閑話 服は困難な道(私見)
閑話 服は困難な道(私見)
紬は半袖の腕をさすりながら、外を眺める。
「服、どうしよう……」
このことは、少し前から気になっていた。
今のところ、家の中は晶花石のおかげで暖かい。
外に出るときも、レッドドリンクを飲めば体の中からじんわりと温まる。
だから、まだ何とかなっている。
「でも……冬はどうしよう」
紬は自分の半袖を見下ろした。
「さすがに、このままってわけにもいかないよね……」
レッドドリンクを飲めば寒さそのものは何とかできる。
けれど、それはあくまで今の話。
これからもっと寒くなったら?
雪が降るような季節になったら?
「うーん……」
紬は腕を組んだ。
「服って、どうやって作るんだろう」
考えてみれば、不思議だった。
元の世界では、服は店で買うものだった。
棚に並んでいて。
自分に合うサイズを選んで。
気に入ったものがあれば買う。
それだけ。
けれど、ここには店がない。
もちろん、服を作ってくれる人もいない。
自分で用意するしかない。
「……そういえば」
紬は昔読んだ本のことを思い出した。
人間は、昔から今のような服を着ていたわけではない。
では。
人は、いつから服を着るようになったのだろう。
*
衣服の起源。
これは、実は簡単には答えられない。
古い時代の衣服は、布や皮、植物など、時間が経てば朽ちてしまう素材で作られていることが多い。
そのため。
何千年、何万年も昔の服が、そのまま残っていることは非常に少ない。
だから研究者たちは、服そのものだけではなく、別のものから昔の人々の暮らしを探ってきた。
植物の繊維。
骨で作られた針。
装飾品。
衣服に関係していたと考えられる道具。
そうしたものから、昔の人々がどんな服を作っていたのかを少しずつ推測していく。
現在知られている古い衣服の中には、植物の繊維を使った履物や、動物の皮を使った衣服などがある。
さらに、衣服そのものが残っていなくても、かなり古い時代から植物繊維を利用していた痕跡や、縫製に使われたと考えられる骨針などが見つかっている。
つまり。
人間は、ずっと昔から「身につけるもの」を自分たちで作っていたらしい。
紬は本をめくりながら呟いた。
けれど、ここで一つ疑問が出てくる。
服を作る。
そのためには、まず材料が必要だ。
例えば、動物の毛を使うなら。
毛を手に入れる。
それを加工する。
繊維を揃える。
糸にする。
そして、糸から布を作る。
そこからようやく、服を作る。
植物なら、もっと複雑かもしれない。
植物から繊維を取り出す。
余分なものを取り除く。
繊維を揃える。
乾燥させる。
それを紡いで糸にする。
糸をたくさん作る。
そして、糸を組み合わせて布にする。
その布を切って。
形を整えて。
縫い合わせる。
今までなら、服は服だった。
シャツはシャツ。
ズボンはズボン。
それ以上でも、それ以下でもない。
けれど。
作る側から考えてみると、まったく違う。
服一枚の向こう側には、たくさんの工程がある。
素材を見つける人。
素材を加工する人。
糸を作る人。
布を作る人。
服を仕立てる人。
そして。
その技術を次の世代へ伝えてきた人たち
紬は、自分の半袖を見下ろした。
この服だって。
誰かが作って。
誰かが運んで。
誰かが店に並べて。
自分はお金を払って買った。
その全部を、今まで深く考えたことはなかった。
*
そして、服は住んでいる場所によっても変わる。
暖かい場所なら、風を通しやすい服。
寒い場所なら、体温を逃がさない服。
雨の多い場所なら、水への対策。
乾燥した場所なら、強い日差しや砂から身を守るための服。
服は、ただ身体を隠すためだけのものではない。
その土地で生きるための道具でもある。
「……なるほど」
紬は頷いた。
そう考えると、昔の人が動物の皮や毛、植物の繊維など、身近にあるものを使って服を作ったのも分かる気がする。
そこにあるものを使う。
自分たちが生きるために。
そして、それは現代まで続いている。
素材も。
作り方も。
道具も。
昔とは比べものにならないくらい変わった。
けれど。
「生きるために服を着るっていうところは、変わらないんだな」
人間だけではない。
遠い昔、現生人類だけではなく、ネアンデルタール人も衣服を利用していたと考えられている。
寒い環境で暮らすなら、身体を守るものが必要になる。
それは、生きるための知恵だったのだろう。
「昔の人も、寒かったんだよね」
「私と一緒じゃん」
ただ。
昔の人には、店がなかった。
必要なら、自分たちで作るしかなかった。
「……やっぱり、すごい」
紬は改めて思った。
人類は、身近にあるものから必要なものを作ってきた。
寒ければ防寒する。
暑ければ涼しくする。
雨が降れば濡れないようにする。
怪我をすれば守るものを作る。
暮らす場所が変われば、それに合わせて工夫する。
そうやって。
少しずつ。
少しずつ。
今の「服」へ近づいていったのだ。
*
「……でも」
紬は現実に戻った。
問題は。
「私、どうしよう」
服を作る知識があったとしても。
材料がない。
糸もない。
布もない。
「毛皮……?」
森には動物がいる。
でも、動物を捕まえて皮を取ればいい、というほど簡単な話ではない。
「植物の繊維……」
森には植物がたくさんある。
でも、どの植物から繊維が取れるのかは分からない。
そして。
「繊維から糸を作って……布にして……」
紬は想像する。
「…………」
かなり遠い。
「服って、困難な道だなぁ……」
思わず、ため息が出た。
作ることを考えただけで、先が長すぎる。
「……どこかに都合よく服、落ちてないかな」
紬は遠い目をした。
「異世界なんだし……ご都合主義とか、ないのかな」
少し待つ。
もちろん、何も起こらない。
「……ないよね」
紬は諦めた。
そんなに都合よくいくわけがない。
「はぁ……」
それでも。
今すぐ困っているわけではない。
家の中は暖かい。
レッドドリンクもある。
だから、まだ考える時間はある。
「とりあえず、今ある服を大事にしよう」
紬は、自分の服を見た。
元の世界から持ってきた服。
これまで、できるだけ大切に使ってきた。
破れないように。
汚れたら洗って。
まだ使えるなら、できるだけ長く。
でも。
もし、本当に服がなくなったら。
紬は少し考えた。
「……エプロン、解体するしかないか」
少し寂しい。
でも。
「生きるためなら、しょうがないよね」
大切なものだからこそ。
最後まで役に立ってもらう。
それも、物を大切にするということなのかもしれない。
紬はそう考えながら、自分の服をもう一度見た。
「……人類って、すごいなぁ」
服一枚。
ただ、それだけ。
けれどその一枚には。
人間が長い時間をかけて積み重ねてきた、たくさんの知恵が詰まっている。
紬はまだ、その知恵を自分で使えるほどには知らない。
けれど。
いつか必要になったら。
そのときは、自分も考えてみよう。
この世界で生きていくために。
自分にできる方法を。




