第6話 叡樹の騎士
「それでは改めて、本題を説明します。両名には、叡樹の騎士になっていただきます」
「……騎士?」
聞き覚えのない言葉だった。マリレッタも同じらしく、首を傾げている。
「叡樹の騎士は、現在では使われていない古い制度です。危険地域における調査、回収、修復、戦闘その他の実働を担う市民に対し、通常とは異なる訓練および行動権限を認めるために設けられました」
「なんで使われなくなったの?」
「戦時下に必要となった制度ですので。現在の叡樹には、騎士を育成する必要がありません」
「それに、俺たちがなる?」
「はい。正確には、まず騎士候補となっていただきます」
「なんで私たちなんですか?」
「両名が騎士となることが、必要な変化の一つを生じさせる上で有効であると予測されています」
「……ずいぶん大雑把ですね」
「因果関係の全体を、現在の両名が理解可能な形に変換して説明することは不可能です」
10万年先の叡樹がそう言っている、と言われると、こっちには確かめようがない。
「それで、騎士になると何が変わるの?」
「まず、騎士候補には任務遂行能力の獲得を目的とした集中訓練が認められます。現在の第一齢教育では許可されにくい、特定技能への継続的な訓練も可能です」
「へえ」
それはちょっと面白そうだった。
「また、共同訓練に必要と判断される身体接触については、齢級上の制限より騎士制度上の必要性が優先されます」
「……ん?」
マリレッタも同時にウィーナを見る。
「今、身体接触って言った?」
「はい」
「どのくらい?」
「候補段階では、訓練上必要な範囲です。さらに第一位階へ昇格した場合、騎士同士の継続的な連携維持を目的として、私的な接触にも一定の裁量が認められます」
「私的な接触」
そこだけ、妙にはっきり聞こえた。
「具体的には?」
「例えば手を繋いだり、抱き合う程度であれば、制止対象にはなりません。より上位の位階では、任務上必要となる自律性に応じて、私生活を含む裁量も段階的に拡大します」
俺はマリレッタを見た。
マリレッタも俺を見ていた。
「……騎士って、どうやったらなれるの?」
「ちょっと、エリオ」
「いや、一応聞くだけ」
ウィーナは俺たちのやり取りを待ってから、何事もなかったように続けた。
「まずは騎士候補となり、第一位階になるための試練の突破を目指していただきます」
「どんな試練?」
「古代戦闘ゴーレムを一体、撃破してください」
⸻
「なるほど。じゃあ、それを倒せばいいんだな」
「ちょっと待って」
マリレッタが止めた。
「そんな簡単に決めていいことじゃないでしょ。今の叡樹との兼ね合いはどうなってるんですか? 未来から来たあなたが勝手に昔の制度を動かしてるわけじゃないですよね」
「はい。現在の叡樹とはすでに必要な《《調整》》を行い、《叡樹の騎士》を再利用することについて了承を得ています」
そこからマリレッタは、試練の危険性や候補になったあとの扱いについていくつか確認し始めた。ウィーナは一つずつ答えていたが、聞いている限り、どうやら無茶な話ではないらしい。
しばらくすると、二人の声が急に小さくなった。
「……それで、上の位階になると、その……」
「はい。両名の場合は――」
「そこまで?」
「さらに上位では――」
「ちょ、ちょっと待って」
よく聞こえないまま話は続き、マリレッタの顔だけがどんどん赤くなっていった。
やがて話を終えたマリレッタは、少し間を置いてからこちらを見た。
「……ま、まあ、悪い話じゃなさそうかも」
頬にはまだ赤みが残っていた。
「俺はやるよ」
マリレッタは少し考えてから、ウィーナを見る。
「……私も、やってみます」
ウィーナは俺たちを順に見た。
「では、両名とも叡樹の騎士候補となることに同意する、ということでよろしいですか?」
俺は頷いた。マリレッタも少し遅れて頷く。
「承知しました。それでは、正式登録の手続きへ移ります」
⸻
話し合いから数日後、俺たちはウィーナに案内され、《莢》を乗り継いでいた。
かつて騎士制度のために使われていた、叡樹内でもかなり古い区画に向かっているらしい。まずはそこで、騎士候補としての登録をするそうだ。
最初に乗った《莢》には、俺たちのほかにも10人ほどがいた。途中で降りる者がいて、別の者が乗ってくる。見慣れた生活区画を走っているうちは、いつもの移動と何も変わらない。
叡樹では、だいたい外側ほど新しい区画が多く、内側へ行くほど古くなる。6万年かけて外へ外へと成長してきたからだ。ちょうど木の年輪に少し似ている。バウムクーヘンと言い換えてもいいかもしれない。
もちろん、枝が伸びたり癒着したり、あとから道が通されたりもするので、きれいに年代順に並んでいるわけではない。不揃いバウムということだ。
バウムクーヘンももう200年近く食べてないんだな。こっちで再現できないかな? などと取り止めのないことを考えている間にも、窓からの景色はどんどん流れていく。
二度目の乗り換えを過ぎたあたりから、人が減り始めた。
区画の造りも少しずつ変わっていた。壁の中に収まっていることが多い太い流路が、ここでは表面近くまで浮き出ている。通路の分かれ目にも大きな継ぎ目が残っていて、今の区画みたいにどこからどこまでが壁で、どこからが設備なのか分からないほど一体化してはいない。
古いといっても、傷んでいるわけではない。途中では保守用のゴーレムが壁を開いて何か作業していたし、床も壁も普通にきれいだった。
なんというか、頑丈そうだ。あとから形を変えることなんて最初から考えていません、という感じがする。
俺も実習で古い区画へ行ったことくらいはある。それでも、乗り換えるたびに見覚えのない造りが増えていった。
隣のマリレッタは、さっきから窓の外を見たり、進行方向を見たりしている。膝の上で指を組み直し、赤いスカーフの端をまた触った。
「緊張してる?」
「……ちょっと」
長い耳の先が、ほんの少し赤い。
かわいい。
しばらく会えなかったというのもあり、こうして隣に座っているだけでも、俺としてはこの件にかなり満足している。でも、マリレッタが嫌なら話は別だ。
「別に、今から引き返してもいいからね」
マリレッタは少し考えてから首を振った。
「ううん、そういうのじゃないよ。ただ……本当にこんな事してていいのかなって、ちょっと思っただけ」
「やめたくなったら言ってよ」
「でも、一度やるって言っちゃったし」
「そんなの気にしなくてもいいと思うけど」
「私は気になるの」
少しむっとした顔で言った。
マリレッタは素直で少し流されやすいわりに、妙に律儀なところがある。一度引き受けたことは最後までやらないと気がすまないのだ。
いつか変な人に引っかからないか、ちょっと心配だ。やれやれ、俺が守らなきゃいけないな。
「……それにね」
マリレッタは少し迷ってから呟く。
「……今度こそ、っていうのはちょっとある」
何が、とは言わなかった。
ふと目が合って、二人ともすぐに逸らす。マリレッタの耳が真っ赤になっていた。
たぶん、俺も似たようなものだった。




