第87話 秋の恵みと、風花
第87話 秋の恵みと、風花
紬は家の中を見回していた。
壁際には、乾燥させたキノコ。棚には木の実や保存食が並び、肉や魚も冬に備えて蓄えてある。薬草も種類ごとにまとめ、いつでも使えるようにしていた。
「……うん。こんなものかな」
紬は棚の中を確認しながら、小さく頷いた。
秋の間に、ずいぶんと食料が増えた。
キノコを採り、木の実を集め、タイタンサーモンを獲って燻製にした。スタンプボアの肉も確保できたし、皮も暮らしに必要なものへと姿を変えた。
食べるためだけではない。保存するため、寒さをしのぐため、これから先の暮らしを守るため。集めたものをどう使うか、少しずつ考えられるようになってきた。
「最初の頃と比べたら、すごい変化だよね……」
紬は、棚に並ぶ食料を眺めながら呟いた。
以前は、その日の食事を確保するだけでも大変だった。食べられるものを探し、水を確保し、雨風をしのげる場所を作る。それだけで一日が終わってしまうこともあった。
それが今では、食料を保存し、冬の分まで蓄えられるようになった。
「……あとは、薪かな」
外の薪置き場を思い浮かべる。
こちらも、秋の間に少しずつ集めてきた。一度に大量に運ぶのは大変だけれど、毎日の作業に組み込んでおけば、少しずつ増えていく。
今では、薪置き場にもそれなりの量が積み上がっていた。
「これだけあれば、しばらくは大丈夫そうかな」
冬の間にどれくらい使うのか、正確には分からない。それでも、以前より余裕があるのは確かだった。
寒さを防ぐ服もある。モコモコの毛から作ったセーターは、今では大切な冬支度のひとつだ。
「モコモコ、元気にしてるかな?」
あの大きな毛玉のような生き物を思い出し、紬は小さく笑った。
最初に出会ったときは、まさかあの毛を使って自分の服を作ることになるなんて思いもしなかった。
森では、本当にいろいろな出会いがあった。
白い子ネズミと、小さな白いリス。最初は少し離れたところから様子を窺っていた二匹が、いつの間にか家の近くまで来るようになった。カチワリを渡したら、代わりに木の実やキノコを置いていってくれたこともある。
「また何か持ってきてくれるかな」
そんなことを考えて、紬は首を傾げた。
シロエナガも、ときどき顔を見せてくれる。葉っぱを運んできてくれたり、こちらの様子を窺っていたり。
アルブレーヴとも、森で何度か顔を合わせた。
そして、いつもそばにいるルーチェ。
「……いろんな友達ができたなぁ」
紬は部屋の中を見回した。
最初は、生きていくことだけで精一杯だった。けれど今は、食料を保存し、服を作り、家を整え、森の生き物たちとの交流まで楽しんでいる。
いつの間にか、暮らしの中に考えることが増えていた。
明日は何をしよう。何を作ろう。森には、まだ知らないものがあるだろうか。
そんなことを考える時間も、少しずつ増えていた。
「……よし! 備蓄の確認、終了!」
紬は軽く手を叩いた。
もちろん、冬を越してみなければ分からないこともある。それでも、できることはやってきた。あとは必要に応じて補いながら暮らしていけばいい。
「ルーチェ、お散歩に行こう!」
「ギョ!」
返事をしたルーチェが、ぱたぱたと羽を動かした。
紬は外出の準備を整え、ルーチェと一緒に家を出た。
*
森の景色は、すっかり変わっていた。
少し前まで色鮮やかだった木々は葉を落とし、枝を空へと伸ばしている。地面には落ち葉が積もり、風が吹くたび、乾いた葉がかさかさと音を立てた。
「……秋も終わりだね」
紬は歩きながら、周囲を見回した。
紅葉に染まっていた森も、今では落ち着いた色合いになっている。木々の隙間から見える空は、少し高く、どこか遠く感じられた。
ルーチェも、紬の隣をゆっくりと歩いている。
いつもの散歩道。いつもの森。
けれど、季節は確実に進んでいた。
やがて、紬は石垣の近くまでやってきた。石垣の外に広がる森を眺めると、葉を落とした木々の向こうに、静かな景色が広がっていた。
「……もう、冬なんだなぁ」
そう呟いた、そのときだった。
ふわり。
視界の端を、小さな白いものが横切った。
「ん?」
紬は顔を上げた。
ふわり、ふわり。
小さな雪の結晶が、風に乗って舞っている。空から降ってくるというより、風に運ばれて森の中を漂っているようだった。
「……あ、風花だ」
紬は手を伸ばした。
指先に触れる前に、雪の結晶は風に流されて消えてしまう。もう一度空を見上げると、小さな白い結晶がいくつも舞っていた。
ルーチェも立ち止まり、空を見上げた。
「ギョ?」
「雪だよ、ルーチェ。まだ積もるほどじゃないけどね」
紬は微笑んだ。
秋の間、森からたくさんの恵みをもらった。食べ物を集め、薪を積み上げ、服を作った。小さな友達もできたし、知らない場所を見つけ、新しい素材にも出会った。
毎日が少しずつ積み重なって、気づけば冬を迎える準備が整いつつある。
「……今年の冬は、どんな冬になるのかな」
紬は、舞い落ちる風花を眺めながら呟いた。
寒い日もあるだろう。雪が積もる日もあるかもしれない。まだ知らないことだって、たくさんある。
けれど、今は少しだけ楽しみだった。
「帰ったら、温かいお茶でも飲もうか」
「ギョ!」
ルーチェが元気よく鳴いた。
紬は笑い、もう一度だけ森を振り返った。
葉を落とした木々。静かになった森。そして、風に乗って舞う小さな雪の結晶。
秋の終わりに、冬の気配がそっと訪れていた。
紬はルーチェと並んで、家へと戻っていった。
――森に、冬がやってくる。
第2章が終わりになります!
さいごまでお読み頂き、ありがとうございます。
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どうぞこれからも紬の物語を楽しんでください!
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