第7話 騎士候補登録式
やがて《莢》の中には、俺たちとウィーナしかいなくなった。
最後の乗り換えを終えてしばらくすると、莢は速度を落とし、終点の乗降口へ静かに止まった。
扉が開く。
外には、一体のゴーレムが立っていた。
監視ゴーレムほど大きくはない。俺と同じくらいの背丈で、全身は淡い木肌に覆われている。顔らしい凹凸もほとんどなく、中央に細い光が一本走っていた。
「市民エリオ・セレイン。市民マリレッタ・ヴァルネ。騎士候補登録手続きへの案内を担当します」
「……どうも」
返事をしながら莢を降りる。
もちろん、今の叡樹とも話はついていると聞いていた。
聞いてはいたのだが。
こうして普通に叡樹のゴーレムが待っていて、手続きなんて言われると、急に話が現実になった感じがする。
隣を見ると、マリレッタもさっきより少し表情が固くなっていた。
ゴーレムはウィーナと短く何かを確認すると、乗降場から続く道を進み始めた。俺たちもその後についていく。
通路を少し進むと、その先を大きな壁が塞いでいた。
正面には大きな開口部がある。ただし、今は分厚い扉で閉じられていて、その手前には立ち入り制限を示す表示が浮かんでいた。
ゴーレムが近づいて手をかざすと、少し間を置いて、扉の表面を淡い光が走った。
表示が消える。
次いで、閉じていた扉が中央からゆっくり左右へ開いた。
「ここからが騎士制度のための区画となります」
案内役のゴーレムが告げる。出入り口も大きいが、その先の通路もずいぶん広い。
天井がやたら高く、曲がり角は大きく膨らむように取られ、脇に並ぶ開口部も、人間だけが出入りするには明らかにでかい。
「……広くない?」
マリレッタも同じことを思ったらしい。そして、内装の雰囲気も、俺が知る叡樹の様式とは少し違った。荘厳、というのだろうか。単に実用的という以上の意図を感じる。
人が使わなくなって長いはずなのに、暗くもなければ埃っぽくもない。壁の流路には今も光が流れているし、床にも汚れはない。
それでも、人がいないというだけで妙に静かだった。
俺たちの足音が、少し遠くまで響く。
しばらく歩くと、通路が大きく開けた。
そこからいくつもの道が分かれている。
正面、左右、そのさらに奥にも大きな開口部が見えた。壁の一部には古い案内表示らしいものが埋め込まれているが、今はほとんど消えている。
ゴーレムは迷わず、そのうちの一つへ入った。
たどり着いた部屋は、きっと何かの式場なのだろうと直感させられた。
何十人か入っても余裕がありそうな空間の床に、等間隔で細い輪のような模様が並んでいる。
正面は数段高くなり、その上には壇が設けられていた。左右の壁際にも一段高い場所が続いていて、中央に並ぶ者たちを囲むような造りになっている。
案内役のゴーレムが中央へ進むと、並んだ円のうち前列の二つに光が灯った。
「両名、それぞれ指定位置へ移動してください」
俺とマリレッタは顔を見合わせてから、隣り合った円の中へ入った。
足を揃えたところで淡い光が足元から昇り、身体を一度通り抜ける。思わず「うお」と声が出た。痛くも痒くもない。隣ではマリレッタも、自分の腕を見下ろしていた。
正面の壇の縁に並んだ細い溝がわずかに開いた。
「候補者二名を確認。叡樹の騎士候補登録式を開始します」
そこから発せられた声が、広い部屋の隅まできれいに届いた。
「列席騎士――該当なし。迎入れの辞を省略。候補者宣誓へ移行します」
壇の背後を走る流路に光が満ち、枝を広げるように壁の上へ伸びていく。
「騎士は任務を全うし、帰還する。危地にあって己と同胞の生存を放棄せず、その力をもって叡樹と市民の安定を担う」
一つ一つの言葉にゆっくりと間が置かれていた。
「市民エリオ・セレイン。騎士たるに必要な力を修め、課された訓練と試練を遂行し、その資格を得るまで励むことを誓いますか」
誓う、なんて言葉を叡樹から求められるのは妙な感じがした。
「……誓います」
「市民マリレッタ・ヴァルネ。同じく、誓いますか」
「誓います」
「宣誓を確認。両名を騎士候補として登録します」
足元の円から伸びた二本の光が床を走り、正面の壇へ吸い込まれていく。
「登録を完了。列席騎士による迎入れ――該当なし。候補生披露――省略。以上をもって候補登録式を終了します」
……なんか入学式みたいだったな。にしては来賓も在校生もいないけど。
「エリオ、がんばろうね」
マリレッタは式の雰囲気に当てられたのか、さっきまでより少しだけ背筋を伸ばしていた。かわいい。
⸻
部屋を出ると、案内役のゴーレムは来た道を戻りながら説明を始めた。
「騎士候補としての登録が完了したため、両名には候補生用の訓練施設、および第一位階試練区画の利用権限が付与されました」
少し先を歩きながら、ゴーレムはそのまま続ける。
「第一位階試練には、任意の時点で、繰り返し挑戦することができます。また、騎士候補として行う訓練および試練は、必要に応じて第一齢教育の予定より優先して実施できます」
ウィーナは俺たちの少し後ろを歩いていた。登録式のあいだも、特に口を挟まず、俺たちの宣誓が終わるまで静かに見ていた。
マリレッタがそちらを振り返る。
「それで、次はどうしたらいいんですか?」
「第一位階への到達が当面の目標となります。そこに至るまでの進め方は、両名にお任せします」
「……お任せかあ」
マリレッタが少し困った顔をした。
俺も少し考える。
「じゃあ、俺は試しに試練受けてみようかな?」
「え、いきなり? 危なくない?」
「一回くらいやってみないと何も分からないし」
「えー? うーん……まあ、確かに……?」
まずは試しにやってみる。もし勝てちゃったら、それでいい。第一位階には早く上がれるなら早いに越したことはないのだ。
それに、案外やれるんじゃないかとも思っていた。
エルフとして生まれて176年。別にずっと剣や魔法ばかりやってきたわけじゃないけど、習い始めてからならもう100年以上になる。
それだけやっていれば、さすがに多少は自信もつく。
エルフというとひ弱なイメージだけど、実際には地球の人間よりも素の身体能力からしてずっと高い。その上、魔力で身体をさらに強化できるし、攻撃魔法だって一通り扱える。
前世で人間だった頃の感覚でいえば、今の俺はかなりおかしなところまで来ている。
地球にいたころ、達人が飛んでくる銃弾を刀で切る映像を見たことがあった。今なら俺にもできると思う。たぶんマリレッタもできる。
「試練を受けたいんだけど、今からでもいい?」
「可能です。第一位階試練区画へ案内します」
案内役のゴーレムが、分岐の一つへ進路を変えた。
しばらく進んだ先で、通路は大きな部屋へ続いていた。奥にはさらに扉があり、その向こうが試練場らしい。
「第一位階試練は一名ずつ行います。市民エリオ・セレインは、この先へ進んでください。市民マリレッタ・ヴァルネは、こちらで試練の様子を確認できます」
ゴーレムが示した壁面に光が広がり、試練場らしい広い空間が映し出された。
俺が奥の扉へ向かうと、後ろから声が飛んでくる。
「エリオ、気をつけてね」
マリレッタの言葉に、俺は振り返らずに片手を挙げて応える。
さあ、古代のゴーレムとやらに俺がどれくらい通用するか、腕試しといきますかね。
⸻
さて、結果から言うと惨敗だった。




