第77話 晩秋 足元を掬われる
第77話 晩秋 足元を掬われる
目を覚ました紬は、布団の中で少しだけ丸くなった。
「……寒いよー……」
夏の頃なら、布団を蹴飛ばしていてもおかしくない時間。
けれど今は、布団の中が少し恋しい。
紬はゆっくり起き上がり、窓の外を見る。
「……あれ?」
外が、いつもより暗く見えた。
もう朝なのに、まだ薄暗い。
「日が短くなったなぁ」
季節が進んでいる。
それを、朝の明るさから感じた。
紬は身支度を整え、外へ出る。
「寒っ」
吐いた息が、ほんの少し白く見えた。
足元を見ると、草や落ち葉が白くなっている。
「霜だ……」
薄い霜が、森のあちこちに降りていた。
けれど、空には太陽が昇り始めている。
このまま日が当たれば、すぐに溶けてしまうだろう。
「今日は晴れそうだね」
「ギョ」
ルーチェが隣に降りてくる。
「久しぶりに、あそこ行ってみようかな」
紬が指差した先。
そこには、以前よく行っていた大木がある。
屋根のない家に住んでいた頃。
紬が眠る場所にしていた、大きな木。
「行ってみる?」
「ギョ」
ルーチェと一緒に、森の中を歩き始める。
歩くたびに、枯葉が足元で音を立てた。
カサ。
カサッ。
木々からも、時々葉が落ちてくる。
風が吹くと、葉がひらりと目の前を横切った。
「寒くなったねー、ルーチェ」
「ギョ」
「もうすぐ冬かぁ」
少し前までは、まだ秋の暖かさが残っていた。
でも今は、朝の空気が冷たい。
紬は新しく作ったモコモコのセーターの袖を少し引っ張った。
「これ、作っておいてよかったかも」
「ギョ」
ルーチェが隣を歩く。
そんな話をしながら、二人は大木へ向かった。
*
大木に着く。
紬は幹を見上げた。
「久しぶりだなぁ」
昔は、この木の下で眠っていた。
今は屋根のある家がある。
それでも、ここへ来ると少し懐かしい。
紬は木の幹に手を添える。
「じゃあ、登ろうか」
「ギョ」
大木には、以前から使っていた足場がある。
猿の腰掛けのような、きのこに似た形の足場。
紬はそこへ足をかける。
「よいしょ……」
一つ。
また一つ。
足場を使いながら、ゆっくり登っていく。
ルーチェは翼を広げ、先に上へ飛んでいった。
「待ってよー」
「ギョ」
紬も少しずつ登っていく。
やがて。
以前、自分が寝ていた場所へ辿り着いた。
「……ここだ」
紬は腰を下ろす。
背中を幹に預ける。
昔と同じ場所。
けれど。
「……」
目の前に広がっている景色は、以前とは少し違っていた。
紬は、しばらく黙って森を眺めた。
朝の霜は、太陽の光を浴びて少しずつ溶けている。
葉の上に残った水滴が、陽の光を受けてきらきらと輝いていた。
「……綺麗」
森が光っている。
木々の葉は、赤。
黄色。
オレンジ。
茶色。
一つの色ではない。
いくつもの色が重なって、森全体を染めている。
「こんなに色が変わってたんだ……」
木々を眺めていると、風が吹いた。
ざぁ……。
枝が揺れる。
そして。
ひら。
ひらひら。
色づいた葉が、木から離れて空を舞う。
光の中を、赤や黄色の葉がゆっくり落ちていく。
「……秋も、あと少しか」
紬は呟いた。
ついこの間まで、緑の葉が森を覆っていた気がする。
それが今では、これほど色を変えている。
もう少しすれば、葉もほとんど落ちるだろう。
その先に待っているのは、冬。
「そろそろ、本当に冬が来るんだね」
「ギョ……」
ルーチェも隣で森を眺めている。
しばらく二人で、静かに景色を見ていた。
*
昼。
紬は家に戻って昼食を済ませた。
「午後はどうしようかな」
少し考えてから、外を見る。
「そうだ。薪、集めておこう」
冬になれば、火を使う時間も増える。
今のうちに集めておけば安心だ。
「ルーチェ、薪を集めに行こう」
「ギョ」
紬は背負い籠を用意する。
籠を背負う。
「よし」
そして、いつもの運動シューズを履いた。
長い間、山や森を歩き続けてきた靴だ。
泥もついている。
傷も増えている。
靴底も、最初の頃よりずっと擦り減っていた。
「この靴も、そろそろ替わりを考えないとなぁ」
そんなことを考えながら、紬は歩き始めた。
山道には、朝よりもたくさんの枯葉が落ちている。
カサカサ。
カサカサ。
紬は乾いた枝を見つけるたびに拾い、背負い籠へ入れていく。
「これくらいなら使えそう」
一本。
また一本。
少しずつ籠が重くなっていく。
ルーチェは上を飛びながら、時々大きな枝を見つけてくれる。
「それは大きいね」
「ギョ」
ルーチェが枝を落とす。
ドサッ。
「ありがとう」
紬が拾って籠へ入れる。
順調だった。
けれど。
山道を少し下ったところで。
突然。
ブチッ。
「……え?」
紬の足元から、小さな音がした。
視線を落とす。
「靴紐……?」
片方の靴紐が切れていた。
「あー……」
しゃがんで確認する。
切れた部分は、かなり擦り切れている。
「そりゃ切れるよね……」
長い間使っていた。
山道も森も歩き続けている。
ここまで持っただけでも、十分だったのかもしれない。
「帰ったら、ちゃんと考えないとな」
紬は立ち上がる。
その瞬間。
足元がずれた。
「え?」
靴紐が切れたせいで、靴がうまく固定されていない。
足が滑る。
「わっ!」
身体が前へ傾いた。
背負い籠が大きく揺れる。
「ちょ、待って――」
そのまま転んだ。
ゴロッ。
身体が斜面を転がる。
「きゃあっ!」
枯葉が舞う。
背負い籠も揺れる。
紬は止まろうと手を伸ばす。
けれど、斜面は思ったより急だった。
「止まってぇぇ!」
ゴロゴロゴロッ。
枯葉が次々と舞い上がる。
ルーチェが慌てて追いかける。
「ギョェェェー!」
紬の身体がさらに転がる。
そして。
その先にあったものは。
枯葉に覆われていて、見えなかった。
小さな穴。
「……え?」
気づいたときには遅かった。
ズボッ!
「きゃあっ!」
紬の身体が、枯葉ごと穴へ落ちていく。
ドサッ!
硬いものに身体を打ちつけた。
「……っ」
一瞬、息が止まる。
背中。
肩。
そして頭。
強い衝撃が走った。
視界が揺れる。
「……ルー……」
上から、ルーチェの声が聞こえる。
「ギョェ……!」
紬は手を動かそうとした。
けれど、力が入らない。
視界がぼんやりする。
音が遠くなる。
そして――。
紬の意識は、そこで途切れた。
硬い穴の底に、紬は横たわっていた。
上から差し込む光は小さく。
その向こうから。
「ギョェェェー……!」
ルーチェの鳴く声だけが、穴の中へ響いていた。
さいごまでお読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や☆で評価して下さると執筆の励みになります。
ほんとにあると嬉しいです!
どうぞこれからも紬の物語を楽しんでください!
よろしくお願いします!




