第86話 最近の出来事まとめ
第86話 最近の出来事まとめ
朝。
窓から差し込む光を眺めながら、紬は大きく伸びをした。
「……寒くなってきたなぁ」
吐く息が、ほんの少し白い。
秋も、もう終わりに近づいている。
少し前までは、朝起きるたびに「寒い」と思っていた。
でも今は――。
「……うん」
紬は家の中を見回した。
壁際には、乾燥させたキノコ。
棚には、保存している食料。
肉や魚も、冬を越すための分を少しずつ確保している。
ハーブ類も乾燥させて保存してある。
そして、家の外には集めてきた薪。
以前なら、一日分を確保するだけでも大変だった。
それが今では、少しずつ積み上げた薪が、それなりの量になっている。
「結構、集まったなぁ……」
紬は薪置き場を眺めながら呟いた。
冬が来る。
それは変わらない。
でも――。
「今年の冬は、なんとか越せそう」
以前とは、全然違う。
食べるものもある。
火を使うための薪もある。
寒さを防ぐ服もある。
モコモコの毛を使って作ったセーターを、紬は両手で軽く撫でた。
「これも作っておいてよかったなぁ」
少し前まで、冬のことを考えるだけで不安だった。
けれど今は、冬に備えて準備することそのものが、いつの間にか日常になっている。
「……私、ちゃんと生活できてるんだな」
そう思うと、なんだか少し不思議だった。
最初は生きることだけで精一杯だった。
食べられるものを探して。
水を確保して。
雨風をしのげる場所を作って。
火を起こして。
それが今では――。
食料を保存して、薪を貯めて、服を作って。
冬に何を食べるかまで考えている。
「変わったなぁ……」
紬は小さく笑った。
その横で、ルーチェが羽を広げる。
「ギョ」
「ん? なに?」
ルーチェは紬の方を見て、首を傾げている。
「……お腹すいた?」
「ギョェ」
「違うの?」
紬も首を傾げた。
まあ、いつものことだ。
そんなやり取りをしながら、朝の支度をする。
そして食事を終えたあと。
紬は、昨日見つけたスケルトンマッシュを思い出した。
透明なキノコ。
それを見つけたことで、ふと考える。
「そういえば……透明なものって、結構見つけてるな」
ウォーターグラス。
透明な葉を持つ水草。
クロトゲノキの透明な花。
スケルトンマッシュ。
それから――。
「岩塩も、透明な結晶みたいだったよね」
別の洞窟で見つけた岩塩。
そして、巨大樹の湧水。
あれも、向こう側が見えるほど透き通っていた。
「透明……」
紬は少し考える。
透明というのは、向こう側が見えること。
間に何かがあれば、見えなくなる。
つまり――。
余計なものが、少ない。
「……だからなのかな」
薬を作るとき。
いろんな材料を混ぜる。
それぞれの効果が強ければ、当然その分だけ身体への負担も増えることがある。
でも、透明なものなら。
余計なものが少なくて、他のものの邪魔をしない。
薬の効果を、きれいに混ぜられるのかもしれない。
そして光属性。
スケルトンマッシュも、ウォーターグラスも、透明な花も。
どこか光と繋がっている。
「……なるほど」
紬は、まだ確信があるわけではない。
けれど。
フルエールポーションという薬が、どうして透明なものを材料にするのか。
少しだけ、その理由が見えてきた気がした。
「フルエールポーションって……結構、貴重な薬っぽいな」
まだ材料は全部揃っていない。
でも、必要なものは少しずつ集まってきている。
いつか作れる日が来るかもしれない。
そんなことを考えながら、紬はスケルトンマッシュを大切にしまった。
「これは……普通に食べるのはやめておこう」
美味しかった。
ものすごく美味しかった。
でも、幻覚と鎮静の効果がある。
「薬として使うほうがよさそう」
紬は棚を閉じた。
それから、ふと窓の外を見る。
森はすっかり晩秋の色になっていた。
「……そういえば」
昨日までの洞窟のことを思い出す。
あそこには、まだ行っていない道がたくさんあった。
いくつも枝分かれしていた道。
そのうちの一つを、滝の音を頼りに進んだ。
そして滝から出て、タイタンサーモンの泉へ。
そこから森へ戻ってきた。
「……まだまだ奥があるんだよね」
紬は思い出しながら呟いた。
あの洞窟は、外よりも暖かかった。
光源草が生えていて、暗い場所でもほんのり明るい。
水も流れていた。
それに――。
まだ見ていない道がある。
「冬になったら……」
紬は少し考える。
外は寒い。
雪が降る日もあるかもしれない。
そんな日に、あの洞窟なら。
「散歩するには、ちょうどいいかも」
「ギョ?」
ルーチェが顔を上げた。
「ほら、あの洞窟。まだ行ってないところがいっぱいあったでしょ?」
「ギョ」
「時間があるときに、ちょっとずつ見て回ろうよ」
ルーチェは少しだけ考えるように首を傾げてから、
「ギョ」
と鳴いた。
「決まりね」
紬は笑った。
急いで行く必要はない。
食べ物も、薪も、少しずつ増えている。
冬を迎える準備も、いつの間にか整いつつある。
だから今は――。
焦らなくてもいい。
「冬は、冬で楽しく過ごせそうだな」
そう呟いて、紬は窓の外を眺めた。
森の木々は、冬へ向かって静かに色を変えている。
その先に、まだ知らない場所がある。
けれど、それは今すぐ行かなければならない場所ではない。
いつか。
時間ができたときに。
ルーチェと一緒に、のんびり歩いてみればいい。
そんなことを考えながら、紬は冬を迎える森を眺めていた。




