったのか?」
「僕達の側以上に安全な場所なんてありませんからね」
その通りだけど。
無理に参加しなくてもいいと言ったんだけど、二人は参加自体をやめる気はなかったみたいだ。
二人にとって負担になっていないのであれば素直に嬉しい。
「ちょっとユタカ、産んだばかりの僕の心配もしてよ」
「フランセーズもお疲れ様。なんかあったら無理せずにすぐ言えよ、休む場所は沢山用意してあるからな」
「うん、ありがとう。気を付ける」
全て回復できるから心配無用とばかりに尖っていたフランセーズもかなり変わった。
テリアが甘やかしてくれたお陰か、人への甘え方がわかるようになったみたいだ。
前はお兄ちゃんみたいだったけど、最近は弟みたいに感じる時がある。
「さっき闘技場の神を見てきたんだ」
「レジィを?」
「特別招待チケットが送られてきたから……少しだけ」
まさかフランセーズが自分からレジィを見るなんて。
神レジャンデールVS天使ファリーヌの整理券は瞬殺だったって聞いたけど。
「ちょっと神に逆らうのが怖くなったよ……」
「武器も魔法もなんでもありなのですが、レジャンデール神は殴る蹴るだけで圧倒していましたよ!」
顔が白くなっているフランセーズとは反対に、テリアは熱の籠った声で楽しそうだ。プロレス観戦とか好きそうだな。
そうこうしてると赤ちゃんが泣き出したので、二人は個室へ移動していった。
「豊、凄いわね、こんな素敵な会場」
「母さん」
声の方に振り返ると、母さんと父さん、そしてリズ様がいた。
何故かリズ様はタキシード姿じゃなくて魔王服になっている。
目覚めた両親をリズ様が色々と案内してくれていたのだが、そろそろ儀式の時間だから戻って来たらしい。
父さんは魔界で作られたお酒みたいな飲み物をずっと飲んでいる。
「私、海外って初めてだから嬉しいわぁ」
「父さんも地元からほとんど出たことないんだよ、いやあ、嬉しいね海外挙式!」
「あはは……良かった」
海外どころか世界が違うんだけど、純粋に楽しんでくれているようで良かった。
俺はリズ様に近付いて小声で聞いた。
「どうしたんですか、魔王服になって」
「私はどうしても頻繁に魔王と呼ばれるから、ご両親にもわかりやすくそういうコスプレをしているという事にした」
山里のコスプレ歓迎という要素を採用して事なきを得ているようだ。
俺達は中庭に移動して、儀式まで母さんともう少しだけ話をした。
「あんまり畏まった式じゃないから、親族への挨拶とかないんだ」
「そういうの気楽でいいわね。私達も緊張しなくて済むわ」
「だから、今言うけど……俺のこと、いつも何も言わずにずっと見守ってくれてありがとう」
「当たり前じゃない。悪い事しようとしてる訳じゃないんだから」
今日だって、いくら誤魔化しても今いる場所がおかしい事はわかっているはずだ。
それでも何も言わないでいてくれている。
普通は口を出したくなるだろう。不安になるだろう。それでも両親は俺を信じてただ見守ってくれた。
それがどれだけありがたい事か。俺の心は確実に救われているんだ。
「ずっとリズさんと仲が良さそうで、それが私達にとって一番嬉しいことよ」
「うん……」
別に今生の別れという訳でもないのに、これ以上何か言葉にすると涙があふれそうだった。
リズ様はそれに気付いたのか、俺の肩を抱いて移動を促す。
「そろそろ指輪交換の儀式がありますので、私達は祭壇へ向かいます。お義母さんもお義父さんもゆっくりお寛ぎください」
「いっぱい写真撮るから!」
「お父さんは動画撮影の準備できてるぞ!」
そう言って二人は機材の準備を張り切っていた。
少しだけ目元を拭っていると、突然腰を突かれた。
「もうすぐ儀式だな」
「山里」
グラハムと一緒に山里も中庭へ移動してきたようだ。
「仲人の挨拶とか友人による余興とか親への手紙もないんだよな」
「面倒そうなのは全部無し」
「お前らしいわ」
「あ~……だから、今のうちに伝えたい事があるっていうか……」
俺は今から恥ずかしい事を言う自覚があるから歯切れが悪くなってしまう。
山里は首を傾げて俺の言葉を待っている。
「お前は、どう、思ってるかは、いいんだけど……よくないか、えっと……」
リズ様への告白でもこんなに言いにくいなんてことはなかった。
もごもごしている俺に、山里は溜め息をつきながら笑った。
「まさか、今更『俺たち親友だよな』とか言うつもりじゃねーよな?」
さすが山里だ。俺の事は何でもお見通しで恥ずかしい。
違うって言われる事はないと思っているけど、急に不安になる。
しかし我らが賢者は、しっかりとこちらが欲しい言葉をくれるのだ。
「そういうのは言わなくてもなってるもんだぜ、豊」
「……そうだな。今まで、本当にお前に助けられてきた。ありがとな、研真」
「バーカ、これからもお願いします、だろ?」
そう言って俺の背中をバンバン叩いてから席へ着いた。
今が人生で一番緊張したかもしれない。顔が熱い。
俺は早足で祭壇に向かった。俺を追いかけるリズ様が笑う。
「まったく、ヤマサトは恐ろしい男だ」
「ほんとですよ!」
リズ様も二人で過ごしていた時に何かあったのか、苦笑いして肩をすくめていた。
◇◇◇
「皆様、静粛に! 儀式を開始します。では、二人は誓いの言葉を」
式の進行はパノヴァが担当してくれた。
普段の明るいノリではなく、真面目な顔付きと声に少し驚いた。
ファリーヌもやりたがっていたが、今はレジィとの戦闘後の大怪我でそれどころではないから仕方ない。
リズ様と向かい合い、手を取り合う。
互いに目を見つめ、リズ様からゆっくりと口を開く。
「私は伴侶となるユタカに、この身、この心、魂に至るまで、全てを明け渡す事を誓う」
「はい」
儀式に特に決まった言葉はない。相手に誓いたい事を宣言する。
俺はリズ様みたいに簡潔に言うのは難しいかもしれないけど、伝えたい事を必死に言葉にする。
「俺は貴方と初めて会った時から、騎士となり側にいる事を望みました。その時点で魂までも貴方に捧げています。なのでこの場では……これから先、絶対に貴方を孤独にしないと誓います。この身が失われても、来世でも、その先でも、俺は貴方の隣にいると約束します」
「ああ」
リズ様の手に力が篭る。熱さも伝わってくる。
目を細めて俺を見つめるリズ様は、少しだけ悲しそうでもあった。
悩んでいるのは俺だけではないと知っている。
異種族だからこその悩みはあるけど、人と人であっても悩むのだ。
少しでもリズ様の気持ちが軽くなればと言葉が勝手に出ていた。
「リズ様、俺は幸せです。リズ様と出会えて本当に良かった」
「……ユタカ、私もだ。私を好きになってくれてありがとう」
微笑み合っていると、小さな手が俺の腕に触れた。
パノヴァと一緒にエルも助手をしているらしく、指輪を手渡してくれる。
リズ様が俺の左手を取り、指輪を薬指に嵌め、指輪に口付けた。
魔力が通って一瞬青白く光った。
俺も同じようにした。これくらいの発光ならそういう照明と言える範囲だと思う、多分。
拍手が中庭に響いた。
その中に嗚咽が混ざっていてデュラムは相変わらずだなと思った。
少し中庭を見渡すと、クラウンとブルガーも見てくれている。
「あ」
会場隅にグーデとリエールがいて、その足元にはウリ坊がいる。
グリストミルではなく、あくまでグリでいるつもりなのが可笑しかった。
「二人共、最後に皆様に伴侶であると示す口付けをどうぞ」
パノヴァの言葉で改めてリズ様に向き直り、俺はこう言った。
「キスしてもいいですか?」
リズ様は一瞬目を見開いてから、愉快そうに口を押さえて笑った。
俺たちしか知らないやり取り。
しかし、あの時とは随分変わったのだ。
「奇遇だな、私もしたいと思っていたんだ」
この場はタキシードよりも相応しい衣装があると判断した俺は黒騎士の鎧を纏い、リズ様は魔王服になる。
勇者に倒されたい魔王様は、勇者をやめた黒騎士と共に魔界で幸せに暮らしたのだ。
そう胸を張って言える時がくると願い、ゆっくりと俺たちは唇を重ね合った。




