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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第85話 転ばぬ先の靴紐と、透明なキノコ

第85話 転ばぬ先の靴紐と、透明なキノコ


 日が落ち夜の暗闇に外が包まれた時、紬は家の薪の火を小さくして床の上に置いた小さな塊をじっと見つめていた。


 昨日、ブーシーの樹液を温め、乾燥した光源草を混ぜて固めたもの。


 昼間は、特に変わった様子はなかった。


 ただの、少し色のついた塊。


「やっぱり、失敗かなぁ」


 そう呟きながら、最後の火が小さくなり部屋が暗くなり

だんだん真っ暗になっていく。

窓から入る月明かりが、床をほんの少し照らしている。


 その中で――。


「……ん?」


 床の上に置いた塊が、ぼんやりと光っていた。淡い。

とても淡い光だった、火のように揺れることもない。

周囲を明るく照らすほど強くもない。ただ、塊そのものが、内側から薄く光っている。


「……光ってる」


 紬は顔を近づけると、少しだけ明るく見える。

でも、手元を照らすほどではない。


「これ……すごい淡い光だね」


 しばらく眺めていると、紬は元の世界で見たものを思い出した。


「蓄光塗料みたい」


 昼間に光を蓄えて、暗くすると淡く光るもの。


 もちろん、今作ったものが本当に同じ仕組みなのかは分からない。


 けれど、見た目はどこか似ている。


「何に使えるかな?」


 紬は腕を組んだ。


 夜の目印。


 暗い場所で物を探すための印。


 道具につけておけば、暗闇でも場所が分かるかもしれない。


「……洞窟でも使えたら便利だったのになぁ」


 ふと、最近入った洞窟を思い出す。


 あそこには光源草がたくさん生えていた。


 でも、持ち帰った光源草は地上では枯れてしまった。


 なら、この塊ならどうだろう。

持ち運べる光。そう考えると、少し面白い。


「でも、まだ分からないことばっかりだし……」


 紬は塊を机の端へ移動させる。


 しばらく様子を見てから、ふぁ、と小さく欠伸をした。


「続きは明日でいいか」


 今日はもう眠い。


 布団へ入り、目を閉じる。


 淡い光が、暗い部屋の隅で静かに揺らめいていた。


     *


 翌朝。


「……うーん」


 目を覚ました紬は、布団の中で少しだけ伸びをした。


 昨日まであった右腕や腰の痛みは、もうない。


 《知識と生存》のおかげで怪我は治っている。


 「……。なんかほんと非現実的だな……」


 薪を背負って森を歩いていて、靴紐が切れて、そのまま足を取られて。


 落ち葉に隠れた穴へ、真っ逆さま。


「……もう転びたくない」


 紬は布団から起き上がった。


 そして、ふと足元を見る。靴。


 切れた靴紐は、そのままになっている。歩けないことはないが少し心配だから、


「まずは、これだね」


 家の中を探し、残してあったスタンプボアの皮を取り出す。


 以前、扉や収納などにも使った丈夫な皮だ。


 紬はそれを細く、細く切っていく。


「これなら靴紐にできそう」


 何度か幅を調整し、手で引っ張ってみる。


 びよん、と伸びる。


「うん。丈夫そう」


 古い靴に新しい靴紐を通していく。


 最後にしっかり結んで、立ち上がる。


 片足を上げる。


 下ろす。


 もう一度。


「……大丈夫そう」


 紬は満足そうに頷いた。


「これで、もう靴紐が切れて転ぶことはない……はず!」


 念のため、結び目をもう一度確認する。


「よし!」


 これで一つ、昨日の失敗への対策ができた。


 転んでから考えるのではなく、次に転ばないようにする。


 それもまた、生きるための工夫だ。


     *


「さて……」


 靴紐を直したところで、紬は昨日から気になっていたことを思い出した。


 フルエールポーション。


 今のところ分かっている材料は、


 クロトゲノキの白い実。


 そして、洞窟で見つけたウォーターグラス。


 ただ、その二つには少し気になる共通点がある。


 ウォーターグラスは、葉が透明。


 クロトゲノキは、花が透明。


「透明……」


 紬は顎に手を当てる。


「もしかして、透明なものが材料になってるのかな?」


 確証はない。


 でも、探してみる価値はある。


「森に透明なものって、他にもあるのかなぁ」


 ルーチェと一緒に家を出る。


 秋の森は、少しずつ冬へ向かっていた。


 木々の葉は赤や黄色、茶色へと変わり、地面には落ち葉が重なっている。


 そんな中を、紬はゆっくり歩く。


「透明なもの、透明なもの……」


 木。


 草。


 花。


 実。


 キノコ。


 一つずつ眺めていく。


 けれど、透明なものは見つからない。


「うーん……」


 しゃがみ込んで地面を見る。


 葉っぱを少しどけてみる。


 ない。


 木の根元を見る。


 ない。


 少し先まで歩いて、また立ち止まる。


「やっぱり難しいなぁ」


 透明なのだから、見つけにくい。


 考えてみれば当たり前だった。


「透明だから、見つけられないのかも」


 紬は苦笑する。


「今日は諦めようかな」


 ルーチェが、


「ギョ」


 と鳴いた。


「うん。帰ろう」


 紬は来た道を戻り始めた。


 その途中。


 道の隅に、小さな何かがあった。


 けれど――。


 紬は気づかない。


 透明だったから。


 落ち葉の間。


 木漏れ日のわずかな光を受けて、それは風に合わせて、かすかに揺れていた。


 ふわり。


 ふわり。


 透明な傘が、周囲の景色を透かしている。


 紬が通り過ぎても、それは静かに揺れ続ける。


 ルーチェが少しだけ振り返った。


「……ギョ?」


 何かを見つけたような声。


「どうしたの?」


 紬も振り返る。


 けれど、そこには落ち葉と木の根しか見えない。


「何もないよ?」


「ギョ……」


 ルーチェは首を傾げた。


 紬も首を傾げる。


「……?」


 そして、もう一度歩き出そうとした、そのとき。


 風が吹いた。


 落ち葉が一枚、舞い上がる。


 その下で――。


 何かが、淡く揺れた。


「……あれ?」


 紬が足を止める。


 しゃがみ込む。


 落ち葉をそっとどける。


「……キノコ?」


 そこにあったのは、透明なキノコだった。


 傘も。


 柄も。


 向こう側が透けて見える。


 それなのに、そこにちゃんと存在している。


「こんなの……いつからあったの?」


 紬は驚きながら手を伸ばす。


 すると――。


《知識と生存》が開いた。


 白いページに、文字が浮かんでいく。


【名称】スケルトンマッシュ

【分類】菌類

【属性】光

【状態】良好

【特徴】透明な傘を持つキノコ。

【性質】虹彩により、周囲の生き物から姿を隠している。

【能力】幻覚・鎮静

【味】桃とりんごの中間のようなフルーティーな味。

   オレンジのような香りがある。

【食用】可能

【評価】非常に美味

【用途】フルエールポーションの材料

「……え?」


 紬は目を丸くした。


「フルエールポーションの材料?」


 昨日まで探していたもの。


 それが、こんなところにあった。


 しかも――。


「透明だから見つからなかったんだ……」


 紬は思わず笑った。


「探してたのに、すぐ近くにいたんだね」


 ルーチェが、


「ギョ」


 と鳴く。


「うん。びっくりだね」


 紬はキノコをじっと見る。


「でも、幻覚と鎮静って……」


 少し気になる。


 念のため、本をもう一度確認する。


 食用は可能。


 状態も良好。


 そして――非常に美味。


「……めっちゃ美味しいってこと?」


 紬の目が少し輝いた。


「ちょっとだけなら……」


 慎重に採取する。


 香りを確かめる。


 ふわっと、オレンジのような爽やかな香りがした。


「いい匂い」


 ほんの少しだけ口にする。


「……!」


 桃のような甘さ。


 りんごのような爽やかさ。


 そこへオレンジの香りがふわっと広がる。


「おいしい……」


 もう一口。


「これ、めっちゃ美味しい…食べちゃうよこれ…!」


 思わず頬が緩む。


 ルーチェが横から覗き込む。


「ギョ?」


「うん。美味しいよ」


 そう言って、紬は採取したスケルトンマッシュを見る。


「これで、フルエールポーションの材料が三つになった」


 クロトゲノキの白い実。


 ウォーターグラス。


 そして、スケルトンマッシュ。


「あと何が必要なんだろう?」


 まだ答えは分からない。


 でも、一つずつ見つかっていく。


 紬は採取したキノコを大切にしまった。


「また探してみよう」


 そう言って立ち上がる。


 足元を見る。


 新しく作ったスタンプボアの靴紐。


 しっかりと結ばれている。


「今度は転ばないぞ」


 紬はそう呟いて、ルーチェと一緒に森の中を歩き始めた。


 その後ろ。


 さっきまでスケルトンマッシュがあった場所では、透明な傘が一つ、風に揺れていた。


 もう一つの淡い光を受けながら。


 そしてその夜。


 家の中では、昨夜の実験で作った小さな塊が、今日も暗闇の中で淡く光っていた。


 紬がまだ知らない使い道を、静かに待つように。

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