第78話 光の先へ
第78話 光の先へ
冷たい。
背中に触れている岩が、ひどく冷たく感じた。
「……う……」
紬は小さく声を漏らした。
意識が少しずつ戻ってくる。
目を開けると、薄暗い空が見えた。
「……ここ……」
何が起きたのか、すぐには思い出せない。
身体を動かそうとして――
「痛っ……」
腕に鈍い痛みが走った、腰にも重い痛みがある。
「……そうだ」
薪を集めに出て、歩いている途中で靴紐が切れて。
転んで――そのまま坂を転がり落ちた。
「……落ちたんだった」
紬はゆっくり腕を動かしてみる。
痛みはある。
けれど、大きく動かせないほどではない。
身体を触って確認してみても、血が出ているような感覚はなかった。
「切り傷は……なさそうかな」
暗くてよく見えない。それでも、ひどい出血がないことに少し安心する。
そのとき。
「ギョ……」
すぐ近くから声がした。
「……ルーチェ?」
顔を少し動かす。
紬のお腹の上に、白い羽毛が見えた。
ルーチェだった。
「……なんで、ここに……」
どうやらルーチェも穴の中まで降りてきていたらしい。
紬のお腹の上に身体を丸めるようにして乗り、その体温で温めてくれていた。
「……温かい」
冷たい岩とは違う。
ルーチェの身体から伝わってくる温もりに、紬は小さく息を吐いた。
「ありがとう……ルーチェ」
「ギョ」
返事をするように、ルーチェが小さく鳴いた。
紬はそっと手を伸ばし、ルーチェの身体を撫でる。
「心配してくれたんだね」
「ギョ……」
もう一度、白い羽毛をゆっくり撫でる。
少しだけ気持ちが落ち着いた。
けれど――
「……寒いね」
外は、もうかなり暗くなっていた。
穴の上に見える空も、昼間の明るさはほとんど残っていない。
冷たい風が、穴の中まで入り込んでくる。
「このままだと、寒いな……」
紬はゆっくりと身体を起こした。
「……よいしょ」
腕と腰に鈍い痛みが走る。
「いたた……」
思わず顔をしかめる。
それでも、起き上がることはできた。
紬はルーチェを撫でながら、周囲を見渡す。
「ここ、どんなところなんだろう」
けれど、暗い。
目を凝らしてみても、岩の形がぼんやりと分かるくらいだ。
「何も見えないなぁ……」
紬は近くの岩に手を伸ばす。
ひんやりと冷たい。
そのまま周囲を見渡していると――
「……ん?」
岩の隙間。
ほんの少しだけ、淡い光が見えた。
「……光?」
紬は目を細める。
暗闇の中に、ぼんやりと浮かぶ小さな光。
まるで岩の向こうから、誰かが小さな灯りを置いているようだった。
「ルーチェ、あそこ……」
指を向ける。
「ギョ?」
ルーチェも紬の指先を見る。
淡い光は、消えることなく岩の隙間から漏れていた。
「……何だろう」
紬はゆっくり立ち上がる。
痛む腕と腰をかばいながら、光の見える場所まで移動した。
「……ここかな」
近くまで来てみると、光は岩の隙間から漏れているようだった。
紬はしゃがみ込み、その隙間を覗き込む。
暗くて、その先まではよく見えない。
けれど――
ふわり。
ほんの少しだけ風が流れてきた。
「……風?」
紬は首を傾げた。
岩の向こうから、冷たい空気が流れてくる。
「もしかして……」
紬は、近くに落ちていた背負籠を見つけた。
「カゴ……一緒に落ちてきたんだ」
手を伸ばして引き寄せる。
中身を確認しようとするが、暗くて何も見えない。
そこで紬は、手探りで中を探した。
「これは……違う」
手に触れたものを一つずつ確かめていく。
「これも違う……」
そして。
「……あった」
指先に硬いものが触れた。
取り出したのは、いつも使っている石刃だった。
「これなら……」
紬は石刃を握る。
岩の隙間を見つめた。
「少し広げてみよう」
カンッ。
石刃を岩に当てる。
硬い音が穴の中に響いた。
ぱらり。
小さな岩の欠片が落ちる。
「……やっぱり硬い」
もう一度。
カンッ。
カンッ。
少しずつ岩を崩していく。
その隣で、ルーチェも岩の隙間にくちばしを入れた。
「ギョ……」
ガリガリ。
「ルーチェもやってるの?」
「ギョ」
ガリガリ、ガリガリ。
紬は思わず笑った。
「ありがとう」
カンッ。
ガリガリ。
カンッ。
ガリガリ。
二人で少しずつ岩を削っていく。
腕が痛くなれば、紬は手を止める。
少し休んでから、また石刃を振るう。
やがて――
ガラッ。
岩の一部が崩れた。
「……あ」
隙間の向こうに、空間が見えた。
岩の壁ではない。
その先が、続いている。
「空洞……?」
紬はさらに少しだけ岩を崩す。
カンッ。
ガラッ。
小さな岩が落ちる。
広がった隙間から、淡い光が差し込んできた。
そして、その先には――
「……洞窟?」
暗い空間が続いていた。
どうやら、岩の向こう側は空洞になっているらしい。
風も、そこから流れてきている。
「こんなところに……」
紬は隙間を見つめる。
けれど、まだ人ひとりが通るには狭い。
「もう少しだけ広げよう」
紬は再び石刃を握った。
カンッ。
カンッ。
ルーチェも、
「ギョ……」
ガリガリ。
一緒に岩を削ってくれる。
そして――
ガラッ。
「……通れそう」
ようやく、人ひとりが身体を横にすれば通れるくらいの穴になった。
紬は中を覗き込む。
向こう側には、ちゃんと足場がある。
「よし……」
紬は身体を低くした。
「行ってみよう」
小さな穴に身体を入れる。
「よいしょ……」
肩を少しすぼめながら進む。
背中が岩に擦れる。
「……狭い」
それでも、少し進むと――
「……抜けた」
紬は向こう側へ出た。
振り返る。
「ルーチェ、おいで」
「ギョ!」
ルーチェも穴の中へ入ってくる。
ガリガリと羽を岩に擦りながら進み、
「ギョェ……」
ぽすっ。
紬の隣に出てきた。
「大丈夫?」
「ギョ」
ルーチェは何事もなかったように羽を整える。
「ふふっ」
紬は小さく笑った。
そして、洞窟の奥へ視線を向ける。
「……あれ?」
洞窟の中は、思っていたより明るかった。
淡い光が、あちこちから漏れている。
壁。
天井。
岩の隙間。
そこかしこに、小さな光が見えた。
「これ……」
紬は一歩進む。
そこで、見覚えのある植物に気づいた。
「……光源草?」
以前、洞窟で見た植物だった。
淡い光を放つ、不思議な植物。
紬は近くの光源草に近づいた。
白っぽい淡い光が、周囲の岩を優しく照らしている。
そして――
「……すごい……」
一本だけではなかった。
見渡す限り、光源草が生えている。
壁にも。
天井にも。
岩の隙間にも。
洞窟の奥にも。
「こんなにたくさん……」
まるで、洞窟そのものが淡く光っているようだった。
紬は近くの光源草を見つめる。
白い本が開いた。
【名称】光源草
【分類】植物
【特徴】光の強い魔力により発光する。
【生育環境】地上では育たない。
「やっぱり、これだ」
紬は本を閉じる。
周囲を見渡す。
外は、もう暗くなっている。
冷たい風も吹いている。
けれど、ここには光がある。
そして、隣にはルーチェがいる。
「……ここなら、少し休めそう」
「ギョ」
ルーチェが鳴いた。
紬は、淡い光に照らされた洞窟の奥を見る。
まだ、この洞窟がどこまで続いているのかは分からない。
「……ちょっとだけ、先を見てみようか」
紬とルーチェは、たくさんの光源草に照らされながら、洞窟の奥へ向かって歩き始めた。




