第1話 転生したら液体に沈められた件
気づいたときには、俺は泣いていた。
急に肺へ空気が入ってきて、寒くて、身体はろくに動かなくて、喉から勝手にでかい声が出る。何だこれ、と考えている頭の方だけは妙にはっきりしていた。
地球で暮らしていた記憶がある。電車もスマホも知っているし、コンビニのおにぎりが三角形だったことも覚えている。少なくとも、ついさっきまでこんな身体ではなかった。
周りでは誰かが話していたが、一つも聞き取れなかった。日本語じゃない。英語でもないし、俺が知っているどの言葉とも違う。
どうやら、赤ん坊になっている。
そこまでは分かったが、どういう理屈でこうなったのかも、ここがどこなのかも分からなかった。
そうして気づけばこの世にオギャーと生まれ直していたわけだが、それから生後10分も経たないうちに、俺は《保育殻》に入れられていた。
保育殻とは地球でいうところの――いや、該当するものはないな。
見た目だけなら、昔アニメで見た、宇宙人が全裸で浸かってる治療ポッドが一番近い。あれを新生児用にして、保育器と人工子宮とベビーベッドを全部まとめたようなものだ。
当然、当時の俺にはそんな名前も用途も分からない。それ以前に、生まれたばかりだから、そもそも目がろくに見えていない。
ぼんやりとした視界の中で大きな手みたいなものに抱き抱えられ、何をされるのかと思っていたら、そのまま液体に沈められた。
いやいやいや、と暴れたつもりだった。たぶん外から見たら手足をばたつかせていただけだと思う。口の中にも液体が入ってきて、さすがにこれはまずいと思ったあたりで、なぜか普通に呼吸できることに気づいた。
その後は、何が起きているのかもよく分からないまま、ほとんど変化のない時間をたぶん何十日も過ごした。
何十日も、というのは今になってそう思うだけで、当時は3日なのか3ヶ月なのかも分からなかった。最初のうちは、すぐに外へ出されるものだと思っていたのだが、何度寝て起きても液体の中だった。
ここまで長いと、何かの治療で一時的に入れられているわけではなさそうだった。しかも息はできるし、腹が減ることもない。ときどき誰かが近づいてきて、まだ意味の分からない言葉をかけてくる。だったら、俺はここで育てられているんじゃないか、という説が一番それらしかった。
そう思い至ったところで、別に何かできるわけでもない。赤ん坊の俺が「退屈すぎて死にそうなので、せめてネトフリとか観れないですか。広告つきのプランでもいいです」と要求できるはずもなく、おとなしくプカプカ浮いて過ごすしかなかった。
そうしているうちに、少しずつ見えるものも増えてきた。殻の外を人が通れば人の形くらいは分かるようになり、話しかけてくる相手にも、何人かいるらしいことが分かってくる。
言葉の方も、毎日聞いているうちに少しずつ切れ目が分かるようになった。どうやら、「エリオ」というのが俺の名前らしかった。
自分の名前が分かった頃には、人の顔もだいぶ見えるようになっていた。そこで気づいたのだが、俺のところへ来る人たちは、揃って耳が長かった。
一人二人ではない。見える範囲に来る人は全員だった。
エルフじゃん。
たぶん地球ではなさそうだなあとは思っていたが、それで確信した。となると当然、自分の耳も気になる。しばらくして頭の横まで手を持っていけるようになった頃、指先に人間の耳より明らかに長いものが触れた。俺もエルフだった。
その頃には、殻の中も最初の何十日ほど暇ではなくなっていた。液体の流れが変わったり、目の前を淡い光が横切ったりして、こっちの認知機能的なものを見られているらしいことも分かってくる。
身体が少し動くようになると、それに合わせてやらされることも増えた。急に流れが強くなって、手足を動かして身体の向きを保たされたり、手の届くところに浮かんだものを掴まされたりする。
これが、思ったより難しい。床がないので、手を伸ばせば反動で身体の方が動くし、脚を動かせば向きが変わる。前世の記憶があるぶん、何をしたいかは分かっているのに、身体がその通りに動いてくれないのが面倒だった。
言葉も同じで、聞き取れるものが増えても、こちらから喋ろうとするとろくな音にならない。頭の中では普通に文章ができているのに、口から出てくるのは「あー」とか「ぶー」とかである。赤ん坊なんだから当然だけど、分かっているだけに腹が立つ。
そんなことをしながら、俺は保育殻の中で1年ほど過ごした。




