第5話 10万年後から来ました
「突然の接触をお詫びします。私は現在よりおよそ10万年後の叡樹から、この時代への限定干渉を目的として派遣された端末の一体、正式名称を《限定時相干渉端末・第九百三系列 個体名ウィーナ》と申します」
「……はあ。えっと、ご丁寧にどうも?」
「はい」
いや、そうじゃない。
「あの、10万年後って言った?」
「はい。正確には、現在時点から100,532年後の叡樹が、あなたと市民マリレッタ・ヴァルネ両名への接触を目的として、私の派遣を決定しました」
「……未来から来たってこと? 端末ってことは、ゴーレムなの?」
「簡略化するなら、その理解で問題ありません。現在時点のゴーレム技術の延長線上にある存在と考えていただいて差し支えありません」
そう言われても、目の前にいるのは明らかに生身のニャルだった。毛も生えているし、普通に呼吸もしている。これがゴーレム技術の延長線上だと言われても、全く意味が分からない。
「やっぱり俺、幻覚見えてるのか……?」
「いいえ。こちらが観測した限り、市民エリオには市民マリレッタへの依存傾向こそ見られますが、認知機能に問題はありません。深呼吸を推奨します」
「すー……はー……」
言われた通りに息を吸って、吐く。
「よし。落ち着いた」
落ち着いた上で見ても、やっぱりニャルは消えていなかった。
「……それで、君は何が目的だって? 俺とマリレッタに接触? というか、それ以前に、君の話をどう信じたらいいわけ?」
「はい。まず前者ですが、この時代以降の推移に限定的な変化を与えることが目的です。100,532年後の叡樹は、現在までの推移がそのまま継続した場合、文明の長期的な停滞と衰退に至ると判断しました。その結果を回避するため、現在、この時代に対して複数の限定干渉が行われています。私はそのうち、両名への接触を担当しています」
また情報が増えた。
「後者については、何を提示すれば信用いただけますか?」
「……わかんないけど、君が本当に叡樹の端末だっていう証拠とか?」
「承知しました。では叡樹の記録にアクセスし、市民エリオの非公開情報を参照します」
ウィーナは少しも迷わなかった。
「市民エリオ・セレインは、第一齢閲覧区分外作品への一時閲覧申請を現在までに7回提出しています」
「……」
「申請理由は、いずれも『性的表現への学術的関心』」
「もういい」
「うち三件は同一作品への再申請です」
「もういいって」
なるほど、こいつが言っている通り、未来の叡樹の端末か、そうでなければ凄腕の樹脈技師なのは間違いないようだ。
「……分かった。未来から来たってところはまだ置いとくとして、ただ喋れるだけのニャルじゃないのは信じる。それで、俺たちに何をさせたいんだ?」
「その説明には市民マリレッタ・ヴァルネの同席が望ましいため、到着を待つことを推奨します」
「到着?」
聞き返したところで、少し先の分岐から一人の女が出てきた。
マリレッタだった。
向こうもこちらに気づいたらしい。目が合って、少し歩みが鈍る。
「……エリオ?」
「マリレッタ?」
「え? なんで?」
「それは俺も聞きたい」
「本日の両名の予定および移動経路に、必要最小限の調整を行いました」
足元から声がして、マリレッタがそちらを見る。ウィーナはさっきから変わらず、前脚を揃えて座っていた。
「……今、その子が喋った?」
「はい。初めまして、市民マリレッタ・ヴァルネ」
「うわっ」
マリレッタが一歩飛び退く。
「え?……私、とうとう幻覚見えてる?」
「いいえ。市民マリレッタの認知機能に問題はありません。深呼吸を推奨します」
「すー……はー……」
マリレッタは何度か深く息をしてから、もう一度ウィーナを見た。
「……よし、落ち着いた。それでエリオ、これはどういう状況?」
「俺もいま、それを聞いてたところ」
「はい。私は現在よりおよそ10万年後の叡樹から――」
ウィーナは、さっき俺にしたのと同じ説明を最初から始めた。
「はあ、なるほど。……言ってることは何となくわかりましたけど、私はそれをどう信じればいいんですか?」
「市民マリレッタの非公開情報を参照しますか?」
「やめてあげて」
マリレッタが怪訝そうに俺を見る。
「少なくとも、こいつが叡樹の記録を見れる立場だってのは本当だと思う」
そして、そんな存在が叡樹そのもの以外にあるとも思えない。
「……何を見られたの?」
「それはいいんだよ」
しばらく俺の顔を見ていたが、マリレッタはそれ以上聞かなかった。
「じゃあ、とりあえず話は聞きます」
「承知しました。両名が揃いましたので、本題へ移ります。その前に、以後の対話に適した形態へ変更します」
次の瞬間、足元にいたニャルの姿が崩れた。
何がどうなったのかはよく分からない。ただ、さっきまで前脚を揃えて座っていた小さな身体が見る間に形を変え、俺たちの前に一人のエルフの少女が立っていた。
白い髪を肩のあたりで切り揃え、澄んだ青い目をした小柄な少女だった。淡い灰色の服には、細い青の線が走っている。
マリレッタと顔を見合わせる。
「……それもゴーレム技術ですか?」
「はい。現在時点の技術体系から説明すると、かなり長くなります」
「じゃあいいです」
マリレッタはあっさり諦めた。
「そういえばさ、要するに君は歴史を変えるために未来から来たってことだよね」
「おおむね、その理解で合っています」
「でも歴史を変えちゃったら、君が来た未来そのものがなくなる、とかはないの?」
ウィーナは少し黙った。
質問の意味が分からなかったわけではないらしい。俺が理解できる説明を探しているようだった。
「簡略化します。市民エリオが、この枝域から三つ隣の枝域へ移動するとします」
「うん」
「直通の《莢》を利用しても、途中で別の《莢》へ乗り継いでも、到着先は同一です。途中で通過する経路は異なりますが、最終的な位置は変わりません」
「……そういうものなのか?」
「そういうものです」
なんだろう。
この理屈、前世で聞いた気がする。
たしか、《莢》じゃなくて……何か別の乗り物だったような。
思い出せない。
「補足すると、私が派遣された時点までには最終的に一度同じ結果へ収束しますが、経路の変化がその先の推移に差を生じさせると予測されています」
ウィーナはそのまま話を戻した。
「それでは改めて、本題を説明します。両名には、叡樹の騎士になっていただきます」




