第79話 冬のイルミネーション
第79話 冬のイルミネーション
紬とルーチェは、光源草に照らされた洞窟の中をゆっくりと歩いていた。
洞窟の道は、思っていたよりも歩きやすかった。
急な坂はなく、少しなだらかな上り下りが続いている。
壁や天井には光源草が生えていて、淡い光が途切れることなく続いていた。
「……綺麗だね」
紬は歩きながら、何度も周囲を見渡した。
一つ一つは小さな光。
けれど、それがいくつも集まると、洞窟全体が柔らかな光に包まれている。
その光景を見ていると、ふと昔のことを思い出した。
「そういえば……」
紬は少しだけ歩く速度を落とした。
「シスターと、冬のイルミネーションを見に行ったことがあったな」
「ギョ?」
「街の木とか建物に、たくさんの電気を飾るんだよ」
夜の街に並ぶ、小さな光。
木々に飾られた色とりどりの明かり。
寒い冬の夜なのに、そこだけは暖かく感じた。
「すごく寒かったけど、人もいっぱいで……」
紬は少し笑った。
「でも、綺麗だったなぁ」
隣を見る。
白い羽毛が光源草の明かりを受けて、淡く輝いている。
「今は、こっちのほうが静かだけどね」
「ギョ」
ルーチェが小さく鳴いた。
「ふふっ」
紬はまた歩き始めた。
しばらく進むと、洞窟の道が二つに分かれていた。
「また分かれ道かぁ」
紬が立ち止まる。
ルーチェは先へ進み、左右の道を見比べた。
そして、迷うことなく片方へ進んでいく。
「ルーチェ、分かるの?」
「ギョ」
「すごいね」
紬はルーチェの後をついていく。
それからも、何度か道が枝分かれした。
そのたびに、ルーチェは少し先へ行ってから、迷わず一つの道を選んでいく。
「本当に道が分かってるみたい」
紬は感心しながら歩いた。
ところが。
ある分かれ道で、ルーチェが止まった。
右。
左。
交互に見ている。
「……あれ?」
ルーチェが首を傾げた。
「分からないの?」
「ギョ……」
珍しく、ルーチェが困ったような声を出す。
紬も二つの道を見比べた。
「そっかぁ……」
足元を見ると、細い枝が一本落ちていた。
「じゃあ……」
紬は枝を拾う。
「これで決めよう」
「ギョ?」
「どっちに行くか、枝に決めてもらう」
紬は枝を両手で持ち、真ん中あたりを確認する。
「えいっ」
手を離した。
枝はくるりと回って――
右の道を指すように倒れた。
「右だって」
「ギョ……」
ルーチェが右の道を見る。
「じゃあ、行ってみよう」
二人は右の道へ進んだ。
その後も、洞窟は緩やかに続いていた。
歩いているうちに、紬は小さな水音に気づいた。
「……ん?」
さらさら。
どこかから水の流れる音がする。
少し進むと、道の横に細い川が現れた。
「わぁ……」
洞窟の中を、透明な水が静かに流れている。
川幅はそれほど広くない。
けれど水は澄んでいて、周囲に生えている光源草の淡い光が水面に映り、流れる水がきらきらと輝いていた。
「綺麗……」
紬は思わず足を止めた。
水が流れるたびに、光が揺れる。
きらきら。
きらきら。
「ここ、ずっと見てられそう」
「ギョ」
ルーチェも川を覗き込む。
紬は川のそばにしゃがみ込んだ。
「ちょっと休憩しようかな」
手を水につける。
「……冷たい」
ひんやりとした水が、指先から腕へ伝わってくる。
紬は手についた土や汚れを洗い流した。
顔にも少し水をつける。
「ふぅ……」
気持ちいい。
そこで、紬は自分の腕を見た。
「……あ」
袖を少しめくる。
腕には青紫色のあざができていた。
「やっぱり、結構ぶつけたんだ……」
腰にも手を当ててみる。
こちらにも、あざができていた。
「痛いわけだ」
切り傷はない。
血も出ていない。
それだけでも少し安心する。
「まぁ……動けるから大丈夫かな」
紬はもう一度、川の中へ手を入れた。
そのときだった。
「……ん?」
指先に、何かが触れた。
「なにかある?」
紬は水の中を探る。
細くて、柔らかなもの。
「……水草?」
そっと掴んで、川の中から引き上げる。
「……え?」
手の中にあったのは、透明な水草だった。
水の中では、ほとんど見えない。
光源草の光を受けると、透明な葉が淡く輝いて見える。
「綺麗……」
紬は水草を傷つけないように、そっと眺めた。
白い本が開く。
【名称】ウォーターグラス
【分類】植物
【特徴】透明な葉を持つ水草。
【生育環境】清らかな水中。
【用途】フルエールポーションの材料。
「フルエールポーション……」
紬は本を見つめる。
「これ、薬の材料なんだ」
川の中を覗き込む。
よく見ると、透明な水草がいくつも水底で揺れていた。
「結構あるんだ」
紬は必要な分だけ採取し、背負籠へ入れた。
「薬の材料も見つかるなんて……」
思わぬ収穫だった。
そのとき――
その時だった。
パタ……。
「……?」
何か音がした。
紬は顔を上げる。
けれど、何も見えない。
光源草の光があちこちから差し込んでいて、周囲が少し見えづらい。
「気のせいかな?」
ルーチェの頭の上で。
何かが、パタパタと羽を動かした。
「……ん?」
紬はルーチェを見る。
「…………」
よく見る。
ルーチェの頭。
その上に――。
「……蝶?」
白い蝶が一匹、ちょこんと乗っていた。
小さな羽を、パタパタと動かしている。
「えっ……いつから乗ってたの?」
「ギョ?」
ルーチェは自分の頭の上を確認するように首を傾げる。
けれど、蝶は気にしていない。
パタパタ。
パタパタ。
「……ルーチェ、気づいてなかったの?」
「ギョ……」
紬は思わず笑った。
「ふふ……」
白い蝶が、ふわりと飛び上がる。
そして――。
その少し先に、もう一匹。
青い蝶が飛んでいた。
「……あ」
白い蝶が、青い蝶を見る。
二匹は、しばらく向かい合うように飛んでいた。
白い蝶が、ひらひら。
青い蝶も、ひらひら。
「二匹いたんだ」
紬は目を細めた。
洞窟の中なのに。
どうして蝶がいるんだろう。
そんな疑問が浮かんだ、その時だった。
青い蝶が――。
すっ。
「……え?」
消えた。
「…………」
紬は目を瞬かせる。
さっきまで、確かにそこにいた。
「……どこ行ったの?」
紬は辺りを見回した。
右。
左。
上。
いない。
白い蝶だけが、ひらひらと飛んでいる。
「……消えちゃった?」
紬が首を傾げた。
その瞬間――。
ひらっ。
「わっ!」
紬の後ろから、青い蝶が現れた。
「えっ、いつの間に!?」
紬が慌てて振り返る。
青い蝶は、何事もなかったかのように紬の目の前を飛んでいた。
「…………」
紬は蝶を見る。
蝶も紬を見るように、ふわふわと飛んでいる。
「……不思議な蝶だね」
ルーチェも青い蝶をじっと見つめる。
「ギョ……」
白い蝶が、青い蝶の方へ飛んでいく。
二匹が並んだ。
そして――。
ひらひら。
洞窟の奥へ向かって飛んでいく。
「あっ」
紬は二匹を目で追った。
少し先まで飛んでから、二匹が戻ってくる。
そしてまた、奥へ。
「……もしかして」
紬は首を傾げる。
「案内してくれてるのかな?」
「ギョ?」
ルーチェも二匹を見る。
白い蝶。
青い蝶。
二匹はまた、洞窟の奥へ飛んでいった。
ぱたぱた。
ぱたぱた。
そして、左の道へ飛んでいく。
「あっち?」
蝶々が少し進んでは、また戻ってくる。
まるで、こちらだと教えているようだった。
ルーチェが蝶々を見る。
白い蝶と青い蝶は、また左の道へ向かっていく。
「じゃあ、今回は蝶々について行ってみよう」
「ギョ」
二人は蝶々の後を追った。
ぱたぱた。
ぱたぱた。
淡い光源草の中を、白い蝶と青い蝶が進んでいく。
ルーチェが迷ったとき。
蝶々が前を飛ぶ。
紬が迷ったときも。
蝶々が少し先まで飛んでは、振り返る。
「ふふっ」
紬は小さく笑った。
「今日は案内役が二人もいるね」
「ギョ」
ルーチェが鳴く。
二匹の蝶々は、そんな二人を先導するように、洞窟の奥へ飛んでいった。
洞窟は、まだ終わらない。
淡い光が、ずっと先まで続いている。
紬とルーチェは、その光の中をゆっくりと歩いていった。




