第75話 モコモコモコモコモコっ
第75話 モコモコモコモコモコっ
木々の影から、白いものがワサワサと飛んでいる。
「……なんだろう?」
紬は目を凝らした。
白い毛。
それが、風に舞っているように見える。
隣ではルーチェが首を傾げ、ラタとカーバンクルもじっと木々の向こうを見つめていた。
「行ってみようか」
「ギョ」
四人でゆっくりと近づいていく。
すると。
木々の間から、何か大きなものが見えてきた。
「……え?」
白い。
とにかく白い。
そして、丸い。
「……毛玉?」
紬が思わず呟く。
そこにいたのは、体長二メートルほどもある巨大な白い毛玉だった。
四本の足で、のそのそと歩いている。
顔は……見えない。
身体中がふわふわの毛で覆われていて、どこが頭なのかすら、ぱっと見では分からない。
「すごい……」
紬たちが近づいても、逃げる様子はない。
ただ、のんびりと歩いている。
そして。
ぴたり。
立ち止まった。
「ん?」
何をするのかと思って見ていると。
その身体が、突然――
ブルブルブルブルッ!
「わっ!」
大量の白い毛が、ぶわっと舞った。
「すご……」
まるで雪が降ったように、白い毛が周囲へ飛んでいく。
モコモコは気にする様子もなく、また歩き始めた。
「……毛を落としてるのかな?」
紬が落ちた毛を拾ってみる。
手の中で、ふわっと広がる。
「やっぱり、これ……昨日の毛と同じだ」
どうやら、昨日ラタとカーバンクルが持ってきた毛は、この子のものらしい。
「この子だったんだね」
紬がモコモコを見つめる。
すると、モコモコはまた立ち止まった。
今度は近くの木へ向かっていく。
そして。
ずりずり……。
大きな身体を木に擦りつけ始めた。
「……」
ずりずり。
もこもこ。
白い毛が、また木に引っかかっていく。
「なるほど……」
紬は納得した。
「こうやって毛を落としてるんだ」
ラタとカーバンクルも興味津々だ。
落ちた毛へ近づいて、鼻を近づける。
くんくん。
「ふふっ」
その様子を見ていると、突然ルーチェが飛び上がった。
「ギョエー!」
そのままモコモコの背中へ降り立つ。
ふわっ。
ルーチェの足が、白い毛に埋まった。
「ルーチェ?」
ルーチェはモコモコの背中を見回す。
そして、毛を掴んだ。
くいっ。
モコッ。
「……」
毛が、あっさり取れた。
「え?」
ルーチェも固まる。
もう一度。
くいっ。
モコッ。
「ギョェ?」
取れた。
しかも、ものすごく簡単に。
「……抜け毛なんだね」
紬が言うと、ルーチェは取れた毛を見つめる。
「ギョ……」
なんとも言えない顔をしている。
ラタも興味を持ったらしい。
モコモコの身体へ近づく。
小さな前足で毛をつまんで。
くいっ。
モコッ。
【チュー】
取れた。
カーバンクルも負けじと近づく。
くいっ。
モコッ。
【チチッ】
「……取れるね」
紬もそっと毛をつまんでみる。
くいっ。
モコッ。
「……本当に簡単」
モコモコは、そんなことをされても全然気にしていない。
ただ、のんびり立っている。
しばらくすると、また。
ブルブルブルブルッ!
「わっ!」
さらに大量の毛が舞った。
「すごい量……」
紬は周囲を見回した。
地面は白い毛だらけ。
木の根元にも。
草の上にも。
あちこちに、ふわふわの毛が落ちている。
「これ……集めたら結構な量になりそう」
紬が持ってきていたカゴを見る。
ラタがその言葉を理解したのか、落ちている毛を一つ拾った。
てくてく。
カゴのところまで運ぶ。
ぽすっ。
「あ」
ラタがまた毛を拾う。
てくてく。
ぽすっ。
「ふふっ」
カーバンクルも真似をし始めた。
小さな身体で毛を抱えて。
てくてく。
ぽすっ。
ルーチェは嘴で大きな毛の塊をくわえる。
ぱさっ。
紬は笑いながらカゴへ詰めていく。
「みんなで集めてるの?」
【チュー】
【チチッ】
「じゃあ、私も頑張ろうかな」
落ちている毛を拾う。
ふわふわ。
軽い。
それなのに、一つ一つが結構大きい。
みんなで拾っているうちに、カゴの中はどんどん白くなっていった。
「すごい……」
少し時間が経つと、カゴの中はふわふわの毛でいっぱいになっていた。
それでもモコモコは、まだのんびりしている。
そして。
ブルブルッ。
また毛が落ちる。
「まだ取れるんだ……」
紬はモコモコを見上げた。
さっきより、ほんの少しだけ身体が細くなった気がする。
すると。
「あれ?」
白い毛の隙間から、何かが見えた。
小さな黒いもの。
紬が目を凝らす。
「……顔?」
毛が少しずれて。
ぬっ。
白い毛の奥から、大きな顔が現れた。
「……」
紬と目が合う。
大きな羊の顔だった。
「羊さん……?」
モコモコは紬をちらっと見る。
そして。
「メー」
「……」
鳴いた。
紬は思わず笑ってしまう。
「やっぱり羊さんだったんだ」
モコモコはそれ以上何もすることなく、くるりと向きを変えた。
そして。
てくてく。
もこもこ。
てくてく。
もこもこ。
歩いていく。
少し離れると、また身体が白い毛に包まれて、巨大な毛玉にしか見えなくなった。
「……面白い子だね」
紬はカゴいっぱいの毛を見る。
「さて……これはどうしようかな」
せっかく集めたのだから、何かに使えるかもしれない。
そう思いながら、紬は白い毛を一束持ち上げた。
その柔らかさに、思わず頬が緩む。
「ふわふわ……」
そして、ふと思った。
「そういえば、この子って何ていう種族なんだろう?」
紬は白い本を取り出した。
ページを開く。
すると、見慣れた文字が浮かび上がった。
【種族】モコモコ
【属性】風
【特徴】常に綿のような毛を身につけ、振りまきながら歩く。
【毛の生え変わり】夏から春にかけて毛が抜ける。身体を振るったり、木に身体を擦り付けたりして毛を落とす。
【性質】ものすごくのんびり屋。
【習性】他の生き物を襲うことはない。
【その他】動物に毛を引っ張られると、早めに抜けることがある。
【注意】怒らせると、周囲に強い風を起こすことがある。山の木々がすべて禿げるほどの風になる場合がある。
「……」
紬は最後の一文をもう一度読む。
「山が禿げる……?」
思わず遠くを見た。
さっきまでのんびり歩いていたモコモコ。
怒っている様子なんて、まったくなかった。
「……怒らせないようにしよう」
紬はそっと本を閉じた。
カゴの中には、白くてふわふわの毛がいっぱい。
その向こうでは、モコモコが今日も何事もなかったように、ゆっくり歩いている。
てくてく。
もこもこ。
てくてく。
もこもこ。
森の中に、白い毛がひらひらと舞っていた。




