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本に結ばれた人~知識と生存の本〜(ネギを握りしめて異世界に落ちた私の、のんびりサバイバル)  作者: 式文紫
第2章 秋麗~命のぬくもりを紡いで~

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第80話 地下の森

第80話 地下の森


 白い蝶と青い蝶を追いかけるように、紬とルーチェは洞窟の奥へ進んでいた。


 洞窟は、歩けば歩くほど広くなっていく。


 最初に入った時は、岩に囲まれた細い道だった。


 けれど今は、左右の壁が少しずつ離れている。


 天井も高くなっていた。


「……ここ、思ってたよりずっと広いね」


 紬は上を見上げた。


 光源草が、天井の高い場所にも生えている。


 淡い光が、遠くまで続いていた。


「ギョ……」


 ルーチェも上を見上げる。


 その頭の上には、いつの間にか白い蝶が乗っていた。


 パタパタ。


 小さな羽を動かしている。


「……また乗ってる」


 紬は笑った。


 ルーチェは気にしていない。


 そのまま歩いている。


「落ちないのかな?」


「ギョ」


 ルーチェが少しだけ頭を動かす。


 白い蝶がふわっと飛び上がった。


 そのまま紬の方へ飛んできて――。


 ぽすっ。


「わっ」


 今度は紬の頭に乗った。


「ふふっ。今度はこっち?」


 白い蝶は答えるように、羽をパタパタさせる。


 その少し先では、青い蝶がひらひらと飛んでいた。


「二匹とも自由だねぇ」


 紬は笑いながら歩き続けた。


 しばらくすると、岩壁の隙間に見たことのないキノコが生えているのを見つけた。


「……あれ?」


 淡い紫色の傘。


 少し離れたところには、細長い葉を持つ小さな花も咲いている。


「この辺りの植物、まだ知らないものがいっぱいあるなぁ」


 紬は少しだけ立ち止まって眺める。


 けれど、今は先へ進む方が気になった。


「これはまた今度、本で調べよう」


 採取はせず、そのまま進む。


 洞窟の中は、少しずつ景色が変わっていた。


 岩だけだった場所に、植物が増えている。


 光源草も増えた。


 水が流れている場所も、少しずつ多くなってきた。


 小さな水たまり。


 岩の間を流れる細い水。


 その先には、少し大きな水溜まり。


「……水が増えてきたね」


「ギョ」


 ルーチェも水面を覗き込む。


 光源草の光が水面に反射して、ゆらゆらと揺れている。


 さらに進む。


 すると――。


「……わぁ」


 目の前に、大きな空間が広がっていた。


 そこには、いくつもの水場があった。


 大小さまざまな水溜まりが、岩の間を繋ぐように広がっている。


 水面には光源草の光が映り、洞窟の中なのに、まるで星が水の上に浮かんでいるようだった。


「……すごい」


 紬は思わず足を止めた。


「なんか……地下の森みたい」


 木はない。


 けれど、光があって。


 水があって。


 花やキノコがあって。


 小さな生き物までいる。


 地上とは違う、もう一つの森。


「こんな場所が地下にあるんだ……」


 紬はしばらく眺めていた。


 白い蝶が、紬の頭からふわりと飛び立つ。


 青い蝶と一緒に、水面の上をひらひらと飛んでいく。


「待ってー」


 紬とルーチェも、その後を追った。


 ◇


 さらに歩く。


 どのくらい歩いたのか、もう分からない。


 洞窟の中はずっと明るい。


 太陽も見えない。


 時計もない。


 紬はふと、自分のお腹に手を当てた。


「……お腹すいた」


「ギョ?」


「そういえば、今どのくらい歩いてるんだろう」


 紬は少し考える。


 洞窟に入ってから、かなり歩いている。


「……結構歩いたよね?」


「ギョ」


「だよね」


 紬は背負籠を確認した。


 まだ食べ物はある。


「休憩したら何か食べようかな」


 そう言いながら、また歩き出す。


 すると――。


 目の前に、今までとは比べものにならないほど大きな水溜まりが現れた。


「……え」


 紬が立ち止まる。


 水溜まりというより、もう小さな湖に近い。


 水面は静かだった。


 けれど、奥が見えない。


「深そう……」


 紬は水辺まで近づく。


 しゃがみ込んで、水の中を覗き込んだ。


 透明な水。


 光源草の光が、水の中まで淡く届いている。


 でも――。


 深い。


 底が見えない。


「……かなり深いね」


 その時だった。


 水の奥で、何かが動いた。


「……ん?」


 紬は目を凝らした。


 大きな影。


 ゆっくり。


 ゆっくりと、水の中を横切っていく。


「…………」


 影が、もう一度見えた。


 今度は少し近い。


 大きい身体。


 長い尾。


 そして――。


「……え?」


 紬は目を見開いた。


「タイタンサーモン……?」


 水の中を泳いでいたのは、見覚えのある大きな魚だった。


 タイタンサーモン。


 紬が何度も見てきた魚。


 その身体が、深い水の中をゆっくりと泳いでいる。


「……なんで?」


 紬は水面を見つめた。


「ここにいるの?」


 タイタンサーモンは答えることなく、さらに深い場所へ泳いでいく。


 やがて、その姿は光の届かない場所へ消えた。


「…………」


 紬はしばらく動かなかった。


 洞窟。


 地下の森。


 大きな水場。


 そして、タイタンサーモン。


「この洞窟……」


 紬は小さく呟く。


「どこかに繋がってるのかな」


 答えはない。


 ただ、水面が静かに揺れている。


 その時だった。


 ――ざぁぁぁ……。


「……ん?」


 紬が顔を上げる。


 遠くから、水の落ちる音が聞こえてきた。


 さっきまで聞こえていた水の流れる音とは違う。


 もっと大きい。


 上から大量の水が落ちているような音。


「……滝?」


 紬は耳を澄ませた。


 ざぁぁぁ……。


「向こうかな」


 紬が音のする方向を見る。


 その時――。


 白い蝶が、ふわりと紬の前を横切った。


 そして、洞窟の奥へ飛んでいく。


「あっ」


 紬が目で追う。


 青い蝶も、その後を追っていた。


 けれど――。


 突然。


 すっ。


 青い蝶が消えた。


「……あれ?」


 紬は足を止めた。


「また?」


 辺りを見回す。


 右。


 左。


 上。


 後ろ。


「いない……」


 白い蝶は、少し先でひらひらと飛んでいる。


 そして、くるりと向きを変えると――。


 来た道へ戻っていった。


「白い蝶は戻るんだ……」


 紬はその姿を見送る。


「じゃあ、青い蝶は……?」


 キョロキョロ。


 キョロキョロ。


 いない。


 どこにもいない。


 紬は首を傾げる。


「……どこ行ったんだろう」


 その頃。


 紬の背中では――。


 青い蝶が、ぺたっ。


 服に張り付くようにして隠れていた。


 羽だけが、ほんの少し動く。


 パタ……。


 パタ……。


「…………」


 ルーチェは、それを見ていた。


 紬を見る。


 背中を見る。


 そして、もう一度紬を見る。


「ギョ……」


 なんとも言えない顔をしている。


「どうしたの、ルーチェ?」


「…………」


 ルーチェは答えない。


 ただ、紬の背中をじっと見ている。


「……?」


 紬はもう一度、後ろを振り返った。


「いないなぁ……」


 キョロキョロ。


 青い蝶は、ぺたっ。


 そのまま隠れている。


「どこ行っちゃったんだろ」


「ギョ……」


 ルーチェが小さく鳴いた。


 その声には、どこか呆れたような響きがあった。


 紬は気づかない。


 ただ遠くから聞こえてくる水の音を聞いていた。


 ざぁぁぁ……。


「……あっちから聞こえるね」


 紬が前を見る。


「もう少し行ってみようか」


「ギョ」


 ルーチェが歩き出す。


 紬もその後を追った。


 背中には――。


 青い蝶が、ぺたっと隠れたまま。


 そして遠くでは。


 ざぁぁぁ……。


 水の落ちる音が、少しずつ大きくなっていた。

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