第90話 香りに誘われて
第90話 香りに誘われて
家の中で手をこすり合わせながら、紬は今日の食事について考えていた。
「今日は、温かいものが食べたいなぁ」
外はすっかり冷え込むようになり、雪こそまだ積もっていないものの、冬が近づいていることを肌で感じる。
こんな日には、温かい料理が食べたくなる。
「今日はポトフにしよう!」
紬はさっそく保存してある食材を確認した。
取り出したのは、乾燥させておいた山菜とキノコ、それからスタンプボアの燻製。
ほかにも、ポトフに入れるパーコロを用意する。
「これだけあれば、おいしいものが作れそう!」
紬は食材を並べながら、もうひとつ作りたいものを思い出した。
「カチワリ団子も作ろうかな」
ほんのり甘い、堅パンのようなものを作ってみたいと思っていたのだ。カチワリの実を使えば、きっとおいしくなるはず。そう考えた紬は、まずポトフから取りかかることにした。
*
暖炉に火をくべ、料理を始める。まずは、カチワリの殻を器として使い、その中にスタンプボアの油を入れた。
火にかけて油が温まったところで、乾燥させた山菜とキノコ、スタンプボアの燻製を加える。
じゅうっ。
食材が油に触れ、小さな音を立てた。
「いい音〜」
紬は木の道具でゆっくりとかき混ぜながら、食材を炒めていく。乾燥した山菜やキノコは、油を吸いながら少しずつ柔らかさを取り戻していった。
そこへ、塩を振る。
続いて、乾燥させておいたロリエーヌとボンヌオドールを加えた。
「この組み合わせ、どんな香りになるかな?」
紬は鼻を近づけ、ふわりと漂ってきた香りを確かめた。
燻製の香ばしさに、山菜やキノコの香り。そこへハーブの爽やかな香りが重なっていく。
「うん、いい感じ!」
食材を炒め終えると、大木の水を注いだ。
じわじわと温まっていた水が、やがて小さな泡を立て始める。紬はパーコロを加え、全体を軽く混ぜた。
あとは、ゆっくり煮込むだけだ。
暖炉の火加減を調整しながら、紬は鍋の様子を見守った。しばらくすると、湯気とともに料理の香りが広がり始める。
燻製の旨みが溶け出したスープに、山菜とキノコ、ハーブの香りが混ざり合う。
「お腹が空いてきちゃった……」
まだ完成していないというのに、紬のお腹が小さく鳴った。
「もう少し、もう少し!」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、紬は次の料理に取りかかった。
*
カチワリ団子を作るため、紬はカチワリの実を用意した。
まずは、実を蒸し焼きにする。
火加減に気をつけながら、しばらく加熱していくと、実が少しずつ柔らかくなってきた。
「そろそろいいかな?」
状態を確かめてから取り出し、中身をすり潰していく。
力を入れながら、少しずつ形を崩していった。
なめらかになってきたところで、乾燥アカツブとブルブルベリーを加える。
さらに、大木の水を少しずつ混ぜながら練っていった。
「こんな感じかな?」
生地を手でまとめ、丸く形を整える。最後に、平たくなるように押さえた。できあがった生地を暖炉に置いてある焼き石の上に並べる。
表面が焦げすぎないように気をつけながら、じっくりと焼いていく。
しばらくすると、表面が少しずつ乾き、焼き色がつき始めた。
「おおっ、いい感じ!」
紬はひっくり返し、反対側も焼いていく。
やがて、香ばしい匂いがポトフの香りに加わった。
焼き上がったものをひとつ手に取り、少し冷ましてから味見をする。かじると、外側はしっかりとしていて、中はほどよく詰まった食感だった。カチワリの実の風味に、アカツブとブルブルベリーの甘みが加わっている。
「うん! ほんのり甘くておいしい!」
まさに、堅パンのような仕上がりだった。
噛むほどに味が広がり、ポトフと一緒に食べるのにもよさそうだ。
「これは成功かな!」
紬は満足そうに頷いた。あとは、ポトフが煮上がるのを待つだけ。その間に、暖炉の上にある換気屋根を開けることにした。料理をしていると、どうしても煙や湯気がこもってしまう。換気屋根を開けると、暖炉の熱とともに、料理の香りが外へと流れていった。
ポトフの香ばしい匂いと、ハーブの爽やかな香り。
そこへ、焼き上がったカチワリ団子の甘い香りまで混ざっていく。
「よし、これで大丈夫!」
紬は換気屋根を確認し、再び料理へと向き直った。
その香りが森の中まで届いているとは思いもしないまま。
*
ポトフが煮上がる頃には、家の中が食欲をそそる香りで満たされていた。
「できたー!」
紬は嬉しそうに声を上げた。
具材は柔らかくなり、スープにはスタンプボアの燻製の旨みが溶け込んでいる。
ハーブの香りも強すぎず、ちょうどよい具合だった。
カチワリ団子も皿に並べ、食事の準備を整えていく。
「ルーチェ、ご飯だよ!」
「ギョ!」
声をかけると、ルーチェが嬉しそうに近づいてきた。
料理の匂いに気づいていたのか、先ほどからそわそわしていたのだ。
「ふふっ、そんなに急がなくても、ちゃんとあるよ」
紬は笑いながら、食事を並べていった。
そのときだった。
家の外から、小さな物音が聞こえてきた。
とことこ、とことこ。
「あれ?」
紬が扉の方を見ると、そこには白い子ネズミのラタと、白いリスのカーバンクルがいた。
二匹は家の中を覗き込み、紬の方へ顔を向けている。
「ラタ? カーバンクル?」
紬は目を丸くした。
「どうしたの? 遊びに来たの?」
二匹は返事をする代わりに、鼻をひくひくと動かした。
そして、料理のある方へ視線を向ける。
「あっ……もしかして、匂いにつられてきた?」
二匹は顔を見合わせた。どうやら、その通りらしい。
「ふふっ。ちょうどご飯ができたところなんだよ」
紬は二匹を招き入れた。せっかく来てくれたのだから、一緒に食べよう。そう思い、二匹にも食べられるように、料理を少しずつ取り分けた。
ルーチェも二匹が来たことを喜んでいるようで、そばから離れようとしない。
「じゃあ、みんなで食べようか!」
紬の声を合図に、それぞれが食事を始めた。
温かなポトフを口にすると、燻製の旨みとハーブの香りが広がる。
柔らかくなった山菜やキノコもおいしく、パーコロもスープによく合っていた。
カチワリ団子をかじれば、ほんのりとした甘さと、堅パンのような食感が楽しめる。
「うん、おいしい!」
紬は満足そうに頷いた。
ラタも小さな口で食べ進め、カーバンクルも夢中になっている。ルーチェも、いつものように「ギョ」と鳴きながら食事を楽しんでいた。
外は冷たい冬の空気に包まれている。
けれど、家の中には暖炉の火があり、温かな料理があり、仲間たちがいる。それだけで、なんだか心まで温かくなる気がした。
*
やがて、みんなのお腹がいっぱいになった。
紬は食器を片づけ始め、ルーチェたちは少し離れたところでのんびりと過ごしていた。
そのとき、ラタとカーバンクルが部屋の隅に目を向けた。
そこには、スタンプボアの革で作ったポーチが掛けてある。
二匹はポーチをじっと眺め、それからルーチェへと視線を移した。
【これ、だれかいるー】
【へんなのー】
ルーチェは二匹の視線を追い、ポーチを見上げた。
【そうね。青い妖精がイタズラ中よ】
二匹はもう一度ポーチを見つめ、顔を見合わせた。
どうやら、ポーチの中に何かがいるらしい。
紬には三匹が何を話しているのか分からない。
「ねえ、三人で何を話してるの?」
紬が不思議そうに尋ねると、三匹はそろって紬の方を振り向いた。
けれど、ルーチェは何も答えず、ただ静かに紬を見つめていた。
「えー、なになに? 気になるんだけど!」
紬が問いかけても、三匹は顔を見合わせるばかり。
どうやら、紬には内緒の話らしい。
部屋の隅に掛けられたポーチは、何事もなかったかのように静かに揺れていた。
そのとき――。
ポーチの蓋の隙間から、青い光がきらりと瞬いた。




