閑話 秋のノーム
閑話 秋のノーム
帰らずの森
その名の通り、昼間であっても薄暗い森の奥深く。
木々は空を覆うほど大きく、何十年、何百年と生きているような古木が、あちらこちらに立ち並んでいる。
その森のさらに奥。
人の目から隠された場所に、小さな集落があった。
大きな木の根元。
そこには、小さな丸い扉がある。
別の木を見れば、幹の途中に小さな窓。
さらに上を見上げれば、太い枝の間に木で作られた小さな家が見える。
地面には、木の根や石を利用した細い道。
家と家をつなぐように、小さな橋が架けられている場所もある。
そして地面の下にも、家がある。
土の中に作られた部屋は、外から見ればただの地面。
けれど、そこにはちゃんと暮らしがあり、暖かな明かりが灯っていた。
ここは、ノームたちの集落。
森と土と植物と共に生きる、小さな種族の村だった。
――ただし。
この場所は、決して安全な場所ではない。
集落の周囲には、ノームたちの力によって作られた隠し道がいくつも存在している。
特に多いのは、地下道。
土の中を進む細い道は、森のあちこちへとつながっている。
魔獣から身を隠しながら移動するには、とても都合がよかった。
地上へ出るときも、ノームたちは一人では行動しない。
必ず何人かでまとまり、周囲を警戒する。
魔獣は、ノームにとって敵なのだ。
襲われることもある。
だからこそ――。
この季節は、いつも以上に忙しい。
秋。
冬が来る前に、食べ物を集めなければならない。
「よし、そろそろ戻るぞ」
木の実や植物を入れた籠を背負ったノームの男が声をかける。
「今年はよく採れたな」
「これなら冬も安心だ」
「まだまだ採れる場所はあるぞ」
何人もの男たちが、地下道へと入っていく。
土の壁に手を触れれば、ほんの少しだけ土が動く。
ノームたちにとって、土は身近なもの。
植物の根を避け、道を整え、崩れないように補強しながら進んでいく。
そして、集落へ近づいたころ。
一人のノームが突然、歌い始めた。
「秋だ秋だー♪」
隣を歩いていたノームが笑う。
「また始まったぞ」
「ご飯の秋ー♪」
「ご飯の秋ー♪」
「秋だ秋だ、ご飯の秋ー♪」
いつの間にか、みんなで歌っていた。
疲れているはずなのに、足取りは軽い。
地下道を抜け、集落へ戻る。
すると――。
「おかえりー!」
「おかえりなさい!」
「いっぱい採れた?」
家々からノームたちが顔を出す。
小さな子供たちが駆け寄ってくる。
「見せてー!」
「木の実ある?」
「こっちは何?」
「こらこら、まずはお父さんたちを休ませなさい」
笑い声が集落いっぱいに広がった。
籠の中には、木の実。
食べられる葉。
保存のきく根。
秋の森から集めてきた、冬を越すための恵み。
それを見たノームたちは、嬉しそうに笑う。
「今年も無事に帰ってきたな」
「うん」
「これだけあれば、冬も大丈夫そうだ」
森は危険だ。
それでも、森が与えてくれるものは多い。
ノームたちは、その恵みに感謝しながら暮らしていた。
*
その夜。
集落の少し外れにある、大きな木。
太い幹には、大きなうろがある。
そのうろを利用して作られた家の中では、暖かな明かりが揺れていた。
「いただきます!」
食卓を囲んでいるのは四人。
父親のババロ。
母親のヨナ。
兄のバルバロ。
そして妹のヨリ。
今日採ってきた秋の恵みが、食卓に並んでいる。
「おいしい!」
ヨリが嬉しそうに頬張る。
「いっぱい食べなさい」
ヨナが笑いながら、料理を取り分ける。
「今日はお父さんたち、どこまで行ったの?」
バルバロが聞いた。
「今日は南側まで行ったぞ」
「南側?」
「ああ。大きな木がたくさんある場所だ」
ババロは、今日見た森の様子を話していく。
「今年は木の実が多かった。去年よりもずっとな」
「魔獣はいなかった?」
ヨナが尋ねる。
「遠くで気配は感じた。でも、こちらには来なかった」
「よかった……」
ヨナがほっと息をつく。
バルバロは父親の話をじっと聞いていた。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
「僕も、採取に行ける?」
ババロの手が止まった。
「外へ?」
「うん!」
バルバロは目を輝かせる。
「僕も大きくなったし、地下道だって一人で歩けるよ!」
「……地下道を歩けるのと、外へ出るのは別だぞ」
「でも……」
バルバロが少ししょんぼりする。
その様子を見ていたヨリが、
「お兄ちゃんだけ外に行くの?」
と口を挟んだ。
「ヨリも行きたい!」
「ヨリはまだ早い」
「えー!」
頬を膨らませるヨリ。
ヨナはそんな二人を見て、くすくす笑った。
「あなた」
「ああ」
ババロは少し考えた。
森の外。
正確には、集落の外。
そこには魔獣がいる。
危険もある。
だから、簡単に「いいぞ」とは言えない。
けれど――。
いつまでも家の中だけで過ごすわけにもいかない。
ノームとして生きるなら、いつかは森へ出ることになる。
ババロは息子を見た。
「……分かった」
「!」
バルバロの顔がぱっと明るくなる。
「次の採取に、俺と一緒に来るか?」
「本当!?」
「ああ。ただし、俺から離れるな」
「うん!」
「勝手に走らない」
「うん!」
「魔獣の気配を感じたら、すぐに俺のところへ来るんだ」
「分かった!」
何度も頷く息子を見て、ババロは笑った。
「それから、周りを見ることだ」
「周り?」
「森は食べ物をくれる。でも、それだけじゃない。危険もある」
「……うん」
「だから、森をよく見るんだ」
バルバロは真剣な顔で頷いた。
「分かった。僕、ちゃんと見る!」
その隣では、
「いいなぁ……」
ヨリが羨ましそうに呟いている。
「ヨリはもう少し大きくなったらね」
ヨナが頭を撫でる。
「……じゃあ、来年?」
「ふふ。来年とは約束してないわよ」
「えー!」
また家の中に笑い声が響く。
外では、秋の風が木の葉を揺らしていた。
大きな木の枝。
その隙間から見える夜空には、星がいくつも浮かんでいる。
森の中には魔獣がいる。
だからノームたちは、隠れて暮らす。
地下道を使い、集団で行動し、危険を避ける。
それでも――。
秋になれば森へ出る。
食べ物を集める。
冬に備える。
そして、家族の待つ場所へ帰ってくる。
「次は僕も……」
バルバロが嬉しそうに呟く。
「お父さんと一緒に、森へ行くんだ」
その言葉を聞きながら、ババロは笑った。
「ああ」
「楽しみだね」
ヨナも微笑む。
「楽しみ!」
ヨリも元気よく手を上げた。
「私も!」
「ヨリはお留守番」
「むぅー!」
また笑い声。
小さな家の窓から、暖かな光が漏れる。
その光は、秋の森の中にぽつり、ぽつりと浮かぶ。
眠らずの森。
人の知らない深い森の奥で――。
今日もノームたちは、家族と共に暮らしている。
豊かな森の恵みを受け取りながら。
そして、明日もまた生きていくために。
秋は、ノームたちにとって――ご飯の秋なのだ。




